(21) やっと来た
「まあ、確かに暇ですね」
「でしょう、だから明日はここでもう一度帽子を作ってもらいましょう。それと、仕立て屋も呼ぶわ。恐らく数日かかるでしょうから、いい暇つぶしよ……ふふ、楽しみね」
「はは、そうですねぇ」
答えつつ、ちらりとルチアを見やればうんざりしたような顔をしてわたしに助けを求める視線を送っているのがわかった。
ごめんよルチア。わたしにはこの美しい女神を止める術なんてないんだよ。
なので、返事代わりに諦めたような顔で首を横に振ると、ルチアは絶望したような顔になり、恨めしげに肉にフォークをぶすり、と突き刺して凄い勢いで食べ始めた。やけ食いだろう。後で胃薬が必要にならなければいいが、と思いつつ、わたしは楽しげなパオラに曖昧な相槌を打ち続けた。
やがてデザートの段階となり、食事は終わった。
それから、頃合いを見計らってジェレミアとふたりになり、少しだけ話をして、その日は部屋に引き取ることになった。
ジェレミアがその方がいいと言ったからだ。
何だか早いような気がしたが、実際今日は色々とあり過ぎた。部屋に戻ってドーラに着替えを手伝ってもらい、ようやくひとりになると、どっと疲れを感じた。
心の中で、ジェレミアに感謝しつつ、わたしは寝台に潜り込むとすぐに眠りに落ちてしまった。
◇
朝食後、それほどすぐにパオラに捕まることはないだろうと思っていたわたしは、ジェレミアと一緒に公爵邸の図書室にいた。
買って来た本と、読みたいが手元にない本などを並べつつ、内容について話をしていると、入り口近くに控えていたデニスが言った。
「ジェレミア様、レディ・ロレーヌ、誰か来ました」
「え、誰だろう?」
そうつぶやいてデニスのいる辺りを見ていると、声がした。
「ああ、ここにいたのねロレーヌお姉様」
「ルチア? どうしたの、何かあったの?」
「ええ、実はね、やっとミセス・モレナが到着したの!」
走って来たらしいルチアは、頬を上気させて嬉しそうに言った。目が輝いていて、わたしは心の中で感嘆のため息を漏らした。それはさながら朝露に濡れた咲き初めの淡い色の花を思わせる。まだあどけないうえ、変に着飾っていないぶん、清楚さがあふれかえりまくりだ。
しかし、ルチアがなぜそこまで喜ぶのかがわからない。そんなにミセス・モレナとやらに会いたかったのだろうか。付き添い役と仲がいいことは考えられるが、喜び方がおかしいと思うのだが――と考えたわたしは、はっとなった。
ここにはジェレミアもいるのだ。
今のルチアの様子を見たことは間違いなく、わたしは彼がどう思ったのかなんとなく恐くなった。
けれど、それでも知りたくてそっと顔を見てみる。
すると、彼はこっちを見ていた。少し嬉しそうな様子で見られ、それまで落ち着いていたのに、鼓動が早くなってしまう。
「それは良かった、これで君もようやく解放されるという訳だな」
「そ、そうですね」
どこか含みのある笑みを向けられ、わたしはまともに返事ができない。そんな顔をしないで欲しい。これで足かせが無くなったことは事実なので、王都での事態が解決すれば、いつでもふたりで出歩けるようになる、のだが、それを想像したらなんだか余計動悸がしてきた。
ある意味、パオラのおもちゃにされることが決まっていて良かったかもしれない。少なくとも、格好でバカにされることだけは防げるはずだろうから。
「ふふ、これでロレーヌお姉様もようやく解放されるわ。それじゃあ、それが言いたかっただけだから。あ、でも後で挨拶すると思うから、よろしくね」
「え、ええ、わかったわ」
かなりはしゃいだ様子で言うルチアに了解と頷くと、彼女はスキップでもしそうな足取りで去っていく。
その姿を見送りながら、ふと思う。
「わたしが解放されるっていうのはわかるけど、あれじゃあルチアも解放されるみたい」
そう、ルチアは「ロレーヌお姉様も」と言ったのだ。
その言葉に何だか嫌な予感がする。しかし、正式な付き添い役が来た以上、ルチアの面倒はミセス・モレナの仕事だ。わたしがとやかく言えることではない。
「ロレーヌ、あの子が心配なのはわかるが、もう少し自分のことにも目を向けて欲しい。それに、私だって君を独占したいと思っていることを忘れないでくれ」
「……、そ、そうです、ね」
突然の独占宣言に、わたしはまたしても口が回らなくなってしまった。テーブルを挟んだ向かいの美麗な顔が、懇願するような色を帯びている。その目は、確かにわたしにだけ向けられているのだ。
ルチアのあのはち切れんばかりの笑顔を見ても、全く動じずにいたのだから、これはとんでもないことだ。
――この人と、釣り合うようになるために王都へ来たんだもの。ちゃんとしなくちゃ!
よし、と気合を入れて、わたしは本を手に取り、言った。
「じゃあ、話のつづきに戻りましょうか」
すると、ジェレミアは嬉しそうにうなずいてくれた。
◇
午後、昨日の帽子屋のお姉さん、ミス・マリサ・サビーノが公爵邸を訪れた。さらに、パオラが言っていた仕立て屋のマダムとお針子たちも時をそう違えずにやって来た。
「待っていたわ、ミス・マリサ」
「申し訳ありません、レディ・アストルガ。素材をかき集めるのに少々時間がかかってしまって、でも、その分最高のものをお作りすると約束いたしますわ」
ミス・マリサは執事に案内されて来ると、まずそう言った。それから、待っていたわたしとパオラ、それにルチアの顔をざっと見る。
そして、昨日見そびれたわたしに目を止め、言った。
「それでは、まずレディ・ロレーヌの帽子をどうするか、から決めさせていただきますわね、よろしいでしょうか?」
「ええ、任せるわ。何しろ碌な帽子を持っていないのよ、彼女。見てこの綿ぼこりみたいな物体。それだけじゃないの、まるで修道女みたいなものまで持っているのよ。良くこれを人前で身につけられたものだと思うわ、わたし」
パオラはどこからか取り出したわたしの帽子をミス・マリサに見せてため息交じりに言った。