(20) 晩餐にて
「あの、それでですね、さっきは言いそびれたちゃったんですけど、実は今日、またカルデラーラ中佐に会ったんです」
一瞬にしてジェレミアの表情が不愉快なときのそれに変化した。言っても怒るのか、と思いつつ、とにかく報告だ。
「も、もちろんそこにはレディ・アストルガもいましたから何もなかったですけど、ちょっと、気になる様子だったんですよ」
「気になる……?」
そう、あの爆発があったとき、エミーリオは言ったのだ。はっきりと悔しそうに「間に合わなかった」と。つまり、彼は何らかの形であの事件と関わっているということになる。わたしはそのことをジェレミアに何とか伝えた。
状況説明交じりになってしまったので、わかりにくかったと思うのだが、ジェレミアはちゃんと聞いてくれた。
話し終えて落ち着いたわたしは、彼のこういうところも好きだなあと思う。
「なるほど、言いたいことはわかった。知り合いに警察関係者がいるから、機会があれば伝えてもいい。だが、あの男は海軍所属だから、もしかしたらそちら方面で何か動いているのかもしれないな」
「そうかもしれませんね」
ジェレミアの返事に頷きつつ、わたしはとりあえず言うべきことは言えたので安堵する。本屋の一件があったから、少なくともエミーリオに会ったことだけは伝えておきたかった。
黙っていると、何だかやましい気分になる。もちろん、やましいことなど一切ないのに、不思議ではあるが。
「話してくれて良かった。少し休むと良い……疲れているだろう?」
「いえ、大丈夫です」
確かに怖かったが、疲れは感じていない。
と言うのも、パオラとあの帽子屋の店主にいじり倒されてはいないからだ。ちなみに、いじられたルチアの方はやや疲れた顔をしていた。
「すぐに着替えますね。晩餐には遅れないようにしたいですし」
「そうか。それなら今日は少し夜更かししようか? 明日は出かけるような用事はないから、君の側にいられる」
その言葉を聞いた瞬間、わたしは思わず顔を綻ばせた。ここしばらく、微妙に一緒にいられていない。せっかく大好きな顔を眺めながら色々な話ができると思っていたのに、ほとんど何もできず、ちょっと不満だったのだ。なので、顔が勝手に笑んでしまう。
「本当ですか、嬉しい」
そう言いつつも、側にいたらいたで心臓には悪いのではあるが、それでも近くにいられるというのはわたしにとって、とても嬉しいことだった。
すると、ジェレミアは口元に手を当てて不意に横を向いた。あれ、わたし何か変なことを言っただろうか。
「どうかしたんですか?」
「いや、何でもない」
「何でもないって様子ではないですけど?」
どうしよう、もっと盛大に喜べば良かったのかもしれない。せっかく一緒にいてくれるというのだ。恐らくあれこれ時間をやりくりしてくれたに違いないのに。しかし、どうしたら伝わるのか、考え出したわたしに、ジェレミアはぼそり、と言った。
「ああ、早く結婚してしまいたい」
「……?」
増々意味がわからなくなって首を傾げたわたしは、じっと顔を見てみた。いつもはきりりとしている目元がやや赤い気がする。見られているのに気づいたジェレミアは、わざとらしく咳払いして言った。
「こんなところで話していると寒い。着替えに戻るのだろう?」
「え、ああ、そうですね。もう部屋はすぐですし、終わったら下へ行きますから、待っていて下さい」
「わかった」
若干ぎこちない様子できびすを返したジェレミアの背を見送り、わたしは次こそはちゃんと喜ぶぞ、と誓ってドーラの待つ部屋へと向かったのだった。
◇
晩餐まではまだ時間があったので、着替え終えたわたしはジェレミアやパオラ、ルチアと応接間に集まり、その日のことを話した。やがてアストルガ公爵がやってきて少しすると、食事ができたと執事が呼びに来たので移動する。
何度見ても、この公爵邸の食堂は凄い。
もちろん、供される食事も正式な会ではない日であっても、様々な工夫がされている。何より、王都にはあちこちから食材が集まるので、日々違う料理が出されるだけでも凄いことだ。
それに、どれも美味しい。
今日も今日とて舌鼓を打ちながら食事を進めていると、公爵が今日のことについて話をはじめた。
「それにしても、災難だったね。皆無事で良かったよ」
「本当に。でも、なぜ中々犯人が捕まらないのかしら。このままでは諸外国に笑われてしまうわ」
そう言うと、パオラは不服そうに葡萄酒を一口飲む。それにしても赤が良く似合うなあ、と思いながらつられてわたしも一口。すっきりしていて良く肉に合う。
「我が国の警察も努力はしているようなのだが、相手が狡猾なのだろうね。聞いたところによると、爆発物もとても精巧で我が国の技術にはないものだそうだ」
「となると、他国が関係している可能性が?」
「いや、我が国の技術は世界の中でもかなり高い。他の可能性を考慮した方が良いだろうね」
ジェレミアの問いかけに、公爵は苦々しい様子で答えた。
聞くともなしに聞いていたわたしはもしや、と思った。わたしと同じ時代に生まれ、ここへ転生してきた人間なのではないだろうか。もちろん、わたしみたいに何の知識も技術もないような者には無理だけれど、中にはそうじゃない人だっているかもしれない……。
そう思ったものの、単なる想像に過ぎないので、何も言わずに耳を傾ける。
やがて、公爵とジェレミアの話は段々ずれて政治色の強いものになっていき、わたしにはちんぷんかんぷんになってきた。
「殿方はすぐにああいう話になってしまうわね。まあ、そこがいいのだけれど。そうだわ、ロレーヌ」
声を掛けられたわたしは、口に物が入っていてすぐに返事できない。急いで飲み下すが、パオラが先に口を開いた。
「今日はあの事件のせいで流れてしまったけれど、明日ミス・マリサをここへ呼ぶことにしたから。どうせ明日は仕事にならないでしょうし、出かけられない以上、暇でしょう?」
問いかけの形をとってはいても、選択肢は存在していないパオラの言葉に、わたしは曖昧に頷くしかなかった。




