(19) 外出は禁止
規模としては大した爆発ではない。
花火が暴発したくらいだから死人が出ることはまずないと思うけれど、それでも大けがをする可能性があったのだから、十分怖い。
「こうなったら、少し落ち着くまでここにいて、今日は帰りましょう。全く、警察は何をしているのかしら」
言いながら、パオラがわたしの肩に手を置いた。その感触に、妙な安心感を覚え、わたしはようやく息をつくことができた。
それから、周りを見てみると、デニスは険しい顔をしたまま爆発のあった場所を睨んでいる。何かあっても対応できるようにだろう。彼女の存在も、わたしにはとても心強い。
すると、それまで悔しげに建物を見ていたエミーリオが声を掛けてきた。
「……レディ・ロレーヌ。申し訳ありませんが俺は仕事があるので失礼します。お詫びはまた会えたときに、では」
将校らしいきちんとした礼をし、彼は慌ただしく去って行った。彼は軍人だから、こういう事態はあまり関わりないように思えるが、何か事情があるのだろうか。
わたしは挨拶を返すこともできずに、その背を黙って見送った。
それから、パオラの言う通り混乱が収まるまで待ち、わたしたちは公爵邸へと戻ったのだった。
◆
「ロレーヌ!」
帰るなり、すでに戻っていたジェレミアに出くわしたわたしは声を発する間もなく抱きしめられた。しかも結構な力だったので、かえるみたいな声を上げかけてしまうが、そこは淑女として全力でこらえる。しかし、抱擁が解けないとしゃべることすらできない。
心配していたのだろうことは嬉しいものの、ちょっと背骨が痛い。
ついでに背中に突き刺さる視線も痛い。
「ジェレミア、そのくらいになさいな。貴方の愛しのロレーヌが窒息寸前よ」
呆れきったパオラの声に、ジェレミアはようやく力をゆるめてくれたものの、抱擁はまだ解けない。そんなに掴んでなくても逃げないんだけどと思いつつ呼吸をする。
「わかっているんだけど、つい。……事情は聞いた。まさかあんな場所も標的にされるとは。姉さんも外出は控えた方が良さそうだ」
「ええ、でしょうね。でも悔しいわ、何だか負けたようだもの」
「勝ち負けの問題じゃないよ。それと、ロレーヌとレディ・ルチアは公爵邸から出ないように」
突然の外出禁止宣言に、思わずわたしは目を丸くした。だが、言われてみれば確かに、危ないかもしれない場所をうろちょろするべきではないかもしれない。
しかし、これではここに来た意味がない気がする。
恐らく、この事態がある程度収拾するまで、催しも中止か延期にならざるを得ないのだろう。
残念だが、こればかりはどうしようもない。
「仕方ないわね、まあ、このふたりがいればわたしは退屈しないからいいけれども」
パオラの目がわたしとルチアに向けられる。ちょっとキラッと光ったのは決して見間違いなんかじゃない。やっぱり着せ替え人形みたいになるのかと嘆息しつつ、わたしは言った。
「とにかく、ここから移動しませんか。寒いですし」
これには、全員が頷いてくれた。
◆
場所を変え、これからについて話し合ったあと、それぞれ晩餐へ向けて着替えるために部屋に引き取ることになった。
部屋へ向かう際には、当然のようにジェレミアがついてくる。
彼はやや暗い顔をして言った。
「それにしても、王都でこんな事態が起こるとは。一体何が目的でこんなことをしているのか」
「そうですよね、しかも狙うのは上流階級の集まるような場所ばかりだなんて……」
まるで、上流階級に恨みがある者のしわざみたいだ。まあ、実際中には恨みを買うようなことをしている者もいるけれど、これはそういうものとは違うようにも思う。
「とにかく、君は出歩くな。もし君に何かあったらと思うと……」
言って、ジェレミアは大きなため息をついて立ち止まる。その表情が何だか疲れているように見えて、こちらも胸の辺りが重くなってしまう。だから、正直に言った。
「それはわたしだって同じです。ジェレミアも……少しでいいですから、外出を減らす訳にはいかないでしょうか?」
ジェレミアがわたしを心配なように、わたしだって彼のことが心配なのだ。少しでいいから、出歩かないで側にいる時間を増やして欲しいと思いながら、彼の目を見る。
すると、驚いたような顔が目に飛び込んで来た。
「……全く、君という人は」
どこか嬉しそうに呟くと、ぐいと腕を引かれる。そのまま、またしてもわたしはジェレミアの腕の中にいた。理由がわからず、なぜを頭の中で連呼する。
ごく普通に心配しただけなのに、なぜこんな反応が返ってくるのだ。好きな人なら心配になって当たり前ではないか。
「そんなに、私に側にいて欲しいのか?」
「違っ、あ、いえ、違わないですけど! 側にはいて欲しいですけど、だって、もしジェレミアが巻き込まれたらって考えたら……!」
へどもどしつつ答えると、ジェレミアはわたしを抱きしめたまま耳元で言った。
「わかった。なら、どうしても外せない用事のとき以外はなるべく君の側にいるようにしよう。私も、その方が安心だ」
それはそうなのだが、どうにも取り違えられている気がしてならない。まあ、側にいてくれるというなら、わたしだってその方が安心だ。側で眺めていられることでもあるし、でも何だかやっぱり納得がいかないのだが。
「それに、まだ本を一緒に読む約束も果たしていない。まあ、元々なるべく君の側にいるつもりだったのだから、あまり変わらないとは思うが、もう少し時間を調整してみよう」
「それでも、嬉しいです」
少しでも一緒にいられればいい。
心からそう思って言うと、ジェレミアがくすぐったそうな笑い声を上げた。しばらくは互いに笑いあう。
わたしはようやく、今日無事で良かったと思った。
それで思い出した。
あと一つ、ちゃんと言っておかなければならないことをだ。言わなければ絶対に怒るだろう。ならば、言っておくべきだと思い、わたしは口を開いた。