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観賞対象から告白されました。  作者: 蜃
続編 「冬の王都で危険な出会い?」
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(18) 事件遭遇



「少しなら構いませんよ。でも、連れがいるので長くは無理ですし、あまり変なことはお話したくありませんけど」


 最近は素ばかり晒していたが、使い慣れた笑顔の仮面をきっちり被る。でなければ、あのときのことが思い出されて速攻でデニスの背に隠れてしまいそうだったからだ。

 エミーリオはそれに気づいているのかいないのか妙に爽やかな笑顔でうなずいた。


「もちろん変なことなんか言いませんよ。でも良かった……俺はてっきり嫌われているとばかり思っていましたからね。少し前にお会いした時はろくに受け答えもして下さらなかったから」


 安堵した様子で、本当に嬉しそうに言うエミーリオ。

 これがうわさの魔性の笑顔なのだ。

 確かにかなりの破壊力。これを使って王都でアウレリオの名を騙って次々と女性を口説き落としたという訳か。

 まあ、こんなんでも一応れっきとした女性なので、わたしにも落とされたであろう女性たちの気持ちは良くわかる。ただ笑んだだけでというのに、ただならぬほどの色気を放っているのだ。これはアウレリオはなかったものだ。しかし、遊び人の色気なんぞに負けてなるものかとばかりにわたしは言った。


「そっ、それはですね、ええと、あ、あの時は風邪で声が変でしたので」


 我ながらなんという間抜けな嘘かと思いつつ、言ってしまったものは取り消せない。すると、エミーリオは急に気づかわしげな様子になり、わたしの顔色をうかがうように少し距離を縮めてきた。


 近づいた美麗な顔に、思わずのけぞりかけて何とかこらえる。


 この店の構造が恨めしい。

 中に展示されている帽子が良く見えるようにか、店の扉が開け放たれているのだ。人通りが多い通りだから出来るのだろう。そこに置かれた椅子に腰掛けている訳だから、通行人との間に壁はない。


「それはお気の毒に。もう良いんですか?」


「ええ。ですのでお気になさらず」


「それは無理でしょう。貴女はとても素敵な女性なんです。貴女が苦しんでいたら俺も辛いですよ」


 わたしは心の中でなんてヤツだと思った。

 彼が何だか切なそうな顔をしているので余計だ。皆これに落とされたのだ。もはや顔だけが問題なんじゃない。立ち居振る舞いや言動が問題なのだ。なんというたらし、なんという女殺し。

 わたしの脳裏に思わず「カサノバ」という名前が浮かんだ。


 一生そんなヤツと関わることはないな、と思っていた存在とこんな形で知り合うなんて、人生何が起こるか本当にわからない。

 というか、生カサノバなんて本当にいるんだろうか疑ってたのだけど、やっぱりいるものなんだね。世界は意外性に満ちている。


 などと余計なことを考えつつ、わたしは返事をした。


「で、でしたらこれからは体調には気を付けます」


「ぜひそうして下さい。ああ、そうだ、体調だけでなく、今しばらくは出かけるのもあまりお勧め出来ませんよ」


「はあ、それはまたどうして?」


 訊ねれば、エミーリオは片方の眉をちょっと上げて訝しげな顔をすると、少し離れて首を傾げた。思わずほっとするわたし。


「新聞をお読みになっていないんですか? 近頃王都は物騒なんですよ、特に、上流階級の集う場所はね」


「ああ、爆発事件のことですか」


 アストルガ公爵が言っていたことを思い出し、わたしは頷いた。確かに、ジェレミアにも気を付けるように言われている。しかし、今日はパオラの誘いだったので、大丈夫だろうと思ったのだ。


「ええ、今のところ死人は出ていないですが、どうなるかはわかりませんからね。何より、俺は貴女に傷ついて欲しくないから」


 何だか、さっきからエミーリオの様子が変だ。

 わたしはどう反応すべきか戸惑い、黙って眉根を寄せて彼を見ていると、そのまま見返される。

 なぜか見つめ合う形となり、さらに頭が混乱していると、店の奥から声がした。


「そろそろ貴女の番よ、ロレーヌ……」


 すると、パオラがわざわざ自分から呼びにやって来た。そして、現在展開されているわけのわからない光景を見て、眉をひそめると、そのままこちらへやってきて、嫣然とした笑みを浮かべた。

 わたしは内心小さく悲鳴を上げる。

 こ、この笑顔はジェレミアのそれと同じだ。心中が憤ろしいときに見せる全く目が笑っていない笑顔である。


「あら、どなたかと思えば、節操なしの将校様ですのね。わたしの可愛い将来の義妹に何かご用かしら?」


「いえ、通りがかったので挨拶をしていただけですよ」


「そうなの、それならもう済んだわね。ならこれ以上ここに留まるのはマナー違反ではなくて?」


 身長はエミーリオの方が高いはずなのに、大して差がないように見える。そんなパオラに、エミーリオは苦笑した。


「もちろん、ちゃんとレディ・ロレーヌの許可は取りましたよ。でも、用があるのでしたらご迷惑になりますからね、今日のところは失礼するとします」


「そう」


 笑んだまま頷いて見せるパオラ。凄味のある笑顔に、さしものエミーリオもたじろいでいる様子だ。彼は名残惜しそうにわたしを見て口を開く。別れの挨拶をしようというのだろう。

 わたしも何か言わなくちゃ、と思ったその時だった。


 帽子屋からかなり距離のある建物から、凄まじい爆発音が響いた。


 悲鳴を上げる間もなかった。

 空気が震え、粉塵が舞い上がるのをただ呆然と見つめていると、少し間を置いてその建物の方から、人々がこちらに走ってくる。

 ようやく何人かが悲鳴を上げた。


「くそ、間に合わなかったか」


 エミーリオがぼそり、とつぶやく。ぎり、と歯を食いしばり、じっと爆発のあった一点を見つめる。


「あそこは、確か上流階級も集う茶店があった場所だわ」


 すると、パオラが険しい顔で言った。

 彼女の言葉に、ある想像が頭をよぎる。わたしは今更ながら体が震えてきた。もし、帽子屋に寄った後、時間があるからとあそこでお茶していたらと考えてしまったのだ。つまり、わたしたちもあれに巻き込まれていた可能性があったのである。


 

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