(17) 気まずい再会
「既存のものを買うなんて恥ずかしいことは出来ないわ。いいこと、わたしたちは流行を作り出していく側なのよ。わたしたちはこの国の他の人々のお手本とならなければならないの」
「……お、お手本、ですか?」
困惑した様子でルチアがおうむ返しに問う。
わたしはといえば、口元を引きつらせたルチアの気持ちが良く分かる。いくらなんでも、それは荷が重すぎる。
しかも、恐らくその言葉はわたしに向けられてもいるはず。そう思うとあまりのことに胃が引きつれる思いだ。ジェレミアに相応しくなるため頑張るとは言ったが、人間には出来ることと出来ないことがある。わたしには一生かかっても無理だ。なので聞かなかったことにした。
「ええ、お手本よ。……そうね、ロレーヌは以前少し揃えたから、まずは貴女からよレディ・ルチア。店主に紹介するわ」
そう告げると、さっさと店の奥へ消えるパオラ。
その背を見送り、ルチアは小声でわたしに言った。
「何か、凄い方なんですね。レディ・アストルガって」
言葉の裏に、色々な意味でという感想が含まれているのを察し、わたしは彼女と全く同じ引きつり笑いを浮かべて頷いた。
「うん、わかってはいたつもりだったんだけど、また思い知らされた気分ね」
でも、これはまだまだ可愛い方なのだ。
あのジェレミアとほぼ違わない美しい顔と姿をした女神に罵詈雑言を浴びせられた時に比べたらなんてことはない。
考え方がおかしいとダメ出しされたくらいが何だというのか。そんなものは会うたびにされている。しかも、彼女はとことん好意で言ってくれているのだ。
まあ、わかっていてもそうは見えないのが困りものだが。
やがて奥から歓声が聞こえ、すぐにこちらへ向かう足音が聞こえてきた。わたしとルチアはそちらに目を向ける。
すると、パオラと共に快活そうな若い女性が現れた。
「紹介するわね、この店の店主のミス・マリサ・サビーノよ」
「よろしくお願いいたしますわ、お嬢様方」
にっこりほほ笑んだ店主、ミス・マリサは金褐色の髪を後ろでひとまとめにした、パオラとそう歳の違わない笑顔の綺麗な女性だった。やや目じりの下がる灰緑色の目をし、作業着らしい茶色の丈夫そうなドレスを着ている。
――こ、これは着飾れば相当美人なんじゃ……。
なのに、こんなところで帽子屋をやってるなんて何てもったいないと思ったものの、人がどんな職種を選ぼうが自由である。
ただし、わたしはひっそり心に決めた。
――王都で帽子買うときはここにしよう。
「で、レディ・アストルガ、まずはどちらからお見立てしましょうか? どちらもこれからの季節に相応しいものはお持ちでないということですから、いくつか必要だと思いますが」
「ええ、もちろんよ。でもレディ・ロレーヌは少し手持ちがあるの。だからまずはこの子からお願いするわ」
パオラがルチアを示すと、ミス・マリサは「畏まりましたわ」と言って手近な帽子をいくつか手に取る。それをルチアにかぶせて見てから、少し悩む。
わたしはその様子をただただ楽しく眺めた。
何だか劇を見ているみたい、と思っていると、突然ミス・マリサの目がカッと開いた。
「来た! 来たわっっっ、閃いたわよ。さあ、こちらへいらして下さいな、すぐに図案を書かなければ。レディ・アストルガもいらして下さい、助言を頂きたいわ。さあさあ」
喉の奥から哄笑に似た笑い声を響かせ、ミス・マリサはルチアの腕を強く掴むと店の奥へと引きずり始めた。
それまでの快活で優しげな美人は消え去り、ナニモノかが降臨した芸術家のような有様になってしまっている。
わたしはその様子に腰が引けた。
「え、え、え、ちょっ、ロレーヌお姉様!」
「る、ルチア、頑張って」
助けを求めてきたルチアを、わたしはあっさり見捨てた。ルチアはさながら遠くへ連れられて行く子羊みたいな目をしていたが、わたしには救出は不可能だ。
やがてルチアの姿が店の奥に消えると、パオラが言った。
「ロレーヌ、ちょっと悪いのだけど少し待っていてくれるかしら。まあ、あの様子ではそう時間はかからないでしょうから」
「あ、はい。わかりました」
そう頷くと、パオラは何だか淀んだオーラが漂う店の奥へと消える。残されたわたしは、置かれていた椅子に腰かけて、見事な帽子の数々を眺めた。
「こんなの、わたしが被ったらどう見えるんだろう?」
イケメンアイドルなど、容姿の優れた人なら少しくらい変てこな格好をしてもそれなりに様になるが、わたし程度だと何だか微妙な気がする。まあ、着飾ればイケるのかもしれないが、あのデカい鳥の羽が飛び出ているやつなんか被ったら絶対におかしいはずだ。
変なことにならなきゃいいな、と思ってぼんやりと外の人の様子を眺めていると、不意に店の前に見覚えのある姿が通りかかる。向こうもこちらに気付いて目を丸くしていた。
しばし、睨みあうわたしと通行人。
思わず硬直してしまったわたしは、何か声を掛けるべきか長考したものの、相手の方の硬直が解けるほうが早かった。
「えーと、奇遇だね?」
「……そうですね」
少し警戒しつつ答えると、通行人――エミーリオは苦笑した。
「そんなに身構えなくても取って食ったりしないよ。それに、君には優秀な護衛もついているだろ」
彼の言葉に思わず馬車を見ると、それは恐ろしい表情をしたデニスが足早にこっちへやって来るのがわかった。
と言うのも、わたしたちが乗って来た馬車は店の邪魔にならない場所に停めてあるのだ。それは少し離れた場所で、デニスはそちらで待機していたのである。
やがてわたしの側に来たデニスは、立ち去らないエミーリオを冷たい表情でじっと捉える。その間、ひたすら無言を通す彼女からは妙な圧力を感じる。
守られているはずのわたしの方が神経を削られる思いだ。
けれど、そんなデニスよりも、目の前に立つ存在の方がより神経を削り取る。本音を言えば、前回会ったときのように、デニスの背中に隠れてしまいたい。
でも、こんなところでそんなことは出来ない。相手は礼儀を守っているし、デニスだっている。
しっかりしろ、とわたしは自分に言い聞かせた。
わたしがひとり逡巡している間、ふたりは無音の攻防を繰り広げていた。睨みあったところでデニスが引き下がる訳もなく、エミーリオはまた笑みを浮かべ、小さく肩をすくめた。
それからわたしを見て言った。
「暇そうだから、少し話したいな」
そう言うと、兄とは異なるどこか危険さも持った顔が真っ直ぐにわたしに向けられる。その目が少し寂しそうに見えた。
どうしてそんな目でわたしを見るのだろうか。
よくわからないが、とにかくしっかりしろ、と言い聞かせ、わたしは口を開いた。




