(14) 記憶持ちたち
「な、何ですって。そんなことが……」
わたしの言葉に、デニスは驚きの声をあげる。そんな様子に、さもありなんとばかりに頷きながらパオロが言う。
「あるんだな、これが。俺も最初は驚いたけど、まさかそんな人間がこの国にいるだなんて思ってもみなかったから、嬉しかったよ」
言葉通り、パオロは嬉しそうだ。
実際、わたしも彼の言葉だけでは信じられなかった。だが、あのおはぎを食べ、確信した。あれがなければ今でも疑っていただろう。けれど――。
「けど、どうしてわたしが『そう』だってわかったの?」
問うと、パオロはにこにこしながら答える。
「簡単さ。『応援する会』だよ……あの会の理念って、まんまアイドルのファンクラブだろ? それか親衛隊とか? そんなことをはじめられるやつなんて『記憶持ち』以外いる訳がないと思ったんだ」
「で、でも、わからないじゃない。そういうことを思いつく人が本当にいたかもしれないし」
「まあね、だから調べた」
「し、調べたってそんな簡単に」
デニスといい、パオロといい、どうしてそんな簡単に人の情報を手に入れられるのだろう。そういえば、ジェレミアだって確かわたしのことを調べたとか言っていたし、そんなに色々と情報がだだ漏れているんだろうか。だとしたら、もう少し管理をしっかりした方がいいかもしれない。
これじゃあプライバシーなんてないも同然だ。
などと内心青くなったり憤慨したりしているわたしに、パオロはさらに続ける。
「俺さ、元々使用人じゃない別の仕事してたんだけど、そう考えたらいてもたってもいられなくなったんだ。『応援する会』を運営しているのは貴族のご令嬢が多かったから、きっときっかけを作ったヤツも貴族のご令嬢である確率が高いかな、と思ってさ、それで使用人になって調べてみたんだよ。そしたら、あんたを見つけたって訳だ」
なるほどー。
とてもわかりやすいし、完全に正解だ。彼の頭が良いのかわたしが馬鹿なのか。きっと後者だろうなと思ってむなしくなる。
「そう……」
「そうだよ。まあ、いつかは話そうと思ってたわけだけど、まさかあんたの方から来てくれるとはね。やっぱり故郷の話とかしたかった? そうだ、俺の質問憶えてる?」
当然だ。あの晩餐での衝撃は忘れられない。その後のジェレミアはもっと忘れられないが。
「もちろん、食べたいと思うことはあるわ。でも、生まれた時からこの国で育った訳だから、それほどの欲求はないけど。何より、再現しようがないし」
一応、味自体は憶えているのだ。
おはぎを食べた時に「それ」とわかる程度には。中には好物もあったが、体が憶えている訳ではないので、強い欲求にはなりにくい。
「俺も最初は諦めてたけど、やっぱり思いだしたくてさ。少し頑張ってみたんだ……知り合いの料理人に頼んで研究してる最中なんだけど、あんたにも食べて欲しくてね」
「そんなのあるの?」
あの晩餐会で出されたおはぎの完成度はかなり高かった。だとしたら、結構近いものが食べられるかもしれない。好奇心と期待から、わたしは思わず身を乗り出す。
「ああ、良ければ今度連れて行く。……ああ、そこの護衛君も一緒でいいよ。一応その店のメニューにも加えて貰ってて、割と人気なんだぜ」
「それは是非行きたいわ。あの夜のおはぎもあなたの試作品なんでしょう?」
訊ねると、パオロは得意げに頷く。
「ああ。我ながら上手く行ったと思ってる。この世界にもあっちと似た素材って結構あるから、もしかしたらと思ってたんだ。どう、うまかっただろ?」
「それはもう、後はお茶があればもっと……」
良かった、と言おうとして、わたしは本題をすっかり忘却の彼方にすっ飛ばしていたことに気づいた。彼を連れてきてもらったのは、日本食の話をするためではない。
――いや、それもいつかは話したいと思ってはいたのだが、今はルチアの方が優先順位が高いのだ。
「あーわかるわ。でも紅茶に似た茶はあるのにアレ、加工しないとと苦すぎて飲めないんだよな。この国じゃなくて別の場所になら何かありそうなんだけどなぁ」
「そ、そうね。あの……」
「むしろ、あんたの方がそういうの詳しいんじゃないか? お貴族様なら、色々贅沢品も口にしてるだろうしさ」
問うように言われ、わたしは話を始めるきっかけを失う。というのも、それまで快活だった彼の様子に変化があったからだ。特に「貴族」と言った時の重さは、まったく彼のイメージとそぐわない暗いものだった。
「……残念だけど、外国のものは滅多に口に入らないの。わたしの父は贅沢を好まないから」
「へぇ、いい人なんだな」
そう言うと、パオロは複雑そうな顔になり、一瞬口をつぐむ。なんとなく気まずい雰囲気で、声を掛けにくいが、ここで言わなければまた言えなくなりそうなので、わたしは本題を切り出すことにした。
「……あのね、今日あなたを呼んだのはお願いがあったからなの。あなた昨日、わたしと一緒に来た女の子につきまとわれたでしょう?」
「ああ、何か凄い美少女がこっちを見てくるから驚いたけど、よくあることだから適当に無視したりあしらったりしたかな。何だ、あんたの連れだったのか。それで?」
彼の言葉に、わたしはなんとも言えない気持ちになった。
やはり、よくあることらしい。まあ、ジェレミアも似たようなことを言っていたから、見目よい人間は差こそあれど似た経験があるのかもしれない。
何より、面食いのわたしが太鼓判を押すほどの美男子なのだから、当然だと言える。
「あの子ね、あなたに好意を持ってしまったみたいなの。それでちょっと困ってるんだけど……」
「ああ、そういうこと」
頷いたパオロは笑みを浮かべていたが、わたしはなぜか背筋が寒くなってきた。目を合わせてみれば、全く笑っていない。どころか、怒っているようだ。
「やっぱり、あんたもお貴族様なんだな。困っているっていうのは、連れの令嬢が身分違いの男とどうかなったら困るって意味なんだろ?」
わたしは彼の言いたいことが何となくわかった。
この国には階級が存在する。けれど、わたしたちが以前いた国にはそういう制度はなかった。
その記憶がある状態で、しかも労働者階級に生まれた彼は、貴族に生まれたわたしと違い、ずいぶんと嫌な思いをしてきたのかもしれない。
わたしは嘆息して、言った。




