(12) ルチアの告白
部屋に戻ったわたしは、落ちつけ落ちつけと繰り返し自分に言い聞かせた。ここしばらくはルチアのことに気を取られていたので油断していたから余計に心臓に悪い。
以前なら「挨拶」だから、と流せたが、今はそうはいかない。やはり、美形の破壊力は半端ないなと心の底からしみじみ過ぎるほどに実感してしまった。
うん、まだあの美形が将来わたしの旦那様になるとか信じられない。自分に自信のないことには自信があるので、ああやって触れられてもやっぱり、夢を見ているようにしか思えないのだ。
まあ、そのうち何とかなるだろう、何とかなるさ、……何とかなるかな?
不安になったり気楽になったり、忙しく表情を変えつつ、とにかくやるべきことをやらなければと決めて、ドーラに手伝ってもらいながら夜着に着替えると、ルチアの部屋へと向かう。
ノックすると、すぐに扉がを開いた。真っ先に視界に飛び込んできたのは、困った様子の小間使いだった。
「ロレーヌ様、いらして下さったんですね。良かった、わたし、どうしたら良いのかわからなくて」
彼女は弱り切った様子で、テーブルについた主を見た。そうだろうなあ、と思いつつ、つられて見やれば彼女の主、ルチアは書きもの机について手紙を書いている。どうやらかなり集中している様子で、わたしが来たことに気づいていない。わたしは首を傾げた。
小間使いは「少々お待ち下さい」と告げると、ルチアにわたしの来訪を告げた。だが、なかなかこちらに気づかない。何度も声を掛けてようやくわたしが来ていることに気づいたようだ。
「ロレーヌお姉様……?」
どこかぼんやりした表情でルチアはわたしを振り返る。
「ルチア、大丈夫? すごく顔色が悪いから心配で来ちゃったんだけど」
そう言うと、ルチアはぱっと椅子から立ち上がり、わたしの近くまで凄い勢いでやって来ると、目をうるませて言った。
「良かった。実はお姉様に相談しようと思っていたけれど、何だか行きにくくて……」
良かった、と息を吐く姿に、わたしはうっかりよろめきかけた。
美少女オーラがまぶしい、まぶしいよ。なんという美少女オーラだ。うぶな若い男性がいたら完全に恋に落ち、そこそこ年齢の行った男性は守ってあげたくなるだろう。それほどまでに、ルチアの今の弱り切った姿は衝撃だった。
だが、いつもなら良いものが見られた、と思うのに、今夜に限ってはなぜか別の感想が浮かんできた。
――ジェレミアが見なくて良かった。
ふいに思ったことに、わたしは別の方向から驚いた。そんなことを思うなんて、ありえないと思っていたのだ。
――いやいや、今はそんなこと考えてる時じゃないし!
自分の思いから強引に気を反らし、わたしは話しあぐねているルチアを見た。この感じはドロテアの時と似ているので、恐らく間違いはないだろう。
面倒なことになったなあ、と思いつつ、わたしは声を掛けた。
「ルチア、相談って?」
「え、ええ……あの、ほら、昨日の昼間に言っていた従僕のことなの。今日、すごく退屈だったからアストルガ公爵夫人に許可をもらって、公爵邸の中を散策していたのだけど」
「それで……?」
ルチアは最初こそ言いにくそうにしていたものの、ちゃんと聞いてもらえているとわかってくると、後はどんどんと言葉が飛び出してきた。
時折内容が飛ぶものの、それはこういうことだった。
昼間、ミセス・モレナもいないので勝手に外出も出来ずに暇を持て余していたルチアは、パオラに許可をとって公爵邸をうろうろしていた。そこへ、ちょうどあの従僕が現れたので、捕まえて案内を頼んだらしい。彼は、快く引き受け、絵画の飾られた廊下や、公爵家の歴史が刻まれた様々なものを案内してくれたそうだ。
その知識の凄さに感心し、空腹を感じたりしたらすぐにお茶の準備をしてくれたり、寒いと思ったらすぐに防寒具を持ってきてくれたり、と使用人として優秀な働きを見せまくったらしい。
途中、執事がやってきて彼に仕事を命じられるまで、ずっとそうしてくれたのだそうだ。それでも、離れがたくて、仕事ぶりを見たいからとついて回っていたらしい。
まあ、わからなくはない。
「凄いのよ、どんな無礼な客人にも対応して……寒さもものともせずに走り回っているの。それを見ているうちに、何だかドキドキしてきて、すごく苦しいの」
「そ、そう……」
これは重症だ。
本気で頭痛がしてきた。
「わたし、どうしたらいいのかしら? ねえ、お姉様、これってもしかして恋しているのかしら」
何かキラキラしたものが飛び交う眼差しで見られ、わたしは返答に窮した。この場合、考えられる返事はいくつかある。
ひとつは、その通りよと答えて応援する。
ふたつめは、違うわ、きっと風邪を引いたのよと言ってごまかす。
みっつめは、その通りだと認めた後で、身分違いだからかなうことはないと説得する。
さて、どれを選ぶべきか。
どれを選んでも、ルチアにとっては悲しいことにしかならない。わたしは思わずドロテアのことを思い出した。彼女もまた、放蕩者と呼ばれていた男性に恋してしまい、そのせいでゴタゴタしたのだ。最終的には勘違いだとわかったから良いものの、何で姉妹そろってそういう相手に恋するのだろう。いや、姉妹だからか……。
わたしはルチアを見て心の中で呻いた。
将来社交界に出れば崇拝者が列をなし、速攻で応援する会が作られるであろう美少女令嬢。その彼女が今恋しちゃっているのは、よりによって使用人だ。
まあ、結婚自体は可能なのだが、貴族として生きてきた人間がいきなり庶民の暮らしができるかというと、これまた疑問だ。今までにもそういう例はあったらしいのだが、成功例は聞かないとか。
「ロレーヌお姉様?」
黙りこくったわたしに、ルチアは不思議そうに声を掛ける。そんな仕草すら恐ろしき愛らしさだ。わたしに、彼女を傷つけることなんて出来そうもなかった。
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