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観賞対象から告白されました。  作者: 蜃
続編 「冬の王都で危険な出会い?」
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(10) ルチアの行方

 それから書店で何冊かみつくろい、荷物はデニスに持ってもらって、わたしたちは公爵家の邸宅に戻った。まだ時間はある。今日は特に何かの集まりに顔を出すつもりはなかったからだ。


「どこか、ちょっとした客間に行こうか。デニス、お前はこの邸の使用人に部屋と茶の用意をするように言って来い」


「かしこまりました」


 デニスは言いつけられるとすぐに綺麗なお辞儀をして立ち去る。本屋を出てすぐ、彼女は普通の女性からプロフェッショナルに変身してしまった。あまりのギャップに、わたしは何だか頭痛がしたが、そのうちに慣れるさと言い聞かせて、目の前の超常現象を無視した。


 ゆっくりと歩きながら、わたしは改めて公爵邸のなかを眺める。美術館にでも来たように感じるほど、素晴らしいものが絶妙の配置と配色で並んでいる。


 ジェレミアの腕につかまりながら、ぼんやりとあちこちに視線を巡らせていると、前方に人の姿が見えた。それは、どう見てもルチアだった。しかも、何やら飾ってある壺に身を隠して、誰かを眺めているふうである。

 そのルチアから少し離れた場所にいるのは、ドーラともうひとり、ルチアの小間使いだ。


 わたしは思わずルチアの視線の先にいるのは誰だろうと目を向けて後悔した。今からでも、見なかったことにできないだろうかと思ったものの、振り返ったドーラとばっちり目が合ってしまった時点で諦めた。

 何やらものすごく話したそうな顔でこちらを見てくるドーラに、小さく嘆息して、わたしは隣のジェレミアに声を掛けようとしたが、彼の方が先に口を開いた。


「あそこにいるのは君のいとこと小間使い達のようだが?」


「見間違いだと思いたいんですけど、そうみたいです」


「一体何をしているんだ? いとこの方はどうやら使用人の様子を見ているようだが……?」


 そう、ルチアは現在廊下で燭台などの手入れをしている使用人をガン見していたのだ。しかも、わたしの予想が間違っていなければ、あれは例の従僕だった。

 あの赤い髪や背格好から漂うイケメンオーラはそうそう間違えることのできるものではない。


「そうなんですよね~、あ、ドーラがこっちに来る」


 なかなか側に寄ろうとしないわたしに、しびれを切らしたのか、ドーラはやりとげたような顔で歩み寄って来た。


「ロレーヌ様、お帰りなさいませ。お言いつけどおりルチア様から目を離さずにいました」


 一応、お目付役を頼まれている以上、ルチアから目を離す訳にはいかない。けれども、少しの間だけなら、と思い、仮のお目付役をドーラに頼んでおいたのである。

 わたしは恐る恐る訊ねた。


「ええと、何もなかったの?」


「はい、ルチア様はひたすらあの従僕を追いかけて眺め倒しては、ときには声を掛けられて赤くなり、もじもじしつつも、ご令嬢としてちゃんとふさわしい振る舞いをなさっていましたよ」


 ちょっと待て、どこにも令嬢らしさが感じられないんですけど。しかも、何だかヤバい臭いがしたんですけど。

 口元を引きつらせつつ、わたしはドーラから視線をルチアに移して、思わず小さく呻いた。

 あのとろけたような瞳、薔薇色に染まった頬。うっすらと開いた唇から吐き出されるため息はうっとりとしている。これは間違いないのではないか……。


「ええと、とりあえずお目付役はもういいから、戻っていてくれる?」


「はい、わかりました。それでは、今宵も素敵に装って頂くためのドレス選びに戻りますねっ」


 ドーラはぺこり、と頭を下げて小走りに廊下を掛ける。その後ろ姿に、別にどこにも行かないんだからそんなに頑張らないで欲しいと願ったが、すぐにムリだろうなと半ばあきらめの気持ちになった。


 それに、ジェレミアと行動を共にするならその方が良いようなのだ。わたしは着飾りさえすればとても見栄えはするものの、そうでなければやや童顔な地味顔なのである。

 そのため、ハイスペックイケメンであるジェレミアの横にいる場合、素顔で着飾らないままだと霞んで消えてしまうほど存在感がない。

 彼が、今もって女性に囲まれるのを好んでいないことはわかっているので、目立つ姿で虫よけになった方が役に立つ。


 そんな訳で、地味なまま通すのは諦めることにした。

 もちろん、心の中では色々なことに怯えているが。


「楽しみだな」


 ぼそり、と横から声がかかる。わたしは思わず目を反らす。そのセリフに「楽しみにしていてね」とか「期待してくれていいわよ」と返すなどという真似は到底出来ない相談だ。

 何しろ、未だに自分に自信はない。

 だからこそ、少しでも向上したくて公爵邸へ来ることにしたのだから。


 どう返事したら良いかわからなくなり、困ったわたしは視線をルチアと後ろでおろおろしている小間使いの方へと向けた。小間使いは、こちらとルチアを交互に見て助けを求めている様子だ。


 とにかく、あちらを何とかしなくてはならない。

 使用人の立場では、主に強くものを癒えないのだ。わたしはとりあえず声を掛けた。


「ルチア、そこで何をしているの?」


 すると、ルチアは緩慢な動作でこちらを振り返り、ようやくわたしたちがいることに気づいたように目を何度か瞬かせた。わたしは心の中でなんてこったと叫んだ。そこにいたのは、まさに夢見る少女そのものだったのだ。

 服装こそ地味なものの、ルチアはわたしと違って美少女がただ漏れている。そこへ来て、そんな表情をされたらどういう光景が展開されるか、考えてみて欲しい。


「あ、ロレーヌお姉様。お戻りになったの」


「そうよ、それより、こんなところで何をしているの。体が冷えるから部屋へ戻りましょうよ」


「でも……」


 名残惜しげにあの従僕を見やるルチア。しかし、わたしはとにかく気づかなかったフリで言った。


「困ったわ、あなたを置いて戻る訳にはいかないし、一緒に行きましょう。それに、夜の用意もあるからもう部屋に戻った方がいいし、あなたも小間使いを困らせたくないでしょ? そうだ、この後一緒にお茶を頂きましょう、今用意させているから」


「……そう、ですね」


 渋々、といった風情でルチアは頷いた。

 いかにも行きたくなどない、と表情は告げていたが、足取り重く立ち上がると、わたしの近くへやってくる。それを確認すると、わたしはひとつため息をついた。



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