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観賞対象から告白されました。  作者: 蜃
続編 「冬の王都で危険な出会い?」
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(9) 書店での攻防



「我々にだって休みは必要ですよ? 何しろ、海の上にいるときは常に命がけで陛下と国民を守っているんですからね。こうして陸にあがらなければ、まともな食事にもありつけないし、ゆっくりと休むことさえ出来ないんですから」


「そうか、確かにそうだな。ただし、私たちには関わるな。私たちは今、アストルガ公爵家に滞在している。客分の私たちに何かあれば、公爵はお前を放置してはおかないだろう」


 それを聞いたエミーリオは、一瞬顔から笑みを消した。

 しかし、すぐにいつもの胡散臭い劇甘笑顔に戻ると、少し困ったような顔をした。


「嫌だなあ、俺に一体何が出来るって言うんです? 前回は貴女の崇拝者にそそのかされただけですよ。そのときだって、たまたま退屈していたから乗っただけで、でも、王都で退屈することなんて出来ませんよ。ですから、ご心配は無用でしょう」


「……悪いが、信用出来ない」


 ジェレミアは冷たく答えた。

 エミーリオは、また微かに肩をすくめただけで、それには答えようとせずに、言った。


「俺はここに本を買いに来ただけです」


 それから、わたしを見た。思わず小さく震えてしまう。

 わたしは、向けられたエミーリオの目に浮かぶ暗さと、微かな熱をもう一度見ることになった。それで、彼が全く変わっていないことが良くわかった。彼はわたしが自分を見ていることに気づくと、小さく笑った。


「レディ・ロレーヌ、王都を楽しんで。それじゃあ」


 エミーリオはそう簡潔に言うと、本を買って店を出て行った。ジェレミアは彼が店から出ていくまで動かなかった。デニスは、すぐに店の外に出ると、少しして戻って来た。


「行ったか?」


「はい。姿が消えるまで見ておりましたので、もうこちらに戻ることはないでしょう」


「そうか……」


 呟くと、ジェレミアは大きく嘆息してわたしを振り向くと問う。


「ロレーヌ、平気か?」


「はい、大丈夫です。ありがとうございます……」


 実は若干疲れていたりするのだが、それは別にエミーリオのせいだけではない。雰囲気に呑まれていたのだ。


「戻ろうか、もう少し外出しようかと思っていたのだが、休みたいだろう?」


 問われて、別にそこまで疲労はしていないんだけどと思いつつ、わたしはジェレミアを見た。彼はどこか気づかわしげで、本気で心配してくれているようだ。

 これが前世であったら、素直に言うことを聞くことになっただろうが、今のわたしはこの程度で強い疲労を感じはしない。だから、彼が気にしているのは、わたしの気持ちの方なのではないだろうか、と考えてから、言った。


「わたしは大丈夫です、でも、外を歩きたい気分じゃなくなってしまいました。ですから、本だけ買って帰って、一緒に読みませんか?」


 今回、王都へ来た目的は交流をすることだけではない。

 ジェレミアと一緒にいられる時間が欲しかったのだ。どうせそんな気分ではなくなってしまったのなら、それも有効活用すればいい、そう思ったのだが……。

 ジェレミアはすぐに返事をくれない。

 ただ、目に嬉しさのようなものがにじんでいるので、きっと嫌だとは言わないだろう。

 期待して待つ。そして――彼が口を開こうとした瞬間。


「それは良いお考えです、レディ・ロレーヌ! それでは、どれをお取り致しましょう? 私のおすすめはですね、これです!」


 突然、デニスが棚から何かの小説らしき本を引っ張り出して手渡してきた。わたしは反射的にそれを受取り、題名を見て顔を引きつらせる。な、なんと……こってこての乙女小説ッ!


「と、と、と、ときめきの薔薇園~秘密の指輪~ですか?」


「はい! 今王都で女性たちに一番人気の恋愛小説家の作品なんですよ。ジェレミア様にお話をうかがってから、ずっと考えてきたのです。一体どれを紹介したら、レディ・ロレーヌはお喜びになるだろうって」


 それまでのハードボイルドが一転、目を輝かせた彼女は普通の女性に見える。どういうことだ、目に呪いでも掛けられたのだろうか、それとも今まで呪いにかかっていてそれが解けたのだろうか。しかし、残念ながら、この世界でも今まで呪いなど見たこともない。

 ただ、幽霊がデター、とか、幽霊見たヤツがぽっくり逝っターとかいう話は意外とごろごろ転がっているので、ないとも言い切れなかったりするのだが。


「そ、そうなの……読んでみるわね、ありがとう。それじゃあ、わたしも好きなもの探そうかなー」


「……確か、ガルボだったな」


 とてつもなく不機嫌そうな声が、わたしの好きな作家の名をあげた。先ほどのデニスの邪魔で、怖くて顔を見られなかったのだが、恐る恐る見てみる。案の定、氷点下にまで下がった目と目が合った。


「は、はい、そうです」


 その作家は外国人のマイナー作家だった。そのため、王都の書店に来なければまず手に入らない。有名で人気のある作家のものなら、バルクール領の町でも手に入る。

 少し前、わたしはジェレミアにそうこぼしたことがあった。そのたった一度の言葉を、覚えていてくれたらしい。何だか、胸の辺りがこそばゆい。嬉しくて、言葉がうまく出て来ない。


 ジェレミアはそんなわたしをよそに、ガルボの本を手にすると渡してくれた。


「あ、ありがとうございます」


「他にも幾つか買って行こう。それから、ふたりきりで一緒に読むことにしよう」


 ふたりきりのところをやや強めに言うと、ジェレミアは顔を反らした。まだ不機嫌そうではあるが、怒ってはいないようだ。少し照れくさそうな態度についつい笑みが浮かぶ。本二冊を胸に抱え、わたしは思わず満面の笑顔で頷いた。


「はい、ぜひ」



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