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観賞対象から告白されました。  作者: 蜃
続編 「冬の王都で危険な出会い?」
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(2) 毒舌は健在でした

 眼前に、アストルガ公爵邸がその偉容を誇っていた。基本的に貴族たちの住まいは豪華だ。それぞれが先祖から受け継いだ財を大切にし、かつ自身の代でも得た富を使ってより豪華に改装したりする。


 しかも、この屋敷の持ち主は公爵なのだ。

 常に国の主の側に侍って仕える役割を与えられる彼らは、土地の限られた王都の中でも極めて大きな敷地を所有している。その敷地に、王宮には劣るもののそれに近い白い巨大な建物が坐している様はただただ驚くばかりだ。


 わたしはしばらく建物に見とれ、ふと自身の格好を見てヤベェと思った。貴族令嬢らしく、ちゃんと昼用のドレス姿なのだが、ジェレミアやパオラと行った仕立て屋で作ったものではなく、手持ちのものだ。茶色の縁飾りのついたもので、その上に暖かな毛織の肩かけを着て、頭には黄色いボンネットを被っている。わたしの元の手持ちの中では上等な方である。ちなみに、作ってもらった方は、旅の途中で汚れたら嫌だし、到着してから着替えようと思っていた。


 一方のジェレミアはいつものようにきちんとした貴族の男性姿だ。

 並ぶと見劣りすることはなはなだしい。わたしは後続の馬車から下りてきたドーラを見て、すぐに着替えることを伝えなければ、と思った。そして、ドーラと同じ馬車からもうひとり女性が降りてくる。


 いや、少女と言った方が正しいだろう。花柄のやや田舎くさい。野暮ったいドレスに身を包み、寒さに頬を赤らめて目をキラキラと輝かせている。


 彼女はドロテアの妹で、ルチアという。

 姉と違って本当に美少女で、金髪碧眼のお人形のような少女だ。今回、ドロテアを誘ったところ、その手紙を見てしまったらしく、暇を元あましていたルチアが強引についてきてしまったのである。何しろ、行かせてくれないならアウレリオとの時間を徹底的に邪魔してやると豪語して本当にそうし始めたので、ドロテアに懇願されてしまったのだ。


 ごめんなさいロレーヌ、でももう限界なの、助けて、お目付け役のミセス・モレナも行かせるからと涙の滲んだ手紙を送られてはどうしようもない。それに、都会の楽しみに夢中になっていればきっと世話も減るだろう、きっとそうだとも、そう信じるしかないし、断ったら寝覚め悪すぎるし、何より、ジェレミアとふたりきりというのに微妙に耐えられない気がしたわたしは引き受けることにしたのだ。


 もちろん別の人物でも良かったことは良かったのだが、新婚ほやほや夫婦(ブルーノとタチアナ)は流石に誘えないし、兄を連れてこようかとも思ったが、あの人は王都が嫌いだ。という訳で、ルチアが同行することになったのである。


 彼女もまた、呆けたように公爵邸の偉容に見入っていた。

 すると、待ちかねていたかのように玄関ホールからパオラが姿を現した。ジェレミアの姉にしてアストルガ侯爵夫人である彼女は、相変わらず凄みのある美貌に満面の笑みを浮かべながらやって来ると、言った。


「ようこそいらっしゃったわね、待ちかねたわ」


 両腕を広げて出迎えてくれたパオラに、わたしとジェレミア、そしてルチアは型通りの挨拶を交わす。その間、ちらちらと視線がわたしに注がれるのがすごくわかる。当然。言いたいこともわかっている。わかっているとも。お願いだから、そんな魔王が獲物を見つけた時のような目で見ないで欲しい。


 氷点下に近い寒さだというのに背中に変な汗が出てきた……。思わず視線を明後日の方向に飛ばすと、パオラは微かに鼻息をつく。怖い、怖いよー。

「それでこちらが?」

 パオラはルチアに視線を移した。わたしは視線を戻してパオラをうかがう。そして、その目が底光りしていることに気づいて頬が引きつった。


「あ、あの、パルマーラ男爵令嬢のルチアですっ。今回は、さほど面識もないわたしまでお招き頂いて、本当にありがとうございますっ!」


 心からそう思っているのがまるわかりの声音で言うルチア。そんな彼女を、パオラはじっと見つめ、不意に口端を上げた。それに気づいたジェレミアが眉をひそめる。


「姉さん、何かよからぬことを企んでないだろうな?」

「あら、企むだなんて人聞きの悪い。わたしはただ、自分の持つ才能を他者に使わないでいるのはもったいないと思っているだけよ。ねぇ、ロレーヌ?」

「えっ、あ、はい、ソウデストモッ!」


 長い睫毛に縁取られた凄みのある双眸に射抜かれ、わたしは反射的に答えていた。それはまるで、「イエス、マム!」とか叫びそうな勢いだった。


「レディ・ルチア、あなたを歓迎するわ。面識なんて関係ないのよ、あったところで邪魔になることも多いものだもの。何より、こんな改造のしがいのあるみすぼらしいレディが二羽も手元に来るなんて……あら、いけない、今のは忘れて?」


 にっこり、と笑顔を大盤振る舞いするパオラ。わたしは見なかったことにしたが、ルチアは訳がわからずにきょとんとしている。ジェレミアは額に手を当てて、呆れた顔をしつつも「まあ、いいか」などと聞き捨てならない呟きを洩らしている。いや、恋人なら助けてよ、と言いたいところだが、彼はそもそも最初からわたしの地味すぎる格好を何としてでも変えようとしてきた実績があるので、かばうどころか推進するはずだ。


 逃げ場はないし、覚悟はしてきた。

どの道、パオラとは長い付き合いになるのだ。今からどうすれば精神を保護できるか学んだ方が良いだろう。よし、やるぜ、やってやるぜ。かかって来いやぁ、とまるで戦いに赴くような気合を入れ、わたしは微笑みを浮かべた。

 貴族令嬢にとって、微笑みこそ武器である。


「さて、こんなところで長話をしていたら冷えるわ。美味しいお菓子とお茶を用意してあるから、話はそっちへ移ってからにしましょう」

「それもそうですね」


 ジェレミアは肩をすくめ、わたしに向かって腕を出す。少しためらったあと、その腕をとって、わたしとジェレミア、ルチアにドーラは公爵邸へと足を踏み入れた。


 内部は想像以上だった。

 優美な玄関ホールは、白大理石で全てがつくられ、飾られた絵画にも公爵家の歴史がうかがえる。貴族の中でも最も位の高い公爵は、その特権も他とは一線を画す。その権力の象徴である屋敷には惜しみなく金が掛けられているのだ。


 そういうところは、この世界の人間も、前世を過ごした世界の人間も変わりない。そんなことを思うにつけ、もしかしたらこの世界を創造した神と、あっちの世界を創造した神は同じなのかもしれない、と考えてしまう。


 そうやって歩いていると、あちこちに立つ使用人たちに頭を下げられる。流石は公爵邸、雇っている使用人の数も半端ないなあと思いつつ彼らを見た。ふと、その中のひとり、見目の良い従僕に、わたしの目は勝手に吸い寄せられる。すると、後ろからルチアがひそめた声で言った。


「ロレーヌお姉さま、あの従僕素敵ね」

「そうね、やっぱり王都で、しかも公爵様のお屋敷なだけあるわ」


 答えて、ウフフと笑って横を見ると、ジェレミアの氷点下の目と目が合った。わたしは笑顔が凍り付くのを感じた。彼は顔こそ笑っているが、絶対に不快に感じている。わたしは従僕から目を反らし、おのれを呪った。


 繰り返すが、わたしは面食いである。

 見目麗しい人物が何より大好物で、それは男女を問わない。男女だけではなく、貴賤も問わない。貴族に限らず、イケメンに対して勝手にサーチ機能が働いてしまうのだ。良くある食べ歩き番組で匂いに釣られてふらふらとそっちへ行ってしまう演出がある、あれなどと似たようなものである。


 しかし、だ。一応わたしはジェレミアの婚約者であり、愛を誓った仲である。しかも、その折にはっきりと言われているのだ。他の男を見たら許さない、と。もちろん、そのようにするつもりは満々だ。

 だからといって、長年の習慣がそう簡単に改められるものでもない。そもそも、婚約に至るまでの期間なんて瞬きに等しいくらい短かかったのだ。いきなり切り替えられたら凄いと思う。


 しかし、そんなこと隣の恋人には関係がない。

 わたしは冷や汗をかきつつ、言い訳を考え始めた。



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