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観賞対象から告白されました。  作者: 蜃
前日談 「細見の結末」
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侯爵子息、始める。



 招待状を送ってすぐ、先々代のカスタルディ侯爵が建てたという狩猟用の屋敷、サモンリーヴァ館へ向かった。そこはカスタルディ家が所有する場所の中では最も南に位置し、寒さもやや控えめだ。


 周囲を豊かな自然に囲まれた館は、赤いレンガを積み上げて造られている。その館は森の中に忽然と現れるため、別名が魔女の館だ。

 本邸よりは小ぢんまりしているものの、部屋数も多く、当時の侯爵家がどれほどの権力と財力を有していたのかが良くわかる。


 ブルーノたちは、私たちが到着した翌日にやってきた。

 思ったより早い到着に、私はひそかに喜んだ。彼らに事の次第を告げて協力を頼むと、まずタチアナが嬉々として頷いてくれた。


「確かに、絶好の機会ね。主人ホストとしてもてなさなければならないという格好の材料もあることだし、まずは踊りを申し込んでみるといいんじゃないかしら」

「なるほど、それで、女性というのは他にどんなことをすれば喜ぶんだい?」


 そう尋ねると、タチアナはじっと自分の夫を眺めて、ちょっと頬を染めながら「ええと」と前置いてから、色々と教えてくれた。

 私は逐一メモし、試せることは試してみようと心に刻んだ。


 その翌日から、ぱらぱらと客が集まりはじめた。距離の近いひとびとから順に来ている。パルマーラ家は少し離れているため、彼女たちが到着したのはそれから五日後のことだった。

 すでに客の数はほぼ呼んだ全員に達しており、舞踏会なども開かれている。

 母は嬉々として采配をふるい、招いた夫人たちとのおしゃべりに興じていた。私は狩猟などに参加しつつ、その時を待った。

 つまり、レディ・ロレーヌを伴って現れたパルマーラ男爵夫人とその娘、ドロテアが挨拶に来るのをだ。


 ほどなくして、彼女たちはやってきた。

 私はそつなく楽しんで言って欲しいと告げ、久しぶりにロレーヌ嬢を見た。半年くらいしか経っていないので、あまり変わっているはずはないのに、間近で見るとより美しいと思った。


 しかし、相変わらず地味すぎる格好は頂けないと感じた。


 その辺の石ころの方が今の彼女より遥かに洒落ているというのはいくらなんでもおかしいだろう。これも彼女の自分に対する自信のなさのあらわれかと思うと、何としてでも改善したいという欲求がわいてくる。


 それにしても、愛らしい顔立ちに輝かんばかりの髪を持ち、体型もすらりとしていて立ち姿も美しいというのに、なぜここまで執拗に飾りを排除したがるのか。

 どんな場合でも、決して誰の前にも出ようとせず、影に溶け込むように気配まで消してしまうのには、理由があるはずだ。


 知りたい。


 心からそう思った。私はタチアナから受けた指導をもとに、まずはこのパーティの期間中のダンス相手を務めて欲しいと頼むことにした。

 理由は、結婚相手を望む娘避け。

 最初からあからさまにしては逃げられると言われたからだ。


 本音を言えば、そんな回りくどいことは面倒極まりない。しかし、逃げられたら知ることも出来ないと思って、我慢することにした。

 私は彼女らと別れてすぐ、彼女たちに用意した部屋へ向かう。

 手にあるのは紙を折りたたんだだけの手紙。ここには、ある場所へ来て欲しいとだけ書いてある。警戒して来てくれなかったら別の方法を考えるまでだ。


 なにしろ、時間はたっぷりあるのだ。

 王都のときとは違い、気軽に声を掛ける理由もある。


 私は彼女たちの部屋へ紙を滑り込ませると、その場所へと向かった。



  ◆



 彼女を呼び出したのは、館の裏手にある菜園だ。今は常緑樹が緑の葉を茂らせているだけで、何もない。だが、木々に囲まれているので、密会にはうってつけの場所だった。

 タチアナに言われて初めて気づいたのだが、どうやら私はこのささやかなパーティに招かれた若い令嬢たちにとって最大の標的なのだという。

 つまり、ロレーヌ嬢と懇意にしているところを見られた場合、ロレーヌ嬢が彼女たちの反感を買うことになるかもしれないと教えてくれたのだ。


 そのため、まず人目につかない場所でなければ会ってもらえない可能性があると言われたのだ。そして、首尾よく彼女に条件を受け入れさせたら、出来るだけ側に置くことだといわれた。


 私はタチアナを相談相手にして心から良かったと思った。


 やがて、彼女はやってきた。

 その姿を見た瞬間、何となく脱力した。なぜなら彼女は灰色のストールを頭にかぶってきたのだ。そのせいで、その辺の岩に溶け込めそうになっている。

 さながら修道女みたいだなと思った。


 私はとにかく声を掛けた。


「レディ・ロレーヌ? 良かった、来て下さったのですね」

「あ! はい。あの、これ……」


 そう言って、先ほど置いてきた紙を広げて見せる。その紙を持つ手が白く、小さいのを見て、つかみたいという衝動に駆られた。

 しかし、ここはこらえなければならない。


「そうです。それは私が置いたものです、実は、貴女にお願いしたいことがありまして、わざわざお呼びたてしたのです」

「そ、そうでしたか。あの、それでお願いしたいこととは何なのでしょう?」


 真っすぐこちらを見つめる金色の瞳が、何度か瞬く。大きな目だ。澄んでいて、とても綺麗だなと思ってぼんやりと見とれてしまった。


「あの~、お話って一体何なんでしょうか?」

「あ、申し訳ない。少し今考えをまとめているので、待っていて欲しい」」

「……はあ」


 困惑したような、ちょっと困ったような顔で首を傾げる。それでも、彼女は私から視線を外さない。じっと見つめられ、妙に居心地が悪い。

 寒気に当てられ、なめらかな頬に赤みがさしている。顔に一筋かかった金色の房を目で追えば、唇に行きつく。

 ふっくらとした唇は、寒さのせいか少しだけ乾いていた。彼女は気づかず、それを舌で湿らせる。


 その瞬間、用意してきたセリフが吹き飛んだ。


 次いで浮かんだのは、その魅力的な容姿に対して彼女がしている冒涜に対する微かに苛立ちだった。

 なぜ、もう少し自分を大事にしてやらないのか。

 そのせいか、言い方が少し尊大になってしまった。


「今夜、どうか私とだけ踊っていただきたい!」


 すると、彼女はしどろもどろながらうろたえたような返事を返してきた。


「……あの、それは構いませんけど、またどうしてわたしなのですか。何だか納得がいきません。そもそもあんまり話したこともないですし、容姿は平平凡凡ですし、他にもたくさん綺麗なお花が咲いているのにどうしてまた……???」


 やはり、自信がないというのは本当だったらしい。自分も綺麗なお花のひとつだということが全くもっとわかっていない。仕方なく私は問うた。

 

「ええと、それは肯定と受け取っても?」

「ええ、断る理由が皆無ですから。ですけれど、やっぱり不思議です」

「不思議でも何でも良いのなら良かった! ありがとう、よろしくお願いしますよ」


 そう告げると、より頬の赤みが増していく。触れたいと思ったが、今はだめだ。


「う……はい」


 どことなく面倒そうな、仕方がないといった雰囲気が漂う。私は今こそ、条件を提示するべき時だと感じた。

 常に一緒にいるためには理由が必要だろう。

 どんなこじつけでもいい、とにかく側に置くための理由を並べなくては。今まで散々考えてきた言葉たちを言うのだ。


「では、早速私と対等に踊って頂けるようにレッスンを致しましょうか」

「え……?」


 少し顔を引きつらせた彼女を見て、私は慌てた。そのせいで、本音が勝手に舌から音となって滑り出て行ってしまった。


「私と踊るのですから、適当に踊られては困ります。私の品性が下がりかねませんからね。いや、良かったですよ。気位の高そうな令嬢たちではこのようなことは頼めませんからね。ぜひ、この集まりが終わるまでの間、私の相手役を務めて頂きたいと思います。

 ああ、謝礼もいたしますよ?

 何か宝石でもお送りしましょう、それともドレスが良いでしょうかね。まあ、それは好きに決めて頂いて結構ですよ。

 おや、何か変なお顔をされていらっしゃいますね。そうか、肝心なことを言い忘れていました。では、順を追ってご説明いたします。

 私は自分がご令嬢方に良い結婚相手として見られていることは知っています。ですが、正直まだそんな気にはなれないのですよ。そこで、彼女たちには今夜、私が貴女とだけ踊ることで、私の注意が貴女にだけ向いているように見せかけたいのです。

 こんなことを頼めるのは、あまり評判のよろしくない令嬢か未亡人の方が向いているとは思うのですが、何しろ、私は主人(ホスト)側の人間ですから、そうした方々とばかり懇意にしていたら色々と不味い訳です。こちらが招いているのに、そんな方ばかり相手にしていたらどう思われることか、すぐおわかりになるでしょう。

 ですが、貴女ならば影は薄いですし、目立ちませんし、地味ですし、従順そうですし、話も理解して下さりそうでしたし、出自にも何も問題はありません……と言う理由からお願いした訳です。

 あの、もしかしてお嫌でしたでしょうか?」


 笑顔で締めくくって、私は自分を絞殺したくなった。

 何と言う言い方だ。いくらあからさまにしては逃げられると言っても、言い過ぎだ。事務的にしようとした結果がこれだ。

 やはり、嘘はつくべきではないと痛感した。


 やがて、ゆるゆるとロレーヌ嬢の口が開く。


 断られる。


 覚悟した私の耳に飛び込んできたのは、意外な言葉だった。


「いえ、引き受けた以上は頑張りマス」


 その後で、妙に挑戦的な表情を向けてくる。その瞳が怒りに煌めくのを見て、綺麗だと思った。同時に、心から安堵していた。


 もうだめかと思ったが、彼女はやはりあのレディ・ロレーヌだった。金色の炎が揺らめく瞳を見ていると、自然と口元がほころぶ。

 とにかく、これで捕まえた。

 後はゆっくりと口説き落としていくだけだ。


 私は彼女の手をとって、静かに言った。


「ああ、ありがとうございます。面倒な役割を引き受けてくださった代わりに、貴女に楽しんで頂けるよう配慮しますので。

 それでは、よろしくお願いしますよ」

「……はい」


 控えめな返事。


 彼女は、自分が引き受けたのが何なのかを知らない。私の目的を知った時、一体どんな風に驚くのだろう。


 不安はいつでも胸に留まっている。


 私はちゃんと彼女に受けいれられるだろうか。

 向けられる視線からは、反感よりも好意を感じる。そこに、私は彼女に好かれていると自惚れても良いだろうか。


 どの道、計画は始まったのだ。


 後は、彼女と私の根比べだろう。少なくとも、私が諦めることはない。半年待ったのだ。もう少し待っても大して変わりはない。


 さあ、始めよう。



(了)



 これにてジェレミア編は終わりです。本編だけでなく、ここまで読んで下さった方、本当にありがとうございます。


 この話は、本編を書いている最中に何気なく浮かんだものでした。あちらは完全にロレーヌの話でしたから、本編では書けない。じゃあ番外編で書こうと思ってはじめたものです。

 もっとするすると書けるだろうと予想していたのですが、男性視点というのはこれでいいのかと悩んだり、その他不測の事態が色々とあり、更新が遅めとなってしまいました。


 それでも、ジェレミアを書くのは楽しかったです。また何か思いついたらこのふたりの今後を書いてみたいなと思っております。もし見かけたらお読み下されば幸いです。


 それでは。

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