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観賞対象から告白されました。  作者: 蜃
前日談 「細見の結末」
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侯爵子息、ますます悩む

 それから、私は町屋敷を出て、賭けごとを行う場所や、カードゲームを行う集まりに積極的に参加した。どこかに、バルクール男爵か、その子息のクラウディオがいないか探るためだ。


 他にも、どんな令嬢なのか知るために、使用人や商人に金を渡して彼女についての情報を集める。少しずつ、私の手元に彼女の情報が集まり、書斎でそれらを眺めながら、パズルを解き明かすように人物像を組み立てていく。

 当然、舞踏会や晩餐会にも参加しつづけた。

 母は喜んだが、レディ・ロレーヌがいない夜は退屈で仕方なかった。ブルーノやタチアナ、政治を語り合える仲間がいればましな夜となるが、それ以外の場合は、群がってくる綺麗な姿をした蝶ならぬ毒蛾から逃れるために、さっさと会場を去る。


 時にはバイアーノ男爵未亡人と顔を合わせることもあり、独身の娘たちに混ざって、色香を武器に若い資産家の男を手玉にとっているのを目撃することもあった。

 彼女がこちらに視線を送って寄こしているのには気づいていたが、相手にするのは時間の無駄なので、無視することに決めた。


 そうして、一週間が経過した。


 ある晴れた日の午前。私は書斎の書きもの机に散らばった紙を眺めて、嘆息した。それらは私自身が書いたり、使用人たちに探らせたロレーヌ嬢についての印象や、実際に彼女が行ってきた言動などなどだ。それら全ての共通項。頭痛の種はまさしくそれだった。

 もうおわかりのことと思う。


「地味、薄い、目立たないばかりだな、いっそ見事なくらいだ」


 もちろん、生きて喋って存在している以上、それ以外の項目もある。紙を手に取りながら私は、五人いたはずなのに四人しか見えなかった怪談や、着飾っているのを見られたら幸運もしくは運が悪い扱いされるなどという話が書かれている。

 とんだ珍獣扱いだなと私は思った。普通のレディなら、怒るか落ち込むかどちらかの反応を示すだろう。だが、彼女はあまり気にしている様子がないという。


「神経が太いのかおおらかなのか、むしろそう仕向けているのか。これでは判断しかねるな」


 次に手にした紙には、バルクール家の使用人に金を握らせて聞いた話が書かれていた。

 その紙を取り上げて、読んでみる。


「物語が好きで、王都に来ると本を買っています。言動は基本的に穏やかで、従順な性格。面倒事はあまり起こしたことがなく、使用人に当たり散らしたりもしません。

 また、ロレーヌ嬢は記憶持ちだそうです。ですが、特に何かに秀でていたり、記憶によって生活に支障が出るような事態にはなっていません。

 集まりは好きらしいですが、特定の男性に入れ込んではいないそうです。ただ、集まりから戻ってくると、ひとりで不気味に笑いながら日記に何か書きつけているそうで、中身が気になるが怖くて盗み見も出来ないのだそうです。……か」


 特に減点要素はない。日記の中身は確かに気になるが、誰にだって自分だけの世界は必要だろう。もしかしたら、普段静かなだけに、そういう方法で苛立ちを発散しているのかもしれない。


 私は嘆息して、持っていた紙をテーブルに投げると考えごとにふけった。


 この一週間、たったの二度しか彼女を見つけられなかった。しかも、二回ともに気がつけば見失ってしまい、凝視出来なかった。何より、向こうがこちらに気づかなかったのが一番腹が立つ。

 今夜の舞踏会ではその雪辱を果たしたい、と私は心から思った。



  ◆



 その日の夜。

 いつものように夜会服に身を包み、ひとりで貴族の邸宅へ向かう。母は連日の集まりで疲労したとかで、今日と明日はどこへも行かないという。華やかなことが好きなひとなので、王都でのこの季節はいつも精力的にあちこちのパーティに参加するのだが、流石に年だということか。


 そんな風に思いながら、馬車から見慣れた風景を見る。

 上流階級が多く暮らす通りは綺麗に整えられており、ぽつり、ぽつりと灯されている街灯には、小虫が集まっていた。

 それを見て思う。地位と財産を持つ人物に集まる人の群れのようだな、と。


 やがて会場へつく。すでに馬車がたくさん待機しており、色とりどりの夜会服に身を包んだ上流階級の人々のさざめきが聞こえてきた。

 すぐに馬車を下りると、暗がりから華やかな明るさへと一歩を踏み出す。


 ただよう女性の香水の香りと、飾られた花の香りが入り混じり、たばこと酒、食べものの匂いが充満している。いつものように顔見知りに挨拶をしてから、目的を果たそうと目を凝らす。

 舞踏室の中央では、楽隊が奏でる音楽に合わせて、男女が楽しく踊っていた。

 それに興味はないのだが、何となく立ち止まって見ていると、そこに、彼女がいた。


 見知らぬ若い男性と踊っており、いつもの地味さが少しだけ消え、闊達さがうかがえる。表情も生き生きしていて楽しそうだった。それを目にした私の中に、苛立ちが生まれた。

 彼女に苛立つ理由など、今のところはないはずだ。

 だが、もしあの若い男がすでに彼女に求婚していたらどうする。


 まさか、あの地味な中に隠された魅力に気づける男がそうそういる訳がない。

 しかし、一度浮かんだ疑念はなかなか晴れない。誰かに聞くのもはばかられ、私はまんじりともせず、ただ彼女を見つめるばかりだった。

 しばらくすると、踊り疲れたのか、レディ・ロレーヌはこちら側に戻ってくる。彼も一緒で、戻った先を見れば、似たような髪色の者たちが近くにいるのがわかった。


 母親と、兄のクラウディオだ。

 私は、そこへ行って彼女に踊りを申しこむべきか迷った。だが、いきなり近づくのもおかしいだろう。何より、接点が全くないのだ。

 すると、近くから驚いたような声がした。


「やあ、ジェレミアじゃないか。どうだい?」


 ブルーノとタチアナだった。相変わらずお似合いのふたりも、すでに彼女を見つけていたようで、そちらを見ている。


「それが、今夜は向こうが気づいてくれなくてね。いっそのこと、踊りを申しこみに行こうかと思ったくらいなんだが……あまりに唐突過ぎるかなと考えていたんだ」

「そうね。そもそも、話してもいないんだものね。でも、なぜ突然そんなことを思ったの? まずは情報を集めるとか言っていなかった?」

「そうなんだが、さっき若い男と踊っていたのを見て、先を越されたかと心配していたんだ」


 私が苛立ち混じりに言うと、ふたりは驚いたように顔を見合わせる。


「じゃあ結論は出たんだな、いつ申し込むんだ」

「いや、まだ結論は出ていない」

「そうなの? それにしては、ねぇ」


 タチアナが困惑したようにブルーノを見る。ブルーノもまた、同じように不思議な顔をしている。私はふたりがなぜそんな風に戸惑っているのかわからず、訊ねた。


「何が言いたいんだ? はっきり言ってくれ、私が一体どうしたというんだ」

「え~と、うん。そうだな、はっきり言っていいのなら……君は、彼女に恋してるんじゃないか?」


 一瞬、何を言われたのかわからなかった。

 いつものおどけた調子で言われていたなら、すぐにわかったはずだ。だが、ブルーノの表情は真剣そのものだった。そのせいか、理解が遅れ、脳内におかしな言葉が浮かぶ。


 濃い? 鯉? それとも故意か。いや、それだと文脈的におかしい。確かに、彼女には結婚相手として相応しくない点は何一つなかった。性質も、私が求めていたものと合致する。

 だが、それだけだ。だったはずだ。


「いや、そんな訳がない。大体、話したことすらない相手だぞ?」

「そうね。でも、わたしたちには貴方が嫉妬しているように見えたのよ」


 タチアナが放り投げてきた言葉に、私は思わず絶句して、内心叫んだ。



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