観賞対象から告白されました。
「まだわからないのか、私はずっとそう言っているじゃないか」
突然の告白に、わたしは目を丸くした。到底信じられない。だから、震える唇でつぶやく。
「だ、だって……貴方はタチアナが好きだとばかり」
「何だって! どこでそんな勘違いをしたんだ」
「最初に、ダンスのレッスンをした日に……貴方はタチアナを見ていたから」
混乱した頭で何とか言うと、ジェレミアは一瞬呆気にとられたような顔をして、楽しそうに笑いだす。彼がなぜおかしいのかわからないわたしは、置いてけぼりを食らったように感じ、苛立ちを感じた。
「原因はそれか。実は、彼女とブルーノには私の気持ちを話してあるんだ。それとなく協力してくれるように頼んでね。彼女を見ていた理由はそれだよ。
だが会わせてみれば、タチアナはかなり君が気に入ったらしいね。彼女はいい友人だが、あくまでもブルーノの妻だ、私が妻にしたいのは君だけだよ」
「そ、それじゃあ……」
言ってもいいのだろうか――貴方が好きだと、愛していると。わたしの眼差しに浮かんだ思いをすくいとるように、彼は言った。
「ああ、私は君を愛している」
ちゃんと聞こえた。空耳ではない、ちゃんと聞こえた!
彼の目をじっと見る。その口が「冗談だ」と言わないか心配だった。しかし、彼は黙っている。ふざけている様子もない。わたしは確信した。
嘘ではないのだ。
その事実に、目頭が熱くなる。彼は口もとを押さえたわたしに向け、さらに言葉を重ねる。
「例え、君の方が私に対して、友情しか持てなくても構わない。いずれ、好きになってくれればいい。でも、他の男に渡すのだけは嫌だったんだ……こんな風になし崩しに婚約させたことは申し訳なかったと思っているが、後悔はしていないよ」
握られていた手が離され、今度は強く抱きしめられた。わたしは、呆然としながら、抱きしめられる直前に彼が見せた切なそうな顔を思い返し、言わなければと思った。
ずっと気づかない振りをしてきた感情を、ちゃんと伝えなければ。何より、今言わなければ後悔すると思った。
「わたし、わたし、は……ずっと、自分は貴方にふさわしくないと思っていました。だから、見るだけでいい、それで満足だと言い聞かせていた。でも、やっぱり、無理だった」
「ロレーヌ?」
「わたしも、貴方が好きです。愛してます……」
告げて、ぎゅっと彼にしがみつく。
嬉しさで頭がどうにかなりそうだ。それでもいいと思えるまでに、幸せだった。
「それは……本当か?」
ジェレミアの声は震えていた。わたしは、彼の腕の中で何度もうなずく。すると、より強く抱きしめられた。彼は耳元で、感極まったような声を出した。
「何てことだ、それなら、こんなことをしなくても良かったんじゃないか」
「いいえ、貴方が色々なことに気づかせてくれなければ、わたしはきっと受けいれなかった。だから、無駄じゃありません」
「ああ! そうか……嬉しいよ。今日は最高だ!」
わたしが言えば、ジェレミアは高らかに笑いだした。わたしも釣られて笑った。だが、何となく気になることがあった。
「あの、どこまでが計画だったんですか? もしかして、カルデラーラ卿やあのご令嬢は」
「いや、彼らのことは知らない。あの事件は、私にとっても予想外だったんだ。
私はただ、君がここにいる間に何としてでも婚約者にさせることだった。まずは恋人役を頼んで、それからゆっくりと口説き落としていく予定だっただけだよ。
うまくいかなかった場合でも、夜をふたりだけで過ごすように仕向けて、醜聞を恐れさせて婚約に持ち込もうと考えていたくらいだ」
語られた内容に、わたしは驚いた。
一歩間違えればとんでもないことだ。だが、そこまでしてわたしを自分の妻にしようとしてくれたのだと思えば、これ以上喜ぶべきことはない。
それでも、あの事件がきっかけになったことは確かだった。エミーリオに触れられたあの時、ようやく自分の恋心に確信を抱いたのだ。それまでは、この苦しい感情を、ただの憧れだと片づけてしまっていたのだから。
「利用出来るものはどんなものでも使うつもりだった。だから、自分の地位も利用したんだ……責任をとって結婚するとまで言われたら、優しい君は断れないだろう?
何より、結婚相手を探している君にとって、私は理想的な候補だったはずだ。望みが叶うなら、例え心に別の男がいたとしても、私を選ぶと考えたのさ」
「そんな男性なんていなかったのに……わたしは、自分でも気付かなかったときからずっと、貴方が好きでしたから」
はっきり言うと、ジェレミアは体を離し、わたしの頬を両手で包むと問うてきた。
「それなら、このまま私と結婚してくれるんだね?」
「はい」
「私だけを男として見て欲しい。男性の友人を持つなとは言わないが、そんなことをされたら相手を殺して、君をどこかへ幽閉してしまいそうだ」
彼のセリフに、わたしは思わず笑ってしまった。
「ありえませんよ、そんなこと。わたしが一生眺めていたいのは、この顔だけです。今だけでなく、年老いた顔も、嬉しい顔も、怒った顔や悲しい顔、少し意地悪な顔も、全部見たい……」
そう言うと、ジェレミアは心底嬉しそうに微笑んだ。
すると、顔がもっと近づいてくる。
「それなら、もっと近くで見るといい。私も、君をもっと近くで感じたい……」
吐息が口元にかかっても、わたしは逃げず、むしろ自分から顔を近づけた。やがて、静かに唇が重なる。やわらかな感触に目を閉じれば、優しく抱き寄せられた。
最初はただ触れるだけの口づけ。
けれどそれは、次第に熱を帯び、深さを増していく。
うっすらと目を開ければ、愛しくてたまらない、誰よりも綺麗だと思う顔がある。これから先、飽くことなく眺め続けることだろう。たまらなく幸せだった。彼と生きていける喜びに満たされて、わたしは思った。
観賞対象と見る以外に、接点など持ちえないだろうと思っていた彼に告白されたこの夜のことは、決して忘れないだろう、と……。
【了】
この作品をお読み下さった皆さまへ、まずはありがとうございます。
このお話はとにかくとことんコメディーしているお話が書きたくなり、我慢できずに見切り発車で開始してしまったものです。
何とか終わらせられてほっとしております。
とにかく好きなように楽しんで書くと決めて開始した話ですので、書くのはとても楽しかったです。お読み下さった方も楽しんで頂けたなら嬉しいです。
次にちょっとしたお詫びを。
この作品は書くことを優先したので、投稿後の推敲はあえてしておりません。そのため、各所に誤字脱字、前後のつながりがおかしなところがあったと思われます。申し訳ありません。これから暇を見て直したいと思います。
また、色々とゆるい作品であるため、設定をあまり作りこんでいません。この作品世界の下敷きとなっているのは十九世紀のヨーロッパですが、細かいところは結構いい加減です。変だったり違和感があったりされるところがあるかもしれませんが、どうかご容赦下さい。
最後に、何やらとんでもない桁のポイントを頂けて驚愕しております。お気に入り登録も目を疑うほど頂けて、とてもとても励みになりました。本当にありがとうございます。
本編は終わりましたが、何か話を思いついた場合、前日談、後日談、スピンオフなどを投稿する可能性もありますので、もしそちらも気が向きましたらご一読下されば幸いです。
それでは。