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いざダンスホールへ

 食事をしながら、わたしは少し疑問に思っていたことを訊ねた。


「そうだ、どうして部屋に駆けつけて来た時にカルデラーラ卿と一緒だったんですか?」

「ああ、その事か。実は昨日、ようやく探偵が彼の弟の存在をつかんだんだ。様々な人の話だと、放蕩していたのは弟の方で、兄のアウレリオではないそうだ。良く似ているから間違えやすいが、発言の食い違いから気がついた者が多いようだ。

 なぜそんな弟を放っておくのか、レディ・ドロテアのことはどうするつもりなのかと訊ねたら、やはり自分が爵位を継いだせいで、弟を危険な軍務に追いやった負い目だと言われたよ。

 レディ・ドロテアのことは本気だそうだ。それから、君たちにこのことを伝えに行こうとしたんだが、凄まじい悲鳴が聞こえて、あの時は心臓が止まるかと思ったよ」


 ナイフとフォークで肉を切り分けながらジェレミアは説明してくれた。わたしはなるほど、とうなずいた。同時に、安堵もした。


「カルデラーラ卿が放蕩貴族じゃなくて本当に良かったです。これでドロテアも幸せになれるわ、それに、おばも喜ぶでしょう。合同で結婚式を挙げるんだとか息巻いていましたから」

「ほう、合同結婚式か。悪くないな、だが、私は出来るだけ急いで式を挙げようと思っているから、彼らが賛同してくれなくてはだめだろうな」

「どうして急ぐんですか?」

「もう今回のようなことはごめんだからさ」


 それはそうだ、とわたしも思った。けれど、結婚したところでジェレミアは魅力的だ。決して、わたしを邪魔に思う者はいなくならないだろう。だが、結婚すれば法律の守りも得られる。彼が言いたいのはそのことなのだろうと思った。


 やがて、食事が終えると、簡単なダンスのレッスンをした。

 万が一にも失敗したくないと言うわたしの願いを快く聞き届けてくれたのだ。レッスンにはタチアナやグリマーニ卿やパオラ、見ているだけでこっちが熱に当てられそうなドロテアとカルデラーラ卿も呼んだ。互いに昨日のことを話しながらのレッスンと、ごく内輪だけのお茶会はとても楽しかった。


 その後も、ジェレミアはわたしの近くから離れずにいた。今日は領地の見回りや、他の仕事はないのかと問うたところ、大丈夫だと返ってきた。今日は侯爵夫妻も舞踏会の準備で忙しいからだという。


 わたしはまだ彼に本音を告げていない。

 これは良い機会だと思って、それとなく話を切りだそうと試みたのだが、どうしても怖さが先立ち、結局言えないまま時が過ぎてしまった。わたしは後悔しつつ、舞踏会の後には絶対に言おうと誓った。


 午後になると、楽隊も到着して、使用人たちが忙しくなる。

 わたしも部屋に引き取り、目を輝かせたドーラに捕まると、いよいよ準備が始まった。


 本音を言えば、今でもまだ彼の隣に自分が立って良いのだろうかという不安があった。鏡の中の自分を見て、納得したはずなのにだ。

 大人しくドレスに着替えて髪を結われながら、わたしは押しつぶされそうな気分だった。


 やがて全ての支度が整うと、あの首飾りをつける。

 パオラの言った通り、その宝石はドレスに良くあった。ふいに、ジェレミアが馬車でこれをつけてくれたことを思い出すと、この首飾りが特別なものに思えてくる。

 全てが整うと、鏡を見たドーラが言った。


「完璧ですね」

「そうね、これで貴女がジェレミア様の隣にふさわしいってこと、馬鹿なことした令嬢たちに見せつけてやりましょうね」

「う、うん」


 ドロテアの力強い励まし?に、わたしはうなずいた。ドーラが「お支度が整いました」と外へ声をかける。すると、扉が開いて、すでに夜会服に着替えていたジェレミアとカルデラーラ卿が現れた。どうやらふたりは意気投合したのか、外からは楽しげな話し声が聞こえてきていた。

 カルデラーラ卿は、まずドロテアを見た。


「綺麗だよ、普段の君も素晴らしいけどね。それに、レディ・ロレーヌ……これは、ジェレミアが必死になる訳だよ。とても美しい」

「あ、ありがとうございます」


 恐縮していると、ジェレミアが腕を差し出して来た。

 鼓動が速くなる。いよいよなのだ……そう思うと自然と足がすくむ。が、そんなわたしの心境などお見通しだとでも言いたげに、ジェレミアは言った。


「さあ、行こうか。君が私の隣にふさわしくないなどという輩に見せつけてやろう」

「は、はい」


 本当にそんなことが可能なのだろうか。わたしは不安に思いながらも、彼の腕に手をかけた。そのままエスコートされて廊下へ出ると、以前踊ったホールへと向かう。後ろからドロテアとグリマーニ卿も来た。他にも、準備の出来た人々が最後の滞在を惜しみながらホールへ向かう。


 すると、わたしを見た人たちは、驚いたり、気遣わしげな顔を向けてきた。気遣わしげ顔をしているのは、あの夜の騒動を知っている人だろう。わたしは彼らに会釈を返しながら、足を動かす。

 緊張で気持ち悪くなってきた。


 わたしは、ホールに行けば母と兄がいるから、彼らに会いに行くだけだと言い聞かせて自分をなだめた。隣を行くジェレミアは憎らしいほど堂々たる足取りだ。

 眉間にシワを寄せていると、途中で立ち話をしていたおばとパオラに会う。


「あら、今日の主役がやっと来たわ。それに、話は聞いているわよ……ろくでもないことをした令嬢の名前もね。でも、貴女を見たら自分がどれほど愚かかわかるわ。顔を見たけど、そこそこ可愛いだけよ。何より、中身は側溝のどぶより劣っていて腐りきっているもの。

 あんなんじゃ悪魔だって魂食べないわ」


 パオラは会うなりそう言うと、羽扇の後ろから「ふふふ」と含み笑いをもらす。


「そうですよ! ロレーヌ。あら、カルデラーラ卿、丁度良かった。今日は主人も来ているんですのよ、わたしたちを迎えに来たついでに、一泊させて頂く予定なの。どうか会って下さいね」

「え、パルマーラ男爵がですか……は、はい」


 それまでドロテアに甘い言葉をささやき、こちらまで砂糖を飲んだような気分にさせていたアウレリオは、それまでのくつろいだ空気を一変させて顔を引きつらせた。若干緊張もしているようだ。


 カスタルディ家に招いた貴族や名士たちは、今日まで滞在し、明日帰る予定の者が多い。中には、パルマーラ男爵のように、迎えに来て泊って行く者もいた。舞踏会だけに参加する客の中には、近くの町に宿をとって参加する場合もあった。


 わたしはアウレリオを見ながら、おばさん、とんでもない不意打ちをするなあ、と思った。すると、何やらじれた様子のジェレミアが言った。


「それじゃあそろそろ行こうか」

「そうね。ロレーヌを見てどんな反応するかが楽しみだわ」


 パオラはそう言って、わたしの後ろに立った。六人は連れだってホールへ向かう。やがて、開かれた扉の向こうから軽やかなダンス音楽が聞こえてくると、わたしはごくりとつばを飲み込んだ。


 

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