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心臓の薬が切実に欲しいです


「それで、君はどうしてそんなことをそのご令嬢に言ったんだ?」


 それまで黙って視線でこちらを突き刺そうとでもしていたようなジェレミアが聞いてきた。

 わたしは「そうですね」とつぶやいて少し沈黙する。


 彼女はわたしの友人のひとりで、辛そうだったから何とかして慰めたかったというのは、もうすでに彼も知っているはずだ。

 だから、問われているのはどうしてそういう方向性で慰めたのか、ということだろう。


 これをどう説明したら良いものか。


 前世でアイドル好きでした、と言うのも変だし、「アイドル」なる存在がどのようなものなのか理解して貰うのは大変そうだ。なぜなら、わたしにはわかりやすく説明する技術(スキル)がない。

 何より、前世が~云々などと言い出したら頭がおかしな奴認定をされかねないではないか。

 ならば――。


「綺麗なものを好きであることは自由だと思ったから、ですね。

 ほら、わたしの容姿はこんな感じだし、世の中には自分の力ではどうにもならないことってあるでしょう。だけど、夢を見ることだけは自由じゃないですか。

 その世界に浸ることで、どうにもならない現実を一瞬でも忘れて、心を癒して、それからまた現実に立ち向かうんです。自分にはないからといって、何もかも諦めなきゃならない世界なんて、残酷なだけで、辛すぎるじゃありませんか」


 かつて思っていたことをそのまま素直に言葉にした。

 すると、ジェレミアは納得したようにほほ笑んだ。まさに氷の薔薇が開いた瞬間だった。


 その瞬間、わたしの心臓はただならぬダメージを受けた。これが漫画とかなら吐血ものだ。いや、鼻血ものだ。もしかしたら泡を吹いて倒れているかもしれない。


「なるほど、それは確かにその通りだな」


 つぶやいて、目を細めてお茶を飲むジェレミアから、わたしは視線を反らした。


「まあ、何て素晴らしいお考えなのでしょう。今の言葉、応援する会の理念として掲げましょう。夢を見るのは自由! 綺麗なものを愛することは素晴らしいことなのよ」


 歌うように言うタチアナに、わたしは陸にあげられた魚のごとく口をぱくつかせる。

 いや、ヤメテ下さい、何その羞恥プレイ、と言いたかったのだが、グリマーニ卿が同意し、なぜかジェレミアまで賛同したので、言いそびれたわたしは縮こまるしかなかった。


 それにしても、わたしが言った言葉がそこまでの何かを産んでいたなどとは思っても見なかった。


 ここに連れて来てくれたおばといとこに感謝しなくてはなるまい。

 でなければ、そんな事態になっていたなんて知ることは出来なかったろうし、何より、自分の言葉で結ばれた人たちがいたことも分からずじまいだったと思うからだ。

 

 元々、この館へ招かれていた者はごく少数だった。

 貴族たちは暖かくなると王都へ向かい、国王陛下への謁見を済ませる。それから、社交の季節が幕を開ける訳なのだが、今はまだその時には遠い。

 貴族たち、特に女性たちは果てしなく暇を持て余していた。


 この世界にはクリスマスは存在しない。


 そのため、冬の間貴族の女性たちは領地に押し込められて退屈の極みを味わっているのだ。そんな訳で、もう我慢しきれなくなったカスタルディ侯爵夫人が親しい人を呼び集めて、連日何かしらの催しを開くことを決めたのである。


 おばは彼女とは親戚にあたるため、招待された。その娘であるわたしのいとこも一緒に行くことが決まり、母がついでに娘も連れて行って欲しいと頼んだのだ。

 そのため、この館にはそれほどたくさんの人がいる訳ではない。

 そうでなければ、こうしてタチアナやグリマーニ卿と知り合うことも出来なかっただろう。


 何しろ、普段のわたしは壁の花の中の壁の花なのだ。ベテランといっても差し支えないくらい、壁に同化出来る。それはまさに忍者のようだ。別に何か修行した訳じゃないが、出来るんだから仕方がない。

 顔見知りですら、うっかり見落とすレベルなのである。

 忍んでないのに忍んでしまうのだ。


 こんな風に、煌びやかな方々の間に埋もれてお茶なんか出来なかったに違いない。


「やはり、貴女と知り合えて良かったわ。ねえ、この館にいる間だけでなく、王都でもお会いしましょうね。そして一緒に応援する会を応援するの。

 まだこの幸福を知らない乙女たちに、教えてあげるのよ、ね?」


 お願いするように上目づかいで言われたわたしの心臓は爆散寸前だった。

 誰か、心の臓に効く薬を下さい。


「も、もちろんです。わたしなどでお役に立てるなら。それに、こうしてお二人と知り合えてとても嬉しかったです。ジェレミア様、引き合わせて下さってありがとうございます」


「……っ、そ、そうか。良かったよ」


 彼はちょっと口ごもり、照れたような顔をした。美形が照れるとこんなに可愛いものはない。胸の高鳴りを感じながら、わたしはふと、どうしてジェレミアは先ほどから時々挙動不審なのだろうか、と思った。しかも、何だか切なそうな顔をしている。


 その理由がわからない。しかし、わたしはもしやと思った。視線を素早く巡らせて、グリマーニ卿と言葉を交わすタチアナを見る。

 もしや、彼は彼女のことが好きだったのだろうか。なのに、彼女は憧れのグリマーニ卿と結ばれた。だからさっきからそんなに切ない顔をしているのでは、と思った。


 彼ほどの美麗な顔と権力、財力、その他色々持っていても、やはり恋愛はうまくいかないのだろう。こればかりは仕方が無い。人の心は自由にならないのだ。時に、自分でさえ自分をコントロール出来ないのだから。


 わたしは勝手に決め付けて、何かを語っているタチアナの声に意識を戻した。


「いいえ、もうこの館にいる間から始めてしまいましょう。応援する会を応援する会……きっとここに招かれている方の中にも、辛い恋に悩む乙女がいるでしょうし、ね」

「ああ、それは困るな」


 滔々と語っていたタチアナの言葉に水を差したのはジェレミアだった。


「彼女にはここに滞在中は私の恋人役を頼んだんだ。それだけでも結構大変だろうから、それ以上の負担はかけないで欲しいな」


 彼のセリフに私はいきなり頭の天辺から冷水をぶっかけられた気がした。夢見心地がいっぺんに吹き飛んだ。そういえばそうだった。


「……ふふ、恋人役ね」


 すると、グリマーニ卿が含みを持たせた笑みをジェレミアに向けた。わたしが固まる側で、タチアナも似たような笑みを浮かべている。それに気づいたジェレミアは、一気に不機嫌そうな顔に戻った。

 彼はお茶を急いで飲み干すと、カップを皿に戻し、立ち上がる。


「そうだ、という訳で、これから晩餐までの間、他の奴らに見せつけてくる。そうすればダンスを大量に申しこまれることもないだろうしね」


 そう言うと、ジェレミアが意味ありげにわたしを見た。

 一緒に来いということだ。わたしは仕方なく立ち上がる。すると、ジェレミアはわたしの手を取り、自然な仕草で腕に絡めさせると、言った。


「それでは、夫婦水入らずを邪魔してすまなかったね。晩餐で会おう」

「ああ」


 こうして、わたしはジェレミアに再び庭園に引きずられるように連れられて行くことになった。



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