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心臓に悪い朝

 翌朝、霞かがった頭で目を覚ましたわたしは、横にある温かな何かに違和感を覚えて身じろぎした。なんだろう、猫でもいるのだろうかと思って、呻きながら目をこすり、良く良く確認しようとした。

 その結果、絶句した。


 な、なぜに朝からいきなり美麗顔があるんだろうか。

 しかも、まだ目ざめていない。整えていない髪が顔にかかり、さらに視線を移動させると、上半身がむき出しであることに気づく。


「……? ……! ……っ!」


 わたしは声もなく驚き、衝撃で呼吸困難になりつつ、寝台から出ようと試みた。しかし、何かが引っかかって出られない。おかしいな、なんでだ、早くここから出て状況の確認を、などと思いながら理由を探れば、背中に腕がまわされている。

 しかも、密着すれすれの位置だ。ちなみに脚はくっついているらしい感触がある。あまりの衝撃に、わたしの脳みそは沸騰しそうだ。


 ほぼ停止しかけた頭で、昨日のことを思い返せば、確か心配だから近くで休めとジェレミアにここへ連れて来られたのは覚えている。泣いたことと、疲れがたまっていたせいか、横になるとあっさり眠ってしまったらしい。

 そういえば、ジェレミアはどこで眠るのだろうと思った気がしないでもない。


 だがまさか、同じところに横になっていようとは。いや、確かにここは彼の寝台だ。だからどう使おうが自由だ。それに、余計な心配をかけて占領しちゃったわたしが言えた義理ではない気もする。

 でも、これはない。まだ結婚前なのに……!

 などと怒涛の勢いであらゆる箇所に突っ込んでいると、わたしを抱え込んでいたジェレミアが目を覚ました。上目づかいに見れば、とろんとした視線とぶつかる。


「お、おはようございます」


 若干引きつり気味にわたしは言った。すると、嬉しそうな笑顔が返ってくる。


「ああ……おはよう、良く眠れたか?」

「はい……ぐっすりと。その、もう起きたいので離してくれませんか?」

「嫌だ。この方が気持良い、もう少し」


 彼は口の中でもぐもぐと言うと、再び目を閉じて寝息を立て始めてしまう。このまま放置されてはたまらない。わたしは困りながら言った。


「えっ! ちょっ、お願い寝ないで下さい、ジェレミア様? ジェレミア様~!」

「……様はつけないでくれ。私たちは結婚するんだぞ?」

「で、でも……」

「そう呼ばなければ離さない」


 そう言われては呼ぶしかない。何としてでも離して欲しいのだ。このままでは心臓が持たない。


「じ、ジェレミア……は、離して下さい」

「嫌だ」


 何でえぇ~~~?


 その後もしばらく似たような問答がつづき、ようやく使用人が起こしに来た頃には、わたしはほぼ抜けがらと化していた。



  ◆



「あんまり詳しく聞くのは失礼だと思うんですけど、どうでした? 男性と初めて同じベッドで過ごした感想は」 


 よれよれしながら着替えていたわたしに問うてきたのはドーラだった。ちなみに、まだジェレミアの寝室だ。彼は先に出て着替え、この寝室と続き部屋になっている居間でわたしを待っている。

 ジェレミアは口もとをひくつかせながら起こしに来た執事に、ドーラを呼ぶようにいいつけ、今日はここで朝食をとるようにと命令してきた。

 別に否はないので、大人しく従う。それに、あの後でいきなり大勢がいるかもしれない席に顔を出すのは正直嫌だった。きっとジェレミアは気を使ってくれたのだろう。


「どうも何も、相手がジェレミア様、じゃなくてジェレミアだから心臓に悪いし……これが続くとしたら早く慣れないと大変かも」


 わたしはぼやくように言った。寝台の中で、何度も呼び間違えたことを思い返すと頭痛がしそうだ。とは言っても、長いこと様をつけて呼んできた崇拝、及び観賞対象様を呼び捨てにするにはしばらくかかりそうだった。


「そうでしょうねえ~、まあ、最初ですから優しくして下さったんですよ」

「何か勘違いしてない、ドーラ」

「いえいえ、深くは聞きませんよ」


 にやにやしつつ答えながら、ドーラはてきぱきとわたしの着つけを済ませて行く。相変わらず手際がいい。どれだけ助けられた事かと今さらながら思った。


「はい、終わりました。今日は楽しみですね、好きなように結わせて飾らせて頂きますからね、覚悟しておいて下さいよ」

「うう、わかってるわよ」


 また大勢の目にさらされるのかと思うと気分が悪い。大体、たった二、三人に注目されるだけでそわそわしてくるというのに。本当に大丈夫だろうかと思いながら居間へ向かう。

 ドーラはドロテアのこともあるからと、まだにやにやしながら退室していった。


 そのため、居間に向かうのはわたしのみだ。一歩、足を踏み入れると、そこでは日射しを浴びて、のんびりと本を読むジェレミアの姿があった。

 注ぐ日差しは彼の艶やかな黒髪を輝かせ、物憂げな表情が整った顔に浮かぶさまは、本当に心から綺麗だと称賛出来るものだった。


 ぼうっと見惚れていると、彼がこちらに気づいた。


「ああ、来たか。じゃあ食事にしようか……もう運ばせてあるから、君は確か卵が好きだったな」

「何でご存知なんです?」

「食事の席で君が一番食べ残さなかったものが卵だからかな」


 だから、なぜそれを知っているのだろうか。答えは単純。眺めていたんだろう……わたしだとて、ガン見し続けた結果彼の好物と嫌いなものは知っている。

 好きなひとのことは何でも知りたい、という欲求もあったと今では確信しているが、そのときはこの感情がそうだとは知らなかった。


 わたしは白い石の丸テーブルに並べられた食べものをざっと見た。

 赤みを残して薄く切った冷肉。添えられたソースは、辛みの効いたペースト状の物。こんもりと盛られたあまりふんわりしていないパン。色とりどりの野菜の酢漬けと、飲みものが並んでいる。

 他には、ゆでた卵や、豆と穀物のスープもある。


「ふたりだけなのに、何だか多いですね」

「どうやら使用人たちが勘違いしてお祝いを込めてくれたらしい。ほら、焼き菓子もある」


 彼の示した場所を見れば、確かに可愛らしいナッツのケーキがあった。この時期貴重な南部産の果物がのせられているので、本当にお祝いらしい。

 まだ何もしてないのに……。

 それに、このまま結婚するかどうかもわからないのだ。彼が、もし結婚に恋愛感情を持ちこみたくないと考えているとしたら、婚約は破棄される可能性もあるのだから。


 わたしは嘆息しつつ席に着くと、言った。


「折角ですからいただきましょう、まあ、実際には何もありませんでしたけど」

「昨日は大変だったな、大丈夫か?」

「はい。お陰で良く眠れましたし、平気です……と言っても、舞踏会で大勢の目にさらされることを思うと気が滅入りますけど」

「はは、それも慣れだ」


 彼は言って、食事を始めた。つづいてわたしも果実水を手にする。それからしばらくの間、他愛もないことを話しながら食事をした。



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