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高周波が二連発


「……うう」


 腹部の痛みと足の冷たさに揺り起こされ、わたしはうっすら目を開けた。体の下は柔らかく、寝台かどこかに横にされていることがわかった。何度か瞬きを繰り返し、鈍く痛む頭で現状を理解しようとする。しかし、頭が回転し始める前に、優しげな声がかけられた。


「もう起きたの? まあ、僕としては助かるけど」


 その声を聞いて、一気に状況を理解する。わたしは自分の足もとに腰かけた青年を睨んだ。わたしはソファに横たえられており、体の上には彼のものらしき外套が掛けられているが、手は前でまとめて縛られていた。ただ、足は縛られていない。


「そんなに睨まないで欲しいな」

「睨むな? 無理な話よ、殴って気絶させてこんなところへ連れて来た男に笑い掛けろとでも言う訳。だとしたら貴方頭がおかしいのよ」


 いつもの令嬢喋りはかなぐり捨てて、きつい調子で言った。部屋は暗く、外から差し込む月光だけが頼りだ。その月光に照らされた室内をじっと見ていると、すぐ近くにもう一人横たわっているのに気づく。

 ドロテアだった。


「わたしたちをこんな所へ連れ込んで、何をする気?」

「何を……ね」


 どこか面白そうな笑い声があがり、彼はわたしに顔を近づけると、淡々と質問に答えた。


「予想はついてるんじゃないかな? 最も、俺が用のあるのはどちらかというと君の方だ。そっちの彼女には特に用はないが、邪魔だったから同じように気絶させて連れてきた。まだ起きないが、どうやら俺の正体についても気づいたみたいだったから、言いふらされる前に頼まれたことを済ませなければならないと思ってね」

「頼まれたこと?」

「そう。君を傷物にして欲しいと頼まれた……この屋敷の息子にご執心な方々は、君のことが気に入らない、出来れば排除したいと思っているのさ」


 彼の言葉に、わたしは目を見開いた。

 直接何か言われた訳じゃないけれど、やはり恨みを買っていたらしい。この時になって、ジェレミアがわたしの側を離れなかったのは、こういう事態を恐れていたからかもしれないと思った。


「それに……」


 どこか熱を帯びた吐息が顔にかかり、わたしは恐怖に凍りつく。

 つ、と頬を撫でる手の感触が気持ち悪い。その手は頬をすべり、束ねられていないまま散ったわたしの髪をすくいあげて持ち上げて、じっと見つめる。


「綺麗な髪だ……醜聞の的なんて最初は嫌だったけど、引き受けることに決めたのは、君が俺の好みだったからさ、何ならこのまま結婚しても構わないよ。まあ、今日は俺と一晩過ごしてくれさえすればいいんだ。彼女は後で帰すけど、君には俺と同じ寝台で朝を迎えて貰う。それを件の令嬢が見るというシナリオだ。これがうわさになって広まれば、ジェレミア卿も君に幻滅するだろう」

「……結婚?」


 わたしは呟いて、茫然と彼を見た。どうやら何かする気はないようで安心したが、次いで襲ってきたのは、ジェレミアにどう思われるかといったことだった。

 このまま名も知らぬ彼と一晩過ごせば、言葉通りジェレミアは怒り、落胆するはずだ。


 当然、婚約も白紙に戻る。こんな仕打ちをしたわたしが彼をまともに見ることは出来なくなるだろう。何だか泣きたくなってきた。生きていて一番の楽しみが、このままではなくなってしまうのだ。

 心は波立ち、怒りと悲しみがあふれてこぼれそうになる。

 しかし、そんなわたしの心境などおかまいなしに彼は言う。


「そう、結婚。君にはそれほど悪い話じゃない。俺には財産もある、容姿だって兄と同じなんだから、なかなかのものだと自負している」

「兄……」

「そう、アウレリオ・カルデラーラ子爵は俺の兄だ、双子のね」


 ほほ笑む彼の笑みはアウレリオと良く似ていた。


 ほぼジェレミアと差がないほど整った顔立ち、毅然とした、軍人ならではの魅力と色香が彼にはあった。そんな男が、なぜこんな行いをしているのだろうか。

 彼の表情にはやや屈折したものがある。優雅で穏やかな兄の笑みとは違っていた。ほぼ同じ時に生まれたのに、順番が違っただけで、貴族と将校の違いが生じたふたり。そこに、屈折した表情になった理由がひそんでいるのだろう。


 恐らく、彼も女性には不自由しない類のひとだ。

 そんな男に結婚の二文字をちらつかされれば、まあいいかと考える女性もいるだろう。しかし、わたしは違う。このままジェレミアを観賞出来なくなるなど、生きる意味がなくなるほどの事態だ。

 例え悪あがきであっても、このまま捕らわれているのはごめんだった。

 何とかしなければ。


 わたしは自分に落ちつけと言い聞かせた。


「そう、道理でドロテアを知らない訳ね」

「まあね、きつい顔の女性に突然ほほ笑み掛けられた時はぎょっとしたよ。またまとわりつかれるのかと思ったからね。君と彼女がいとこだとは信じられない」

「わたしはそう考えていないわ」


 挑むように彼を睨み、わたしは精いっぱい息を吸い込んだ。

 作戦とも言えない粗末な抵抗だが、まずはこれしかないだろう。


「それに、貴方が言うほど貴方を魅力的だとも思えないのよ……っキャーーーーーーーーーーっ! イヤーーーーーーーーーー! 変態ぃーーーーーーーーーー!」

「……な、くそ!」


 大きな手が伸びて来て、わたしの口をふさいだ。この部屋がどこだか知らないが、屋敷に滞在している人数はいつもより多いのだ。誰かの耳に入ってくれればいい。

 それに――。

 視線を横に移動すると、ドロテアが目を覚ました。

 彼女は驚いた顔で茫然とわたしと彼を見ると、高周波を上げ始めた。


「イヤーーーーーーーーーーっ! 助けてーーーーーーーーーーっ、ろ、ロレーヌがっ、ああ、何で縛られてるのよ、嫌ぁああ、誰か、誰かいないのっ! きゃあああ、こっち見ないでこの変態、犯罪者、極悪人、色情狂、女たらし、ごろつき、やくざ、どぶねずみ、ごき〇り、色魔、ろくでなしーーーーーーーーーーっ!」


「…………」


 やたらと豊富な語彙で、キンキンと耳に響く音を叫ぶドロテア。

 彼女は怖い目に合うと、決まってこんな風に叫ぶのだ。わたしは、顔をしかめて耳を押さえた彼を見て、その隙にソファから立ち上がると、股間めがけて蹴りを繰り出した。



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