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見えてきたこれから

「予想はしていたが、本当に綺麗だ、姉さんに頼んで良かったよ」

「ああ、何と言うか……本当に別人だね」


 わたしはジェレミアとグリマーニ卿の言葉に、信じられない気分になった。もちろん、褒められるのは嬉しいに違いないのだが、それが自分に向けられた言葉だと、どうしても受け入れがたいのだ。


「……あの、皆さん全員でわたしをからかっているんですか?」


 そう言ってようやく顔を上げると、至近距離にジェレミアがいた。恐らくそうだろうと思ってはいたが、注がれる視線に浮かぶのはまぎれもない称賛だ。


「そんな訳ないでしょう。貴女はラヴィーナの娘なのよ? 今までちゃんと見てこなかっただけです。さて、まだそのままでいてちょうだい。わたしはドロテアを呼んでくるから」


 おばはそう言うと席を立ち、部屋を出て行った。その後ろ姿を見送ると、ジェレミアが言った。


「レディ・パルマーラの言うとおりだ。私たちは君をからかってはいない……だけど、こうまで綺麗になられると困るな」

「えっ?」

「他の男の視線まで集めてしまうだろう? 

 気づいていたと思うが、その髪型に変えたことで、何人かの男は君が実は美しいことを知ってしまったようだ……まあ、彼らには悪いが、もう君に言い寄る機会は永久に失われている」


 それは確かにそうだ。すでに婚約済みのわたしに言い寄る意味はない。ふいに、ジェレミアがわたしの手を取って、踊るような動きを見せて他の面々に訊ねた。


「こうやって私と現れた彼女を見た時の客の反応が楽しみだと思わないか?」

「そうね、きっと驚くわよ。そして後悔するでしょう……悔しがる令嬢たちの顔が目に浮かぶようだわ。なんていい気分かしら。それだけじゃないわ、これから社交の季節を迎えれば、他の連中も驚くでしょうよ、未来のカスタルディ侯爵夫人を見て、崇拝する男も現れるはずよ」


 高笑いでもしそうな勢いで語ったパオラのセリフにわたしは戦慄した。

 今の今まで影にひそむように注目の的から全力で逃避してきたわたしが崇拝される……? 


 想像してごらん……たくさんの貴族や名士でひしめく会場を、風を切って颯爽と歩くわたしを。その周囲には洗練された紳士たちが集まり、隣にはジェレミアが嫣然とほほ笑んでいる様を。

 他の令嬢たちに羨ましがられ、踊りの相手には事欠かず、晩餐の席では機知に富んだ会話をする。そして、隣には愛情深げに佇むジェレミア。


 ないないないないないないないないないない。


 ありえない。


 と言うか、神経が持たない。そんな極太の神経があれば忍びの術を駆使して壁と同化するなんて不思議特技は必要なかった。そんな事態に陥ったら神経がぶつりと切れる。


 などと恐怖に慄いているわたしを置き去りに、タチアナが言う。


「そうね、もしかしたら応援する会が作られちゃうかもしれないわ。それくらい綺麗よ、いいえ、もうわたしが作っちゃおうかしら!」

「ああ、僕は反対しないよ」


 そこは反対して下さいグリマーニ卿、とわたしは内心思った。

 大体、わたしに応援する会(ファンクラブ)? もっとあり得ない、いや、もうここにいる皆さんに目の治療を是非おすすめしたい。

 などと思っていたら、朝に見た時よりは顔が回復したドロテアが現れた。

 ただし、まるで昭和の泥棒よろしく、顔を布で覆って目だけだした格好でだ。


 ドロテア……幾ら見られたくないと言ってもそれはないよ、と突っ込みしつつも、彼女はわたしを見るなり歓声を上げた。


「うそ! ロレーヌなの? 凄いじゃない……やっぱりレディ・バルクールの娘だわ。どうして今まであんなに地味な格好ばかりしていたのかわからないくらいよ」

「そ、そうかな? 信じられないんだけど」

「じゃあ鏡を見て! 自分の目なら信じられるでしょ? ね、ジェレミア様」

「そうだな。そんなに信じられないなら鏡を見るといい。変な細工は一切していないから」


 ドロテアとジェレミアは互いに頷き合うと、わたしを強制的に鏡の前に引き出した。わたしは困惑しつつも、そこに映った自分を見て絶句する。

 確かに何か違う人がいる。

 比較的襟ぐりの開いた深紅のドレスを身にまとった若い娘だ。愛らしく結われた髪は蜜色に輝いている。軽く施された化粧が、それまでぼんやりしていた目もとを引き締め、まさにご令嬢という言葉がふさわしい女性に仕立て上げていた。


 わたしは唖然とそれを見て、少しして振り返った。


「信じられたか?」


 とりあえず、首を縦に振る。

 すると、ジェレミアの手が伸びて来て、のどの下あたりに優しく触れた。軽く触れられただけだが、指の動きに恥ずかしさが頂点に達する。

 脈が速くなり、呼吸が浅くなった。それをさとられたくなくて唇をぎゅっと引き結ぶ。

 そんなわたしの様子を楽しげに見ながら、ジェレミアは鎖骨の間に触れたまま言った。


「ここに、私が送った首飾りを飾れば完璧だ。だが、それは舞踏会の日の楽しみにしておこう」

「そうね、やはりあれは買って正解よ。ロレーヌの手持ちを確認したけど、新しいドレスに合う物はあまりなかったわ」


 いつの間に人の宝石を漁っていたんだろう。わたしの疑問を察したらしい彼女は、特に悪びれた様子もなく、こっそり佇んでいたドーラを示して言った。


「貴女の小間使いに見せて貰ったのよ、でも、幾つかは合う物があったわ。後で別のドレスにも合わせてみましょう」


 パオラの話を聞きつつも、わたしはドーラを恨めしげに見た。ドーラは自分が見られていることに気づくと、したり顔で笑ってみせる。

 それは欲しいものを長い闘いの末に手に入れた勝者の笑顔だった。


「……はい」


 艶やかに、薔薇が開くようにほほ笑まれては断ることなど出来ない。


 わたしは曖昧な笑みで頷いてから、再び鏡を見た。


 やはり信じられなかった。

 今まで自分だと思っていたものが崩れて行く気がする。

 不安で、足もとがおぼつかない。

 早くいつもの服装に戻って、ひとりで静かに本でも読みたい。そうすれば、何かと立ち向かう必要もなく、努力して何かを出来るようにならなくてもいいのだから。


 ざわつく心の思いを並べれば、見えてきたのは自分の本音だった。

 わたしは、目立たないことを理由に、様々な事柄から逃げていたのだ。どうせ地味だし、平凡だからと理由をつけて、欲しいものがあっても争いたくないからとすぐに諦めた。


 顔を上げれば、ジェレミアの目と目が合う。


 本当に嬉しそうな彼の目を見てから、わたしは鏡に映った自分をもう一度見る。先ほど想像したジェレミアの妻としての自分。あんな風になれたらという憧れ。けれど、ああなるには犠牲を払わなくては到底なれない。


 だから、考えた。


 わたしのなりたい姿って何だろう……?



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