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いつの間にそんなことに……

「は、はあ……それはまたどうしてでしょう?」


 わたしが問えば、タチアナは妖艶な笑みを美しい顔に浮かべた。

 ああ、何てことだ。女優顔負けの美麗な顔がこんな間近で見られるなんて、幸せすぎて死ぬ。こんな美麗な薔薇に囲まれていられるなら、わたしはその辺の肥料で構わない。


 いっそのこと次の転生ではチッソ、リンサン、カリになりたい。無機物だけど構うものか。むしろ無機物バッチコイ。


 何しろ、今わたしを囲む三人は全員彫像よろしく整った顔をしているのである。まさに楽園、天国にきた気分だ。 

 綺麗な女性も好物なわたしは今の状況だけでご飯十杯はいけそうだと思った。

 タチアナは小首を傾げたわたしに「ご存知ないのですね」とつぶやいた。


 美しく結いあげられた濃い赤茶の髪が日射しにさらされ、金色みを帯びて見える。長いまつ毛にふちどられた瞳の色は透明に輝くエメラルド。肌はクリームのように白くなめらかだ。

 はっきり言って彼女は人類の至宝だと思う。


 その隣りで穏やかに笑う彼女の夫は、濃い金色混じりの金褐色の巻き毛に、ミケランジェロの彫像みたいに整った顔をしており、笑うと目じりに小じわが寄る。

 それがたまらない味を醸し出していた。

 背中に天使の羽根でもくっつけたら良く似合いそうだ。

 体格はジェレミアと似ており、冷たい美形と優しげな美形が並んでいる様は見ごたえがある。


「ええと、何をでしょう?」


 本当にわからないので、わたしはお茶を手に重ねて訊ねる。


「実は今、若い娘たちの間であることが流行っていますでしょう、その先駆けがあなたなのですよ。わたしはそのお陰で、夫と知り合うことが出来ました。いつかはお礼を言って、なぜそのようなことを始められたのかお訊ねしたいと思っておりましたの」


 含んだような笑い声をあげ、彼女は言う。しかし、肝心の「わたしが始めたあること」が見えてこないので、やはりわからないままだ。とりあえずお茶をひとすすり。


 ちょ……何このお茶。めちゃくちゃ美味しい、もの凄く良い茶葉だよ。いつも家で飲んでいるものは庶民向けほどひどくはないが、質の劣る茶葉なのでこんなにふんわり香らない。

 せっかくなのでのんびりと堪能する。


 まわりはキラキラしてるしお茶は美味しいし、もう今日死んでもいいや。

 そんな心境のわたしに、タチアナはちょっとはにかみながら訊ねてきた。


「あの、ロレーヌ、とお呼びしてもよろしい? わたしのこともタチアナで構わないから」

「え、はい。もちろんです、どうぞお好きにお呼び下さい」


 言って、わたしはこっそり貴女のことは呼び捨てになんか出来ないですがと付け足した。


「良かった、嬉しいわ。それでね、今社交界で流行っていることをどうして始めたのか、教えて頂きたいのよ」


 妙にわくわくした表情で訊ねてくるタチアナ。やはり話が見えてこない。ここは潔く聞くしかあるまい。というか、わたしが何を流行らせたと言うのだろう。


「……あの、わたしが始めたことって何のことでしょうか。わたし、何かを特別に始めたという記憶がないのですけど」

「おや、そうだったのかい。けど、こういう考え方を広めたのは君だとご令嬢たちに聞いたんだが」


 それまで黙ってお茶を堪能し、軽食をつまんでいたグリマーニ卿が初めて喋った。彼の言葉を引き継ぐように、タチアナが語り始める。


「ええ、既婚未婚に関わらず、上流階級の女性は結婚に縛られているでしょう? 

 望み通りの夫と縁があれば良いですけど、そうではない場合も多々あるわ。もちろん、愛人を持つということも出来るけど、それはある程度の容姿と財力と身分がなければ無理だから、ほとんどの女性たちは女としての楽しみを奪われている様なものでしょう。

 そこに現れたのが貴女よ。

 貴女は顔立ちの整った、立ち居振る舞いが素適な紳士淑女をその存在そのままに愛好することを広めたの。それまでは観劇の物語に求めるしかなかった夢を、別の形でわたしたちに見られる考え方を教えて下さったのよ!」


 妙に熱を込めて語られ、わたしはびっくりして目を丸くした。


 い、いつの間にそんなことに……。


 と思ったものの、実は身に覚えがある。


 それはこういう話だった。


 とある令嬢がいた。彼女には恋した紳士がいた。けれど、彼には可愛らしい婚約者がいたのだ。

 決して結ばれない思いに苦しんでいた彼女に、それなら、彼を徹底的に支持して応援し、幸せになる手伝いをしてあげればいいよと言ったのだ。

 そうすれば、例え結ばれなくても、幸せな彼を眺めて、自分が彼の幸せに貢献していると思うことで、心の中では結ばれることが出来るでしょう、と。


 彼女はそれを行動に移し、他にも彼に恋焦がれていた令嬢たちも集めて、全力で彼の応援をはじめた。


 ようするに、ファンクラブというやつである。


 最初こそ戸惑っていた彼だったが、令嬢たち害意がないことを知ると気にしなくなった。

 それ以降、彼の姿絵を描くために大量の絵師が雇われ、彼の言葉を記して集めた詩集が出版されたりとそれなりに経済効果まで生まれたことは覚えている。


 ただし、そのきっかけを作ったという意識はなかった。


「わたしは彼を応援する会に所属していたの、憧れのブルーノと言葉を交わせる……それだけで嬉しかったけれど、彼の方からわたしに声を掛けてくれて――わたしは生まれがあまり良くないの。あれがなければきっと今のわたしは存在していないわ、だからね、貴女には感謝しているのよ。

 ぜひお友達になりたいと思っていたの。知り合えて嬉しいわ。

 ジェレミアに感謝しなくちゃ、貴方がブルーノの友人でなかったら、こういう形で出会うことはできなかったでしょうから」


 隣りから手を伸ばして、タチアナはわたしの手を両手でぎゅっと握った。

 目がうるみ、何だか輝いているように思える。わたしはどうしたら良いものか、固まってしまった。


 仰天の事実に思考がついていかない。

 ぼんやりと、ここには「ファンクラブ」という概念がなかったのだなということに今さら気がついた。そして、とりあえずぽつりとつぶやくように言った。


「えと、ありがとうございます」



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