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ぐらつく気持と不穏な影

「あの、お二人はどういうお知り合いなのでしょうか?」


 すると、ジェレミアとアウレリオは一瞬顔を見合わせた。それから、アウレリオが笑い交じりに説明してくれた。


「彼とは同じ学校に通っていたんだよ。寮も同じだったから、知り合いと言えば知り合いかな。ジェレミアとブルーノは優秀で、いつも一緒だったし、見た目も華やかだから目立っていたね」

「時々からかってきたことは良く覚えているよ」

「へえぇ~、そういうお知り合いだったんですか。道理で、どこか気安いなあと思っていたから」


 わたしは大いに納得して何度もうなずいた。


「そう見えていたのか……まあいい、とにかく私も話を聞くことに異存はないな?」

「ああ、それは構わない。だが、ここだと聴衆もいて良くないし、移動しよう」


 アウレリオはそう告げて、先ほどわたしと交わした会話をもう一度くり返した。ジェレミアもそれで良いと言ったため、わたしたちは絵画の飾られた回廊へ向かった。

 そこへ辿りつくと、アウレリオは早速切り出した。


「実は、今日の午後になって突然、もう会いたくない、来ないで欲しいと言われたんだ。午前は他のご令嬢たちと約束があると聞いていたから、僕は図書室で時間を潰していた。

 それから午後になって、軽食でもどうだろうかと誘いに行ったら、突然そう言われたんだ。

 レディ・ロレーヌ、僕にはそんなことを言われる理由がわからない、一体彼女に何があったんだ?」


 彼がゆっくりと語った内容に、わたしは頭が混乱してきた。

 もし、彼の言うことが本当なら、ドロテアが会ったと言う人物は一体誰なのだろうか。とにかく、わたしはドロテアから聞いた話をまとめて彼に伝えた。


「何だって? 僕は知らないぞ、もし彼女に声を掛けられたら、返事をしない訳がないし、知らない振りなんてそもそも出来ない。そんなことをしてからかったとしても、すぐに冗談だと言って謝るはずだ……もしかして、ドロテアは目があまり良くないのかい?」

「いいえ、本を読んだときには多少かすむと聞いたことがありますけど、顔が認識出来ないなんてことはないです」

「それとも、この館に招かれた中に僕とそこまで良く似た男がいるのかな? 少なくとも、どこの席でも会ったことがないけど」


 彼は口もとに手を当てて、考え込むような仕草をする。

 すると、先にジェレミアが口を開いた。


「全員の顔なら見知っているが、君と似ている人物に心当たりはないな」


 ジェレミアは不思議そうに首を傾けた。しばらく場に沈黙が流れる。アウレリオが嘘をついている様子はない。だとしたら、ドロテアは幽霊でも見たと言うのだろうか、それも真昼間に。

 わたしはそれはあり得ないだろうなと否定した。

 なぜなら、今まで生きて来て幽霊など見たこともないし、ドロテアが心霊関係の話を好むタイプではないことは良くわかっている。では、何が起こっているというのだろうか。


 やがて、アウレリオが「まさか」とつぶやいた。


「何か心当たりがあるんですか?」

「いや、しかし……あいつが来ているはずはない。今頃は海にいるはずだ……」

「海……もしや、君には兄弟がいるのか?」

「ああ、いる。だがここにいるはずはないんだ……とにかく調べてみることにするよ。ありがとう、それから、ドロテアに僕は君を裏切っていないと伝えて欲しいんだが」


 彼の真剣な訴えに、わたしは改めて確認の質問をした。


「と言うことは、やはり貴方はドロテアに求婚するつもりだと思って良いのですか?」

「ああ、あまり性急なのは良くないから、これから社交の季節を交えてゆっくりと話を進めるつもりだったんだよ。彼女は素晴らしい女性だし、知り合えて良かったと思っている。彼女が僕を嫌だと言うなら仕方がない、けど……こんな形で終わりにはしたくない」


 アウレリオの声からは真剣さが垣間見えた気がした。わたしは少しだけ悩んでから、彼にもう少し時間を与えてみても良いかもしれないと思った。


「そう……それなら、もう少し貴方を信じてみることにします」

「恩に着るよ、レディ・ロレーヌ……それじゃあ」


 彼はきびすを返すと、わたしとジェレミアに軽く会釈して去って行った。

 ジェレミアは息をつくと、言った。


「いいのか? 彼の言葉を信じても……もし出まかせなら、君のいとこはもっと傷つくことになるんじゃないのか?」

「そうですね、でも……わたしにはどうしても彼がドロテアを騙そうとしているとは思えなくて。それに、ジェレミア様も情報を集めて下さっているのでしょう?」

「ああ、まだ継続中だ。近いうちに結果が出ると思う」

「なら、その結果を聞いてから判断しても良いと思ったんです」


 少なくとも、ジェレミアのことは信頼していた。

 知り合って少ししか経っていないのに不思議なことだが、彼の言うことに対して疑いを持ったことはなかった。恐らく、嘘が苦手であることを知っているからかもしれない。


「ほう、と言うことは、私のことは信頼してくれている訳だ」

「ええ、もちろんです」

「君の口からそんなセリフが聞ける時がこうも早く来るとは、嬉しいな。私に対する態度最初に比べればずいぶんと砕けたものになってきているしな」


 そう言われて、わたしは思わず目を見開いた。

 良く考えてみれば、いつの間にか気安く話すようになっている。以前なら、質問ひとつするのにも結構勇気が必要だった。しかし、今は気軽に色々と訊ねられるようになっている。きっと長いこと一緒に過ごしたせいで、親密さが生まれたからだろうとわたしは思った。


「きっと気が合うのかもしれませんね、もしかしたら考え方が似ているとか」

「そうかもしれないな。今度読んだ本の内容について語り合おう、今日は戻るんだろう?」

「ええ、おばとドロテアが心配ですから」


 そうは言っても、おばがついているのでわたしの出番はそれほどないだろう。だが、こうして夜の暗い中をジェレミアと一緒にいるのは気が引けた。

 向けられた目に浮かぶのはわずかだが寂しさのように思え、胃の辺りが引き絞られるような感覚に襲われる。

 このまま一緒にいたい。

 ふいにそう思った。唐突に現れた感情に、わたしは大いに困惑した。


「それじゃあ、明日だ。姉の話だとドレスも届くという話だったな。試着をするなら是非見たいのだが」

「そうですね、でも本当に届くかはそれは明日になってみないとわかりませんし」

「確かに、じゃあ部屋まで送って行こう」

「そこまでして頂かなくても大丈夫ですよ。もう結構滞在しているので、館の中については覚えていますから、暗くても……」


 平気だと続けようとした瞬間、腕を引かれた。


「私が送って行きたいだけだ。断らないでくれよ、いつもならともかく、今この館にはかなりの人数がいるんだ。何かあったら私が後で後悔することになる」


 彼は温かな声で言うと、そっと手を腕にのせてくれた。断ることはできなかった。わたしが大人しく従ったのを見ると、彼はゆったりと歩き出した。

 隣を行く間、心臓の鼓動がうるさくて仕方なかった。やがて部屋に辿りつくと、ジェレミアは額に口付けて「おやすみ」と言うと去って行った。


 困惑したまま、わたしは部屋へと入って嘆息した。



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