晩餐会は別名観察会
ドロテアは晩餐には行けそうにないため、わたしはパオラと共に食堂に向かうことになった。おばは残って、ドロテアの世話をするという。
「晩餐でその不届きものの様子を見て来てちょうだいね」
低い声で言われた頼みごとに力強くうなずき返し、わたしは食堂へと向かう。
すると、ジェレミアと行きあった。どうやらわたしを迎えに来てくれたらしい。彼はパオラの姿を認めると、怪訝そうに問うた。
「どうして姉さんと一緒にいるんだい?」
「それはね、ロレーヌが今日の晩餐前には戻ってくると聞いたから、明日辺りドレスが届きそうってことを伝えるために、待っていたからよ。その間、隣のパルマーラ夫人と話をしていたの。そしたら、凄い騒ぎがあって、ね?」
「ええ。本当はおばとドロテアと一緒に来るつもりだったんですけど、ちょっと無理そうなので」
わたしが言うと、ジェレミアは額に手を当てて嘆息した。今の少ない言葉から事態を察してくれたようだ。その様子を見たパオラが、扇を手に目を細めた。
「ジェレミア、貴方知っていたの?」
「ああ、ロレーヌから相談を受けていたから。ただ、私もあまり彼のことは知らないんだ、だから詳しいことを調べさせていたんだが……」
「その男の名前を教えてくれるかしら」
「断らせてもらうよ、姉さんに言ったら何をするかわからない」
「ちょっとした報復よ」
羽がふさふさついた扇の内側から、地獄の使者が逃げた魂を引きずり戻そうとでもしているような低い笑い声が上がる。艶やかな美女だけに、怒った顔も美しい。うっかり見惚れかけて、そんな場合じゃないだろうとわたしは意識を引きもどした。
「止めてくれ、こちらが招いた客に失礼なことは出来ないだろう」
「それなら、招いたお客を守る義務だってあるじゃないの」
「あ~の~、そろそろ行きませんか? 晩餐に遅れたら迷惑でしょうし、それに、少し確認したいこともあるので」
わたしが言うと、ジェレミアが眉根を寄せた。その仕草を見て、わたしは感づかれたかもしれないと思ったが、気にせずにひとり歩きだした。
結果、わたしが先に歩くことになり、背後から漂う気に入らないゼと言いたげな空気に耐えつつ進む。
何とか無事に済みますように。
わたしは神様に祈りつつ、期待しないで食堂へと向かったのだった。
◆
おばとドロテアが来なかったため、わたしはカスタルディ侯爵夫人に事と次第を説明してから席に着いた。ジェレミアの母らしく、とても優美な顔立ちと、年齢を感じさせない着こなしが素晴らしい彼女は、心配そうにしながらも、場の雰囲気を壊さぬように気を使いながら食事を進めてくれた。
わたしは隣の空席ふたつを気にしつつ、アウレリオを盗み見た。
何やらひどく落ち込んでおり、全く食事が進んでいない。皿の中身をつついたりかきまぜるばかりで、全く口に運ぼうとしていないのが引っかかった。
彼を見ているのはわたしだけではなかった。ジェレミアも半眼で眺めている。
パオラはその視線を追いかけて誰がドロテアを泣かせたのかと探ろうとしているようだった。
食事は美味しく、わたしはいつも通りに食べた。食べておかないと気力、体力ともに持たない気がしたからだ。
わたしに注がれる憎々しげな視線は日ごとに強さを増している。
この様子だと、わたしがジェレミアの「特別」だとすでに知られてしまっているのだろう。まあ、それこそが彼に頼まれたことなのだから、成果は上々ということだ。そう思って無視した。
途中、タチアナとも目が合った。何度かうなずいてくれた彼女は、心配していると言いたげだった。本当に良い人だなとわたしは心から思う。同時にグリマーニ卿とも目が合い、同じような顔をされた。あのふたりには後で事情を説明しておこうと心に決めた。
それから、改めてアウレリオを見やる。彼は何かに悩んでいるように見えた。
やがて食事が済むと、アウレリオは早々に立ち上がった。疲れているので失礼すると告げた彼のすぐ後で、わたしもおばといとこが心配なのでと席を辞する。
急いで彼の後を追う。
すると、アウレリオの方でもわたしと話がしたかったらしく、廊下で待っていた。
「僕に話があるようだね?」
彼は深刻な顔で開口一番そう言った。わたしは頷いて、
「あるわ、もしかしなくても、貴方の方からもあるの?」
と問い返した。彼は「うん」とうなずくと、あちこちに視線をさまよわせてから言った。
「それじゃあ、玄関ホール近くの絵画が飾ってある場所で話そうか?」
「いいわ」
そう答えると、後ろから足音が聞こえた。ジェレミアだった。てっきりパオラもついて来たかもしれないと思ったのだが、彼女は招かれている中でも身分が高いので、そう簡単に席を立つ訳にはいかなかったのだろう。ジェレミアは、きっとたわたしが心配だとか何とか理由をつけて来たに違いない。
何しろ、毎日殺人光線の数がどんどん増えていっているのである。最早わたしにジェレミアが執心であることは誰の目にも明らかだ。
そんな状態だからこそ通用する手であろう。
何と言う演技力だろうか、とわたしは心から関心していた。
「私も一緒に行く……婚約者を他の男とふたりきりにはさせたくないのでね」
ジェレミアはわたしの後ろに立つと、わき腹に手を添えた。これは自分のものだと言いたげだ。わたしの心臓は否応なく大きく跳ねた。やはり、これには慣れられそうもない。
「婚約……? もうそんなところまで進んでいたとはね、思っていたより手が早かったんだな」
「カルデラーラ卿、何か勘違いをしていないか?」
「だが、こんなに性急に婚約するとなれば、そう考えるのが自然だろう。確かにレディ・ロレーヌは可愛らしいし、君なら簡単に口説き落とせるだろうから……」
「その話は今する必要があるのか? 今は君と彼女のいとこ、レディ・ドロテアについての話をするべきだろう?」
ぎりぎりと歯ぎしりでもしそうな勢いで言うジェレミア。
やはり、このふたりは知り合いのように見える。しかし、彼のことは詳しく知らないと言う。これは一体どういうことなのだろう。不思議に思って、わたしは訊ねた。