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信じられないが二連発

「ほう、では君には私が婚約者をあっさり捨てるような薄情者に見えているということかな?」


 その言葉にわたしは青くなった。もちろん当然全く違う。

 強めの力でつかまれた手が痛い。わたしは慌てて首を横に振った。


「ちっ、違います! そんなことは言っていません。でも、ちょっと辺りを見回しただけでわたしより魅力的な方々がたくさんいるのに、わたしだけに縛りつけるのもどうだろうかと思いまして……」

「なるほど、そういう意味か……だが、どうしてそこまで君は自分の見た目を否定するんだ。見た目だけじゃない、まるで中身まで否定しているように私には聞こえる。

 大体、容姿がそこまで大事なのか?

 大切なのはお互いに対する思いやりだろう。それには、互いが互いを好ましく思っている必要がある。そして私は君を好ましいと思っているよ。それに、好みは人それぞれだ。私にとって君は可愛い、そして、時には美しくもある」

「そんな馬鹿な、ジェレミア様、目の治療を受けた方が良いんじゃないですか?」


 流石のわたしの今の発言にはうなずけなかった。思わず乾いた笑いがこみ上げる。けれど、彼の「容姿がそこまで大事か」というセリフは胸に突き刺さった。

 どうやらわたしの考え方は偏っていたらしい。それは認めざるを得なかった。


「酷い言い草だな、褒めているのに目の治療を勧められるとは。まあいい、館へ帰って、姉とマダムの見立てたドレスを着て、髪型を変え、化粧をすればきっと考え方を変えざるを得ないだろう。

 本当なら、あまり着飾って欲しくはないんだが、そうしないと君はいつまでたってもそうやって自分のことを卑下しつづけるだろうからな」

「……卑下じゃなくて、真実だと思いますけど」


 そう言うも、彼は肩をすくめて取り合ってくれなかった。

 わたしはなんだか納得がいかず、心に不満をくすぶらせたまま馬車の旅はつづいた。行きと同じ道を辿る馬車の旅は快適だったが、気まずい沈黙が続いた。

 強くつかまれた手は既に解放されていたが、何だか熱を持ったように熱く、痛かった。


 わたしはそんなに自分を否定していたのだろうか。

 周囲の言葉を真に受けて、自分は価値の低い人間だと思い込んでいたのだろうか。外見などの変えられないものはともかく、中身だけは磨いてきたつもりだ。

 しかし、彼の言葉を一蹴することは出来そうにない。少し、考えてみる必要がありそうだ。


 やがてカスタルディの館に戻ると、妙なことにほっとした。

 馬車を降りると、ジェレミアは用があると告げて、わたしの手をとるとその甲に口づけを落とした。


「では、また後で」

「はい」


 立ち去る彼の愉快そうな目が記憶に残った。

 わたしは小間使いのドーラに言った。


「とにかく戻るわ、まずは着替えないと。それに、ドロテアのことも心配だし」

「そうですね。それにしても、突然のことで驚きましたが、お嬢様、本当に愛されていらっしゃいますよね~、羨ましい。こんなに婚約を急がれるなんて、きっと他の方にとられたくなかったんですね」


 まだ若い娘のドーラは、ほうっと息をついた。うっとりとしたその顔は、そばかすの浮いた愛らしい作りをしている。髪は褐色で、瞳は青。可愛いものが大好きで、髪を結って飾りをつけたり、ドレスを少しだけ加工するのが好きらしいが、わたしがさせてくれないので不満なのだそうだ。

 わたしは彼女の言葉に疑いの眼差しを向けた。


「そうかしら」

「そうですよ、お嬢様を見るあの目、きっと片時も離したくないとか思っていますよ」

「……気のせいよ。それより、晩餐まで時間がないわ、ちょっと忙しいわよ」

「はい。ああ、新しく届くドレスが楽しみですね! お嬢様、今度は髪結い嫌がらないで下さいよ。絶対にジェレミア様もお喜びになられるはずなんですから」

「はいはい、わかったわよ」


 ドーラのお喋りに適当に相づちを打ちつつ、わたしはドロテアがいるであろう部屋へ戻った。

 

 そして「帰ったわよ~」と告げるや否や、中で家具が倒れたような音がしたかと思うと、勢い良く開いたドアから飛び出して来たドロテアに泣きつかれた。わたしは目を白黒させ、何ごとかと焦った。後ろをちらりと見れば、ドーラも唖然としている。


「ロレーヌッ、やっぱりわたしは騙されていたんだわ!」

「ちょ、ちょっと待ってちょうだい。何があったのよ、落ちついて、ほら、涙と鼻水ふいて」


 そう言うと、ドーラがハンカチをさっと差し出してくれた。

 彼女の顔が何やら引きつっているが、とにかく助かった。このままでは外出用の外套がびしょぬれになってしまうところだった。これ一枚しかもっていないのに、そうなったら大惨事だ。

 ありがとうドーラ。後で大感謝祭をしておこう。内容は後で決めるけど。


 すると、ドロテアはそのままへなへなと床に座りこんで、差し出されたハンカチで顔を覆いながら喋りはじめた。


「今日も、約束してたのよ、テラスで会いましょうって、でもその前に他のご令嬢と散策の約束があったから、午後にしたの。そこで、彼と会ったのだけど、何をしたと思う、わたしの声を無視したのよ!

 聞きとれなかったのかと思ってもう一度声を掛けたら、どこのレディかなって聞かれたの。

 き、きっとわたしが他の令嬢と一緒だったから、恋人だと思われたくなかったんだわ。わかってしまえば口説けないもの! ひどい、ひどいわ」

「……そんなことがあったの」


 やや支離滅裂だが、言いたいことは良くわかった。わたしは泣きじゃくるドロテアの背中を撫でてあげながら、おのれアウレリオと怒りをかき立てられていた。こうなった以上、ジェレミアに調べてもらう必要はないだろう。

 このまま関わらないのが一番だ。

 すると、盛大な泣き声に気づいたらしい人影が現れた。わたしが顔を上げると、おばだった。その後ろにパオラの姿も見える。


「まあっ! どうしたのドロテア」


 おばは慌てて娘に近寄り、わたしと同じように背を撫でてやる。場所を譲ったわたしに、パオラが困惑したような声を掛けてきた。


「貴女が戻ってくると聞いたから、パルマーラ男爵夫人と話をして待っていたのよ。ドレスが近々届けられる事を伝えようと思って。そこへ突然大きな声がしたから驚いて……ねえ、彼女何があったの?」

「ひどい男性に騙されたんです。ここ数日、熱心に言い寄られていたみたいで、ドロテアがあまりに幸せそうだったので何も言えなくて……でももう、終わったのでしょうね」

「それは大変だったわね。でも、深入りしない前で良かったのよ、きっとね」

「わたしもそう思います」


 ドロテアはまだしゃくりあげており、何も言えない様子だった。


「とにかく貴女は着替えてしまいなさい。この子を傷つけた紳士の風上にも置けないゴミに対する報復を考案するのはその後よ」


 わたしは耳を疑った。パオラは今何と言った?


「あら、意外そうな顔ね。でも、か弱き女性を弄ぶ男に対する憎しみは今でも尽きないのよ、わたし。こんな光景を見てしまったら眠れないわ……そうでしょう?」

「は、はあ」

「お嬢様、とにかくお着替えを済ませてしまいましょう」

「わかったわ」


 ドーラにうながされ、わたしはとにかく部屋に入るとドロテアの泣き声を背に着替えを急いだ。帰ってくるなり何やら面倒なことになった気がする。

 ただ、着替えながら考えたのだが、アウレリオがそんなことをするとは、わたしも正直信じられない。ジェレミアには何もするな、と言われているが、ちゃんと事の次第を確認しなければ納得出来そうもなかった。

 それなら、機会を見つけ次第彼に声を掛けてみよう。

 わたしはそう決心した。


 

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