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嫌だと言えない自分が嫌

「何か、ああ、そう言えば今日何か予定があるか聞いていなかったな。もし、何かあれば明日にするが」

「いえ、今日は何も予定はないですけど、そういうことではなくて……確認したいんです。あの、このままだと本当に婚約者になっちゃいますよね?」

「そうなるな」

「本当にいいんですか?」


 真剣に訊ねると、彼は特に迷った形跡もなくあっさりとうなずいた。


「構わない。何度も言っているだろう? 私は君と結婚してもいいと考えていると」

「だ、だって……まだちゃんと知りあってから少ししか経っていないのに」

「時間が必要なら、これからたっぷりある。問題はない……それとも、嫌なのか?」


 向けられた眼差しに、わたしは目を大きく見開いた。

 相変わらず整った面差しに浮かんでいる感情が、本当に悲しそうだったからだ。


「ええと、その……」

「君は確か結婚相手を探していると言っていたが、相手が私では不足か?」

「そ、そんなことありません! 不足どころか十分過ぎてわたしには想像も出来なかったくらいで」

「じゃあ何の問題もないな。では、行こうか……私は玄関ホールで待っているから、準備が出来次第来るように、いいね」


 嫌だ、とは言えなかった。



  ◆



 一時間後、馬車に揺られながら、わたしは何ゆえこのような事態に陥っているのだろうと煩悶していた。おばとドロテアと一緒に、結婚相手になってくれそうなひとを探しに訪れたカスタルディ家の荘園屋敷。それが離れて行くのを見ながら、外出着のスカートを握りしめる。


 ちなみに、おばにこの事を報告したら狂喜乱舞して早く行けとっとと行けさっさと行け、ぐずぐずするな、とそら恐ろしい形相で言われてしまった。家から連れてきた小間使いのドーラと共に、横で急げ急げと騒がれながら何とか荷づくりした結果、異様な早さで支度を終えたため、ジェレミアに驚かれてしまったほどだ。

 レディにあるまじき迅速さだったと告げられた時は何だか悲しくなった。


 彼の言葉には悪気が全くないため、それは褒め言葉だったのだが、そのまま聞いた場合「お前はレディらしくない」と罵られているように変換されてしまいがちだ。

 これには中々慣れられそうもない。

 

 また、小間使いのドーラは、ジェレミアの従僕とともに、後ろの馬車で付いてくることになった。つまり、またしても馬車の狭い空間にふたりきり、と言う訳だ。


「そんなに緊張しなくても、何もしない。婚約するまではな」

「わ、わかっています」

「わかっていないな、婚約したら何かするということだぞ」

「……、……待って下さい、結婚の間違いでしょう?」

「別に、いずれ結婚するのだから何かあっても特に問題はないさ」


 わたしは彼を見て思った。 

 ちょっとなにを仰っているのか、良くわからないんですけど。

 生ぬるい笑顔を浮かべたわたしは、目の前の美麗な生物から目を反らした。

 もうそろそろ感情がついて行けなくなっているのがわかる。

 精神を休めるつもりが、むしろ逆の結果になってしまっているのは気のせいではない。今日はドロテアの話を聞いたり、アウレリオと会話してそれとなく彼の本気度を探ってみるつもりだったのに。内心わたしは涙目だった。


 それに、わたしが出かけようとした時、ドロテアはすでにアウレリオと会っているようだった。

 おばの表情が曇っていたのが気がかりだ。


 そういえば、ジェレミアは何とかすると言ってたが、具体的にどうするつもりなのだろう。気になったので、訊ねてみることにした。


「あの、ドロテアとカルデラーラ卿の件はどうなっていますか?」

「それか、屋敷の使用人にそれとなく探らせている。それに、探偵を雇って彼のことを調べさせているから、その内情報が伝えられるだろう。ちゃんと信用出来るものだから、大丈夫だ」

「そ、そうですか……」


 うっとりとしたドロテアの表情を思い出しながら、わたしは嘆息した。

 幸せそうで、けれどとても辛そうだった。恋をするのは悪いことではないと思っていたが、やはり、相手のあることだからそうもいかないようだ。


 それに、とわたしは自分の胸に手を当てて考える。

 先ほどから、この胸が痛みを訴えてくるのだ。原因はわかっていたが、わたしはもう止められる気がしない。これもまた人生なのかもしれない、と諦めることにした。


 けれど、どうしてこうなったのだろうなと、考えるのをやめることは出来なかった。

 自分が知っている情報を組み合わせて推察してみる。


 彼が思いを寄せていたと思われるタチアナは既婚だ。その上、ふたりは見ているのが恥ずかしくなるほど仲が良い。わたしは恥ずかしいなあと思いつつ、見逃すのももったいないと思ってガン見したのだが、あまりの甘々な空気に胸やけを起こしたほどだ。あのふたりの間には何人たりとも立ち入れないだろう。

 だからこそジェレミアは、もう意中のひとが手に入らないのなら、過ごしていて気安いわたしと一緒になった方が良いと思ったのかもしれない。

 揺らぎにくい信頼から生まれた友情からの結婚こそ、彼にとっては好ましいものに思えたのだろう。だからわたしにこんな話を持ちかけてきたのだ。


 そう言い聞かせながらも、わたしはジェレミアから注がれる視線を受け止めないように気を付けた。彼の真意はともかく、このままではわたしの心が色々と不味いことになってしまうからだ。


 馬車の旅は静かで快適で、ほどなくカスタルディ家の領地のすぐ隣にあるバルクール家の領地へと入った。農地の多い道を馬車はゆっくりと進む。途中で食事休憩を交えつつ、夕刻が迫る頃にはバルクール家の荘園屋敷が見えてきた。

 ふと、ジェレミアの顔を見れば、珍しく緊張がうかがえた。


 やがて屋敷につく。バルクール家の屋敷はカスタルディ家の館ほど大きくないが、古さだけは勝っているという代物だった。

 かつては城塞として使われていたものをあっちこっち増改築しつつ、金と気力が尽きた時点で放棄しました、という感じで建物棟が連なっている。

 そのため、年代ごとの建築様式がごちゃ混ぜで統一感と言うものが全くなかった。

 バルクール家歴代当主は代々面倒くさがりらしい。わたしの父もそうだから、きっとそうに違いない、とわたしは勝手に決めていた。


 やがて、玄関ホールに馬車が到着すると、執事が素早く出迎えにきて、客間まで案内される。すでにわたしの家族の内、母と兄がおり、温かく迎えてくれた。


「まあまあ! まさかこんな形で帰ってくることになるなんて思わなかったわ。いらっしゃい、ジェレミア卿、夫は書斎で待っているわ」


 母のラヴィーナが嬉しそうに告げると、ジェレミアは品よく挨拶をする。


「ありがとうございます。それでは、お待たせするのも失礼でしょうから、先に書斎をお訪ねすることにします。それから皆さんとお話出来れば嬉しく思います」


 そう告げると、わたしに意味ありげな視線を投げてよこした。含められた意味は理解しかねるが、とにもかくにも彼は執事に案内されて書斎へと向かった。

 彼の背中を見送ると、後ろから含み笑いが聞こえ、わたしは顔を引きつらせながら振り返った。



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