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そう来ましたか!

 書斎の扉を開けると、書きもの机に向かっている一人の紳士の背中が見えた。

 一心不乱に何かを書いており、やや声が掛けにくい雰囲気だ。だがジェレミアは構うことなく部屋に入るなり紳士に声を掛けた。


「父さん、今いいかな?」


 すると、紳士は顔を上げて振り向いた。

 灰色の髪を綺麗にとかしつけた、若かりし頃はさぞかし女性が放っておかなかったろうと思わせる初老の紳士だ。ジェレミアとも良く似ているが、彼よりは硬質な印象を受ける。

 きちんとした服装をした彼は、わたしに気づくと立ち上がり、しばらく値踏みするように頭の天辺から爪先まで眺めたあと、相好を崩した。


「ああ、構わないよ。なるほど、彼女か……」


 注がれる視線に、わたしは思わず身をすくめる。

 ジェレミアとパオラがわたしに下した評価が脳内を循環する。だが、とにかく今はジェレミアのためにもちゃんとした振る舞いをしなくては、と決意し、スカートの端をつまんでほほ笑んだ。


「初めまして、ロレーヌ・バルクールと申します。お会いできてとても嬉しいですわ」

「こちらこそ。私の名はご存知かな?」

「はい、もちろん」

 

 わたしがうなずくと、カスタルディ卿はジェレミアに視線を向けた。


「パルマーラ男爵夫人からも話は聞いているが、良いお嬢さんだと凄まじい勢いですすめられてね、しかもお前もまんざらではないと言うから、もっと違う女性を想像していたのだが、うん、彼女ならば私も反対しないよ……やはり、お前も母さんのことで懲りているのだな」

「いえ、そういう訳では……ただ、母さんとは逆の人種であることは間違いないですね」


 ジェレミアはそう言うと、わたしをじっと見て楽しそうに笑う。

 何だか謎めいた会話だ。わたしにはわからないが、二人の間では何か共通事項があるらしい。聞いても良いものかと悩んでいたら、カスタルディ卿が話し始めた。


「それは素晴らしい! ではこのお嬢さんに逃げられないうちにさっさと話を進めてしまおう。私の許可状はもう書いたが、彼女の父親に話を通さなければならないな。今日か明日にでも彼女の邸を訪ねて来るといい」

「わかっています。君も一緒に来てくれるね?」

「あ、はい」


 ジェレミアの問いかけに、わたしは反射的にうなずいた。とんとん拍子に話が進む。これでいいのか、本当にいいのかと困惑するわたしに、カスタルディ卿は遠い目をして言葉を連ね続ける。


「いや、本当に良かった。お前が相当入れ込んでいると聞いたから、きっと艶やかな女性なのではないかと心配していたのだ。私がそれで失敗しているからね。ああ……いや、妻のことは愛している、だが……それでも、お金の使い方が尋常じゃないのが彼女の最大の欠点だ。

 もう何度も言ったな、お前だけはこういう失敗をするな、と。社交界の艶やかな蝶に目をくらませるなと、だが、彼女たちが魅力的なのはわかっている。

 地味で堅実で、優れた女性はその陰に隠れてしまって男たちの目にとまりにくいものだ。

 だが、お前は見事に地味な蝶を連れてきた、私は嬉しいよ」


 うわー、始まったー。

 絶対に言われると思った。パオラやジェレミアよりかは幾分柔らかいが、確実に地味と言ってくれちゃっている。称賛してくれているのに違いないのに、方向性が間違っているせいで素直に喜べない。

 欠点を絶賛された時と言うのは、一体どう反応するのが正しいのだろうか?

 わたしはほほ笑みを張りつけたまま動かない。この仮面はすでにもう一枚の顔と化していた。一生の友だ。これがなければ社交こそ全てな貴族社会を生き抜けないだろう。


「レディ・ロレーヌ……息子のことをよろしく頼むよ。

 うん、何度見ても素晴らしい。その垢抜けないが金の匂いもしないドレス。化粧っけが感じられない顔。流行など自分には関係ないと言いたげなたたずまい。アクセサリーなど先祖から受け継いだもので十分だと宣言しているような古ぼけた首飾り。

 あたかも、自分は浮ついた風潮や貴族の威信などものともせずに、質素倹約の道を進むのだと言っている様な……素晴らしい方ですな、貴女は」

「……お、お褒めにあずかり、光栄ですわ」


 必死に答えるが、何だか良くわからないダメージを受けたため、顔が引きつってしまった。

 全力で褒められているのに、何だか褒められたような気がしない。くれぐれも斜め上にぶっ飛んだことを言われなければいいなー、と祈っていたのだが、神様ひどい。本当に斜め上が来るなんて。


 まあ確かに、礼儀だけはわきまえながらも、あまりお金は使わないようにしてきた。そもそも、毎日ちゃんと食べることが出来て、家があって、温かいベッドで眠れる。

 これだけでかなり贅沢なことなのだ。

 それより貧しい暮らしをしている周辺農家のことは知っているし、彼らが納めてくれた税で生活している訳だから、無駄遣いはしたくない。それだけだ。

 バルクール家の領地はあまり広くなく、それほど豊かでもない。特別な何かが採れる訳でもないから、必然的に、農家からの収入が主なものとなる。そのため、自然と贅沢はつつしむようになった。


 取り立てて特別なことをしていないにも関わらず、褒め殺しにされるのは気まずい。


「無理しなくてもいいんだぞ」

「いいえ、平気です。少なくとも、褒めて下さっているのには違いありませんもの」


 小声で気を使ってくれたジェレミアに、わたしはそう返事した。

 まあ、とことんけなしてくれたパオラよりは、まだ衝撃度は低い。とはいっても、やはり大体の人の目にわたしは「ザ・地味」に映るのだなと思うと、妙に心が寒々してきた。

 華やか顔に生まれついた場合だって、色々と苦労はあるのだ。地味顔にだって苦労はあるのさ、という妙に老成した気持で、わたしはほほ笑みつづけた。


「何はともあれ、安心したよ。では、これを渡そう……後は彼女の父、バルクール男爵がサインしてくれさえすれば成立する」

「ありがとうございます。それでは、すぐにでもバルクール家に向かいますので、失礼します」


 ジェレミアはそう言うと、わたしの腕をとった。わたしは慌ててカスタルディ卿に会釈すると、彼に引きずられるように書斎を出た。


「それじゃあ、馬車の用意をさせるから。天気も良いし、明日には帰って来られるだろう」

「あ、あの! ちょっと待って」


 書斎から出てすぐの廊下で、わたしは思わず彼を引きとめてしまった。



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