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わたしは貴方につり合わない

「なるほど、事情はわかった。だが、もうああいう真似はやめてくれ、彼に関しては私が情報を集めるから、君は大人しくしてるんだ。何かするにしても、会話の中で探りを入れるくらいにしておいてくれないか……」

「わかりました、……ごめんなさい」


 まだ全身から苛立ちオーラを立ちのぼらせているジェレミアに、わたしは謝った。どうしたら許してもらえるのだろう。

 怒った彼は本当に怖かった。わたしはそこまでのことをしでかしてしまったのだと思うと、何だか激しくへこみそうだ。あまりにへこみ過ぎて、少し泣けてきた。


「そんなに謝らなくてもいい。……言いすぎた、待て、泣いてるのか?」

「えっ、ああ……ちょっと怖かっただけです。わたしが悪いんですから、いいんです、気にしな……」


 それ以上は声にならなかった。

 立ちあがって側に来たジェレミアはわたしの横へやって来るなり、まぶたに唇を寄せて、涙を吸い取ったのだ。あまりの衝撃に何が起こったのかわからないまま、わたしはそっと抱き寄せられた。

 

 これは何だろう、どうしてわたしは抱きしめられているのだろう。


「済まない、感情の抑えが効かなかったんだ。怖がらせるつもりはなかった……」


 声が出ない。

 わたしはどうしたら良いかわからないまま、上の空で言った。


「本当に、気にしないで下さい」


 声が震えていたが、何も言わないよりはいいと思った。

 それでも、ジェレミアはしばらく離してくれそうにない。わたしは茫然としたまま外を見ていた。通りかかった誰かがこっちを見たような気がしたが、誰だかはわからなかった。

 時が過ぎて、ようやくジェレミアが離してくれたが、横から移動はしなかった。代わりに手を握られ、わたしは動揺した。


「どうすれば許してもらえるだろう?」

「……えっ、それはむしろわたしのセリフですよ」


 ジェレミアの言葉に驚いて反射的に返すと、一瞬驚いたような顔が返って来て、すぐに困ったような笑顔になった。


「そうか、本当にすまなかった。良く言われるんだ、お前が怒ると恐ろしいと……」

「そうですね。でも、正当な理由で怒られたのですから、仕方ありません。慰めて頂いてありがとうございます」


 目もとをこすりながらわたしは言った。

 何だか奇妙な気分だった。ただ、不思議な気もしていた。ぶつけられた怒りは確かに怖かったが、わたしは怒られても仕方ないことをした。それなのに、こんな風に慰めてくれることが意外だった。


「ああ、いや本当に悪いと思ったんだ。とにかく、アウレリオと君のいとこの件については私に任せて欲しい。得た情報は手に入り次第、すぐに教えるから」

「はい。昨日おばにも言われたんです、貴方を頼れって……わたしが先走ったからいけないんです。これからはちゃんと言われたとおりにしますし『恋人役』も頑張りますから」


 そう言うと、彼はやや複雑そうな顔を見せた。


「それ何だが、ほら、昨日君に話があるといったことを覚えているか?」

「あ、はい。あの時はドロテアの事で気が動転していましたけど、覚えています」


 答えると、彼は一回うなずいて見せて、わたしの右手をやや強くつかんだ。


「実は、父が君のおばに君のことを言われたという話をして来てね、どうするのだと意見を求められたから、こう答えたんだ。話を進めても良いと思っていますと。だから、まずはこの集まりの最終日に婚約を発表しようと思っているんだが、一応君の了解も得ておこうと思ってね」

「……、……こんやく?」


 一瞬こんにゃくと聞き間違えたのではと思ったが、この世界にあの食べものはない。大体、こんにゃくは発表するものではなくヘルシーで低カロリーな女性に嬉しい食材である。だとしたら、言葉通りの意味となる。婚約、こんにゃく、いや婚約。つまりこの人と結婚するよという約束のことだ。 


「どうしても嫌だというのなら断って欲しい。だが、君ほど気の許せる人もなかなかいないので、私としてはもうしばらく恋人でいて欲しいのだが」


 右のてのひらがさらに強く握られ、何やら熱っぽい視線が注がれる。

 わたしは固まった。


 どうすればいい、どうしよう、でも、激しく好みの美麗顔が懇願するようにこちらを見ている。胸が締め付けられて、息が苦しい。断るなんて出来ない。


「わ、わかりました。わたしでお役に立てるなら喜んで」


 偽りの恋人をつづけさせて頂きます。

 心の中でそっと付け加える。


「そう言ってくれると嬉しい。怖がらせて済まなかったな……嫌かもしれないが、もう少し一緒にいよう。話もしたいし、やはり、あのダンスを覚えてもらいたいと思っている。舞踏会がもう一度予定されていると言っただろう?」

「ええ、でも……わたし本当にダンスは苦手で」


 それに、ジェレミアとダンスをすることに少し抵抗があった。最初に相手役を申しこまれた日に向けられた視線が思い返される。わたしでは、彼の隣につり合わない。

 けれど、こうして側にいて容姿だけが素晴らしいのではないことを知れば知るほど、自分が良くない状況に晒されていくのはわかっている。なのに、頼まれると断れないのだ。


「だから練習しよう、午前中は予定がないだろう? それに、あと少しで注文したドレスも届く。そうだ、どうせなら一番最初に私にドレスを着た姿を見せてくれないか」

「それはもちろん、でも、ああいう煌びやかなドレスは初めてで、着こなせるか不安です」

「大丈夫、きっと似合う、さあ……舞踏室へ行こう。途中でブルーノ達も誘おうと思っているんだ」


 手をとられると立ち上がらされる。そのまま腕に手を置かれてほほ笑まれると、最早断る気力は完全に消え失せていた。

 ああ、どうしよう、凄く不味い展開だ。


「それと、明日には父に会って貰うよ。君の両親から承諾の返事をもらえたら、婚約の誓約書にサインが欲しい。こういうことは早い方がいいからね」

「ええっ、も、もうですか?」

「そうだよ」


 向けられた甘い笑みの中に、何かが潜んでいるようにわたしには思えた。

 何だか蜘蛛の巣に引っ掛かった羽虫の気分だ。何か、わたしの知らないことがある。このまま進んだら取り返しがつかないように思える。

 今日、家族に手紙を書こう。手紙は少し前にも書いたが、それはジェレミアに恋人役を頼まれる前のことだ。今起こっていることをわたしから伝えなければと思った。


 けれど、予感はあった。


 わたしは、きっと間に合わないだろう……。



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