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ダンスレッスンは筋肉痛の予感


「そこ、ステップが違う! もっと優雅に、優美に」

「す、すみません」


 わたしは何度目かの叱責を受けて体をちぢめた。

 もともとそう運動神経の良い方ではないので、どうしても慣れない踊りでは足がもつれる。一応努力はしているが、もともと備わっていないのだから仕方が無い。


 今、わたしは侯爵邸の中にあるダンスホールにいた。

 いくつかあるホールの中では小さい方で、家族など親しいものだけで開くパーティ用らしい。他には練習用としても使用されるているのだそうだ。


 室内には軽やかなピアノの音色が響いている。

 驚いたことに、あちらの世界とほとんど同じピアノがここには存在している。詳しい仕組みはわからないので、全く同じかは知らないが、とにかく素人目にはほとんど同じに見えた。

 ホールの一角を占める形でどーんと置かれたそのピアノには、彼の友人の妻(美人)が腰かけ、その近くでは彼の友人(観賞対象だった伯爵子息)が楽しそうに笑っている。


 笑っていないで助けてほしいが、わたしのSOSは悲しいかなふたりには届かない。


 仕方なく、わたしは必死にない運動神経よ覚醒せよ!という気分でステップを踏む。

 はっきりいって苦痛の時間だ。とっとと解放されたい。


 あれから、わたしは自分なりに彼の失礼な言葉を読み解いてみた。直接聞いても良かったのだが、失礼になるかも、と思ったのだ。

 そして出た結論は、この期間だけ恋人のフリをしろ、もしくは彼にとっての意中の人物がわたしだと思わせておけということらしい。ようするに便宜上の恋人役である。


 もし間違っていたら赤面ものなので、わたしはここへ連れてこられるまでの間に思い切って、勇気をふりしぼって訊ねてみた。帰ってきた答えは「何だ、気づいていなかったのか」だった。


「貴女は良く私を見ていたし、その上で恋に落ちている風でもなかったから、きっと純粋に私に敬服しているのだと解釈したんだ。

 しかも、おあつらえ向きな程に貴女は地味だ。

 そんな貴女がここに招かれているじゃないか、何と言う幸運だろうと思ったよ。そして、思った通り貴女は受けてくれた。やはり私の貴女に対する評価は間違っていなかったようだ」


 彼は地味にわたしを針でちくりと刺しつつそう言ったのである。

 自分が地味なのはわかっている、でも他人にいわれるとやっぱり地味に傷つく。とりあえず、話して見た結果、彼には「デリカシー」というものが欠如していることがよくわかった。

 確かに、間違ってはいない。

 むしろ正解大正解ピンポンピンポンだ。それが激しく悔しい。


 なので、ちょっと言い返してやった。


「あら、そんなことまでわかるほどわたしのことを見て下さっていたなんて、ジェレミア様って実はとてもお暇な方だったんですのね。それとも、人間を観察するという趣味でもお持ちなのですか?」


 そう言うと、彼は一瞬瞠目してから、ややうろたえたように言った。


「単純に、ケバケバしい毒花たちばかりの中で、地味な貴女が目に優しかっただけだ」


 またしても地味扱いされたものの、わたしの指摘は彼を大いに困惑させたらしく、その結果に大満足だった。その時のことを思い出してにやりとすると、再び叱責が上から振ってきた。


「何を笑っているんだ、ちゃんと集中してくれ。さっきから私の足を踏んでいる」

「あ、ごめんなさい。やっぱり慣れない踊りはだめだわ」


 慌てて謝ると、彼はようやく動きを止めた。

 若干息が上がっている。わたしはその比ではないので、動きが止まったことは有り難かった。日頃の運動不足が痛い。今後もう少し努力してみよう――という気にはならないが、明日は筋肉痛だろうなと思うと気が重い。


「休憩にしよう。それと、新しい型のダンスを君に仕込むのは諦めた方が良さそうだ」


 まるで舌打ちでもしそうな調子で彼は言った。


「やっと気づいて頂けて嬉しいわ」


 わたしはそう言ってほほ笑んだ。すると、彼は困ったように顔をそらして、使用人を呼び鈴で呼びつけた。どうやらお茶にするらしい。

 時刻は昼ごろ。

 この国では一日の食事は二回だ。

 夕食は夕方頃になるので、朝食からは夕食までの間に軽食をとる。


 わたしは壁際に置かれていた椅子に腰を下ろし、様子を見守る。

 使用人たちは手慣れた様子でテーブルや椅子、茶器や食器を素晴らしい早さで運びこみ、それまでがらんとしていたホールに、あっさりとティータイムを楽しめる空間を作り出してしまった。


 凄いなあと感心する。

 自分の家の場合はこんなことはしない。お茶だって自分でいれるし、食事をする部屋は決まっていて、そこでしか食べない。


 流石は大貴族だ、と思いながらわたしは席についた。右側にジェレミアが座り、左側には先ほどピアノを弾いていた夫人、タチアナが座る。

 彼女は夫であるブルーノ・グリマーニ卿と笑みを交わすとわたしに話しかけてきた。


「初めまして、レディ・ロレーヌ……と挨拶するのも何だか変な感じね。実はわたし、あなたとずっとお話してみたいと思っていたのよ。だからあなたのことは知っているの」


 わたしは思わず驚いた。

 ジェレミア以外にこんな地味な自分(ロレーヌ)を見ていたひとがいたとは思わなかったのだ。



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