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からかわないで欲しいんですが

 マダムに全ての注文を出し終えると、今度は帽子屋に向かった。


 そこでさらに、扇子などの小物も新調させられ、終いには宝石店で揃いのイヤリングとネックレスを贈られてしまった。

 幾らなんでも高価過ぎるため、借りるという扱いにして欲しいと流石のわたしも真剣に訴えた。だが、やはりというか何と言うか、姉と弟に挟まれて説得され、受け取る羽目になってしまった。


 そのアクセサリーはダイヤモンドに似た透明な宝石を微細にカットしたもので、とりわけ高価な物だった。わたしはもう少しお値段控えめのアメジストに似た方でいいと匂わせたがだめだった。

 と言うか、宝飾品は高すぎるからいらないと言外に告げてもむだだった。終いには、宝石はドレスに合わなきゃだめだ、と怒られてしまった。


 パオラと宝飾品店の店主に言わせれば、わたしの手持ちのものだと、新調するドレスには相応しくないのだそうだ。


 何でお金を使わせないようにと努力しているのに怒られなきゃならないんだろう。

 贈り物はとても嬉しいが、あまりに高価だと気後れするのに。

 手に持った箱に納められた宝石の輝きはそれは美しく、わたしなどが身につけるのがもったいないくらいだ。タチアナ辺りなら宝石も喜びそうなものだけど、と思ってまたしてもため息をつく。


 微妙な気分で馬車へと向かうと、ジェレミアとパオラが何やら話している。やがて、パオラが意味ありげな視線を送ってよこしたので、わたしは首を傾げた。しかし、その意味はすぐにわかった。わたしを乗せた馬車に乗り込んできたのはジェレミアだったからだ。

 どうやらパオラの毒舌で疲れ果てたわたしを気づかってくれたらしい。


「わざわざすみません……」

「いいや、構わないよ。それに、ちょっと見てみたいものもあったしね」

「……見てみたいもの?」


 前の座席に腰掛けたジェレミアは、実に楽しそうな顔をしており、なかなか答えが返って来ない。訊ねるのも気が引けて黙っていると、馬車がゆっくりと動き出した。

 もう少しすれば日が暮れる。

 穏やかな午後の空気はゆるやかで甘く、もうすぐ訪れる春の色みを帯びていた。

 やがて、ジェレミアはわたしの手から宝石の入った箱を取り上げると、中身を取り出した。窓から差し込む淡い橙色の光に照らされたそれは、きらきらとした光の粒を馬車の中に描き出す。


「綺麗だ、やはり、これは君に相応しい。ちょっと身につけてみてくれないか」

「え、ここでですか?」

「そう。ああ、私が付けてあげるよ、こっちへおいで」


 ジェレミアは自分の横を示した。しかし、そこはかなり狭く、相当密着する羽目になる。それはまずいんじゃないだろうかと思っていると、手を引かれて無理やり座らされた。


「あっ、あの……!」

「じっとしてて」


 首筋に息がかかり、思わずぞわりとする。胸元にひんやりとした宝石が収まると、彼はようやく元の席に戻してくれた。鼓動が速い。


「ああ、やはり良く似合う。仕立て上がったドレスを着た姿を見れば、私の言った意味がわかってもらえると思う」


 目を細め、称賛するように見られて、わたしはますます落ち着かなくなった。

 真っ直ぐに顔を見られない。決して見飽きることのない美麗な顔が、けだるげな顔をしている絶好の機会なのに、わたしはぐっ、と歯を食いしばって彼の顔を見た。


「もうこれ以上、わたしにあまり物を贈らないで下さいね。このままじゃ、いくら恋人役を頑張っても返しきれそうにありません」

「恋人役、ね……。じゃあそれは、姉の暴言に対するお詫びだとでも思っておいて貰えばいい。彼女も、悪気があってああなった訳じゃないんだ。ただ、言うこと言うこと、全てが望まない風に捕らえられたせいで、ああなってしまったんだよ」

「そ、そうだったんですか」


 胸元の宝石に手を触れながら、わたしは少し悲しげなジェレミアを見た。今日は何だか彼の意外な面を良く見た気がする。


「そう、ほら、姉は目の覚めるような美人だろう。だから、少しでも好意を匂わせるとすぐに気があるのではと誤解されてね……愛した人に気が多い女だと罵られて、それ以降、好意を持った人には悪いことを言うようになってしまったんだ。

 だから、君の悪口をたくさん言ったのだとしたら、それは姉の好意の裏返しなんだよ」

「えーと、それってつまり、わたしは彼女に好かれているという意味でしょうか」

「ああ」


 げんなりした様子のわたしに、ジェレミアは苦笑を浮かべた。何やらもの凄く嬉しそうで、楽しそうだ。理由があるとしたら、わたしがパオラに好かれたことくらいだろう。

 ますますジェレミアの態度がわからなくなってきた。


 ――わたしは恋人役、なのよね?


 何だか本当の恋人と誤解してしまいそうなので、何度となく言い聞かせる。


「でしたら、わたしも嬉しいです。じゃあ、今度からは逆の言葉に置き換えて聞いてみることにしますね。でも、慣れないとやっぱり落ち込みそう」

「はは、だろうね」


 ジェレミアはそれまでに見せたことのないような無邪気な顔で、大きく笑った。彼の顔は完全にこちらに向いており、その笑顔はひどく眩しい。

 彼が素直に笑っているところを初めて見たが、こんな風に笑うひとだったのか。なんて綺麗なのだろうと思うよりも先に、胸が締め付けられるように痛んだ。同時に、体が熱くなったように感じる。 

 今までとは違う感覚に包まれ、わたしはひどく困惑した。


 一番近いのは、感動した時の反応だろうか。わたしはきっと、初めて彼の愉快そうな顔を見られたから嬉しかったのだなと理解した。


「だけど、酷い人だと否定されなくて良かったよ。今まで姉に会った若い女性は、大抵の場合すぐに泣きだしてしまったから」

「あ~、わかります。だけど、ちゃんと聞いていれば、そんな風には思えませんよ。だって、全部わたしのための言葉でしたよ。何て言うか、ジェレミア様もパオラ様も、お優しいのに、それがわかりにくいんですよ。まるで、自分をさらけ出せる人を探すように、他人を試しているみたいな……」


 パオラの言ひとつ取って見ても、言葉面こそ酷いものの、内容は思いやりにあふれていた。ジェレミアにも似たような事が言える。長年見てきたので、そういうところも知っていた。

 ちょっと得意げにジェレミアを見やれば、何か愛おしそうなものを見る目で見られた。


「あれ、違ってましたか? だとしたらごめんなさい」

「いや、きっとそうなんだと思うよ。やはり、君はとても可愛いよ、可愛すぎて困るくらいだ」

「……、……っ!」


 思わず大きく息を飲み、目を剥く。何て恥ずかしいことをさらりと言うのかこの人は。


「……そういうセリフは、本当に好きな人に言って下さいよ」

「別にそこまで困ることはないだろう、真実を述べただけだ」

「……もういいです」


 からかう気満々らしいジェレミアから、わたしは顔を反らして眉間にしわを寄せた。自分が大して可愛くないのはわかっている。きっと、わたしが言った何かが彼の気に入らなかったのだろう。そうでなければ、単に反応が大げさだから面白かったのかもしれない。

 パオラとの行きは大変だったが、ジェレミアとの帰りの方が気づまりだ。


 わたしは早く館につけと心の中で念じつづけ、あえて彼の顔は見なかった。

 

 たっぷり観賞出来るかも、というわたしの目論見は、こうして空振りに終わったのだった。



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