(5)
「大丈夫よ、ちゃんと綺麗な女性に見えるから、ね? 見せてあげて?」
いや、そんなに無理強いをしなくとも良いのではないだろうか。私はそう思ったのだが、なんだか口を挟みにくい。
そんなに見られたくないなら、私は見ない方がいいだろう。
まあ、この状態からでも大体の想像はつく。
むしろロレーヌの方が目に毒だ。そんな彼女の方は見ないように、私は楽しむ女性たちを落ち着かせようと声を掛けようとした。
しかし、その前にデニスが立ち上がった。
彼女は強く拳を握り、呻くような声で「わかりました」と言って、振り向いた。顔が赤い。尋常ではなく赤い。それを除けば、想定内だ。
ロレーヌたちがそんなにひどいことをする訳はない。デニスは、少し目つきは鋭いものの、きちんとした淑女らしい格好に仕上がっていた。
「どうですか? 結構美人だからわたし驚いたんですよ!」
弾むロレーヌの声に、私はしばらく間を置いてから言った。
「あ、ああ、そうだな」
「ほら、言った通りでしょう?」
勝ち誇るようなパオラのセリフを聞きながら、私はそれが事実だと認めざるを得ないと思った。今まで気にしなかったのだが、考えてみれば当然の話だ。
ただ、彼女の心境を考えるともうそろそろ限界だろう。
「デニス、お前が美人なのはわかった。だが、そろそろ仕事に戻ってもらわなければ困る」
「は、はいっ! それでは着替えて参ります!」
デニスはようやく逃げ出せる、とばかりに顔を輝かせ、瞬時にそこから姿を消していた。女性陣から残念そうなため息が出る。
「まあ、いつかは見て見たかったデニーのドレス姿を見られたから、わたしは満足です。ちょっと、無理強いしちゃいましたけど、でも、デニーって本当は可愛いものとか、ドレスとか好きなんですよ」
「そうなのか?」
ロレーヌが苦笑気味に呟いた言葉に、私は驚いた。今までデニスを見てきたが、知らなかった。
「はい。でも、見た目がああで、しかも人間離れしているところがあるから、仕事に生きようって決めてたみたいで……それなら、こういう機会だけならいいんじゃないかなと思ったんですけど、ちょっとやり過ぎたかなぁ」
「こういう機会?」
「内輪だけのパーティだから、使用人たちにも参加してもらおうと思っているのよ。それなら、いつも男の格好をしている彼女にはドレスを着てもらおうと思ったの。好きなことは知っていたから」
パオラが言うと、私はなるほどと思った。デニスとの付き合いは、パオラの方が深いのだ。それに、女性にしかわからないことはある。
何にしても、その説明でなぜデニスにまでドレスを着させていたのかがわかった。とりあえず、着てもらうことは不可能そうではあるが……。
すると、話がひと段落したのを感じたのか、ルチアが思わせぶりな様子で言った。
「それはそうと、レディ・アストルガ、ロレーヌお姉様、あれをジェレミア様にお見せしないんですか?」
「ああ、そうね!」
それまでの残念そうな空気が一変、ロレーヌは喜悦の滲んだ表情になり、何やら布地が積まれたテーブルへと向かう。そこから何かを探し出し、引っ張りだして来た。
私は彼女たちが何を見せたいのかが分からず、黙ってロレーヌを見つめた。
「実はですね、ジェレミアの衣裳も考えたんです」
ロレーヌは嬉しそうに、腕に掛けた三枚ほどの衣裳を示した。私はそれらをざっと見て、嫌な予感がした。彼女の腕に掛けられているのは、異様に長い布地やら、やたらと質素な黒い布地、現在パオラが着ているのと全く同じ装飾のついたものなど、まず身に着けることはないだろうものばかりだったからだ。
「これはわたしとお揃いです。よく古い神殿で見るやつですよ、それからこれは、軍服です、パオラとお揃いですね。それからこれは、執事が着ているものです。これでお茶を淹れたりして、主従逆転の気分を味わうんですよ!」
「……」
私はどう返事をしたら良いか困った。とりあえず、ロレーヌとお揃いは嬉しいが、あれは着たくない。
だが、何も着ないのでは楽しんでいるロレーヌが悲しむかもしれない。何かしら着なくてはなるまいが……どうしたら良いものか。
「それとですね、これはわたしが昔生きてた国の民族衣装で、着物っていうんですけど、正直うろ覚えで、そうしたらここよりずっと東に行った北の国に似たような服があるって教えてもらって、再現したんです」
それはボタンがなく、ゆったりとしていて全てを紐で留めるような仕組みの服だった。馴染みのない感じだったが、着やすそうだ。色味も落ち着いていて、好感が持てる。過剰な装飾は好みではないのだ。
「ジェレミアが着ないなら、これはマルクにあげるつもりなんですよ。懐かしいかなあって思って」
「……ほう」
正直、どれなら我慢出来るか考えていたのだが、今の一言で決まった。
「だが、これなら私も着てみたい。どうだろう、試着はこれにさせてくれないか? 君のいた国の民族衣装というのにも興味があるし」
「もちろんですっ! それじゃあ、人を呼びますね」
ロレーヌは嬉しそうに言い、呼び鈴を鳴らす。すぐに男性使用人がどうやら商人らしき男性を連れて現れた。
「じゃあ、少し待っていてくれ」
「はい」
「だがその前に」
どうせ着替えるなら、と私は自分の上着を脱いでそっとロレーヌの肩に着せ掛ける。そのまま前を強く掴んで閉じると言った。
「その格好は冷える。風邪を引いて苦しむ姿は見たくないから、君も早く着替えるんだ。もっと暖かい格好に、いいな?」
「……は、はぃ」
みるみる赤くなるロレーヌを見て、私は抱きしめたいという衝動を覚えた。しかし、ここでは無理だろう。これ以上のことは出来ない。とても残念な思いを抱えたまま、私は隣室へ行った。
すると、隣からちょっとした騒ぎが起こったが、パオラがいるので大丈夫だろう。私は使用人に言われるまま着替え、商人の説明を受けながら渡された服に着替えた。
「何だか、心もとないな」
そう呟き、すぐさま隣室に戻る。
「終わったぞ」
声を掛けると、それまで響いていた声がぴたりとやむ。私は若干緊張しながら、隣室への扉を開けた。




