(2)
すぐに使用人が現れ、応接間へ案内される。
洗練された調度で飾られた室内は見慣れたまま変わらず、しかし落ち着く役には立ってくれない。
しばらくして、友人が姿を現した。
「いらっしゃい、ジェレミア。久しぶりだね、君が僕に相談なんてさ。もしかして、ロレーヌとうまく行ってないの?」
友人、ことブルーノ・グリマーニ伯爵に挨拶しようとした私は、からかい交じりに投げられた質問に詰まった。
「えーと……その様子だと、本当にうまく行ってないのかな」
ブルーノは何とも言えない表情でそう言ってから、座るように勧めてきた。勧められるまま腰を下ろし、私は訊ねた。
「なぜわかったんだ。これからそのことについて説明しようとしていたのに」
「いや、だって大抵のことはそつなくこなす君が、そんな困った顔をしている理由なんて彼女しか思いつかないから、なんとなく言ってみたんだよ」
ブルーノは苦笑気味に言った。
そんなことはない、と思ったが、そういえば友人たちに何か相談を持ち掛けた記憶はあまりない。
「それで、せっかく王都に呼び寄せて一緒にいられると喜んでいたのに、何があったんだい?」
促され、私はこれまでの経緯を簡単に話すことにした。そのことは手紙でも伝えてあるが、そこからでなければと思ったのだ。
あまり長いと迷惑だろうと思い、私はロレーヌが戻って来た辺りの事から話をした。その時の気持ちも添えて。ふたりは黙って聞いてくれたので、話しやすかったが、ついに相談内容に触れる個所へ来ると、ブルーノはなんともいえない視線を向けてきた。
いたたまれなくなった私は、一旦話を切り上げる。
すると、沈黙を話の終わりと受け取ったのか、ブルーノは戸惑い気味に訊ねてきた。
「……もしかして、まだ外出禁止、だなんて言わないよね?」
声に込められた『信じられない』というブルーノの心情が見え、すぐに目を反らして調度に目を向けた。
「その様子だと、継続中なのか。でもどうしてだい? もう事件は解決したじゃないか。殿下もそう宣言しておられたし、どうしても心配なら護衛を付ければいい話だろう。ようやく好きなところへ行けるようになったというのに」
「そうなんだが」
私は公爵邸にいるロレーヌの姿を思い浮かべた。
本の山に取り囲まれ、日がな一日そこで過ごしている彼女は、出られなくとも姉のパオラの言いつけを忠実に守る使用人たちに何くれとなく世話をされ、結構幸せそうなのだ。
あれを見て、私はどうしたらいいかわからなくなってしまったのだ。
もう、外出させてもいいのではないか。
しかし、あの幸せそうな状況を壊すのも気が引ける。もしかしたら、ああして辛かったことを忘れようとしているのかもしれないからだ。
それに、姉のパオラはまだだと言って聞かない。
あくまでも私は客分であるため、滞在している間は、彼女の意向に逆らうのは気が引ける。公爵を敵に回したくはない。
いっそのこと誰かお目付け役になれる人物を見つけて、王都のカスタルディ邸へ移ろうかとすら思ったほどだ。
なので、それとなく訊ねてみたのである。しかし……。
「当のロレーヌが、出ようとしないんだ。姉さんの言いつけに背くのが怖いのかもしれないが、自分でそうすると決めたらしい。しかも、あまり辛そうじゃないから、強くも言えない。だが、このままでは良くないのだけは確かだ」
「う~ん、状況が良く分からないからなんとも言えないな。レディ・アストルガはまだロレーヌの外出を認めていないんだろう? だったら、とりあえず様子を見るしかないんじゃないかな」
「そうか、そうだな」
頷きながらも、私は納得していなかった。あのままでいいはずはない。それだけは確信していると言うのに、状況が行動に移すことをためらわせる。
「……君が、誰より優しいのは知っているよ」
沈黙していると、ブルーノが不意に言った。私は相変わらず穏やかな笑みを浮かべている友人を見た。
「僕だけじゃない、彼女も知っているだろうね。だから、彼女が出ようとしないのは、レディ・アストルガの言いつけを守っているからではなく、君やまわりの人たちを安心させたいからなんじゃないかな?」
そう問われて、私は少し考えた。
もしかしたらそうなのではないかと思ったことはある。あの奇矯な行動も全て安心させるためにやっていると考えれば、すんなりと理解できた。
ただそれにしては、とてつもなく楽しそうすぎるような気がしないでもない。
「だから、それとなくもう大丈夫だと伝えれば自然とやめると思うよ」
「そうか、やはりそうするしかないか」
私は大きなため息をついて、話を切り上げることにした。
「ありがとう。話を聞いて貰えて少しは楽になった」
「それなら良かった。本当は僕じゃなくてタチアナがいればもう少し参考になることを言ってあげられただろうけどね」
それに対してはその通りだと思ったが、本当に話せただけで少しは楽になったのだ。こうして、突然のことにも快く応対してくれる友人がいる。それがただ嬉しかった。
私は再度礼を告げて、グリマーニ邸を後にした。
◆
アストルガ邸に戻った私は、とりあえずロレーヌの様子を見に行くことにした。状況が大して変わっていないだろうことは見るまでもなくわかっていたが、それでも少しは何か変化があるかと淡い期待を抱いてもいた。
部屋に近づくと、日がな一日ロレーヌの世話を幸せそうに焼いているうちの片割れ、デニスと出くわした。
彼女の手には空のカップとソーサーの乗った盆があり、少し前までお茶をしていたらしいことがうかがえた。
「ジェレミア様、お戻りなられたのですね」
「ああ、ロレーヌは?」
問いながら顔を見ると、デニスは嬉しそうだった。良く見ないとわからないくらい微かではあるが、楽しくてたまらない様子だ。
それはそうだろう。
彼女が薦めた娯楽小説を主が気に入ってくれたのだ。
そんな顔を見ると、ふたりを引き合わせたことが正解だったと心から思えてくる。デニスは努力家だ。だが、やや行き過ぎたところがあることと、外見のせいで誤解されやすいため、その真価を理解されてこなかった。
良かった、と思いながら私は返事を待った。
※お知らせ。12月12日、アリアンローズ様よりこの作品の最終巻が発売されます。もしよろしければ、お手にとって頂けると幸いです。




