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観賞対象から告白されました。  作者: 蜃
短編 未来への約束
141/148

(1)

※更新は隔週を予定していますが、体調や多忙により遅れる可能性があります。



 本当に大切なものを見つけたら、何としてでもそれを手にしたいと思うのが人間だろう。実際、私はこの冬必死だった。


 私、ジェレミア・カスタルディは侯爵の子息に生まれ、容姿も整っており、多くの令嬢や未亡人の結婚相手としてかなりの優良物件だ。それはわかっていたが、過去の経験から、相手選びは慎重にしなければと思っていた。

 しかし、どこを見ても、それなりに妥協できそうな相手しかおらず、結婚と言う問題は常に後回しにしてきた。


 そこへ、突如として現れた女性がいた。

 名はロレーヌ・バルクール男爵令嬢。

 彼女は私の過去を払拭してくれたうえ、とても魅力的な内面を持っていた。何としてでも妻にすると決め、悪戦苦闘したあげく、ようやく婚約出来たのだ。


 だが、まだ婚約期間中なのでいつも一緒にはいられず、気を利かせてくれた姉のパオラが王都へ呼び寄せてくれた。これで、少しはともに過ごせると喜んだのだが、王都では様々な事件が起こっており、しかも、それには記憶持ちたちが関わっていた。


 結果、記憶持ちであり、貴族という身分を持つロレーヌは、彼らの事件に巻き込まれ、私のいない隙に誘拐されてしまったのだ。何とかこの手で探し出したいと思ったが、結局は何も出来なかった。


 彼女が見つからない間、様々なことを考え、不安で眠れず、調度忙しかったこともあり、仕事や雑務で気を紛らわせ、それでも、たまらずに警察の知り合いに話をしに行き、事件に関わっていそうな人物を見つければ足を運んだ。


 ついには、この国の第二王子、アドリアン殿下が動いていることを知り、協力すると持ち掛けて行動を共にした。

 そして、彼女を見つけたのだ。


 見慣れた野暮ったいドレスなどより遥かにひどい、薄汚れた服装で、美しい金色の髪を雑にまとめ、飾りひとつつけずに。

 色艶の良かった肌は少しくすんで、身体は少し痩せてしまっていた。

 その姿に、私は早く連れ帰りたくてたまらなかった。


 汚れを拭き、たっぷりと食事をとらせ、ゆっくりと休ませて、綺麗なものをまとわせ、日常を取り戻させたい。


 ロレーヌは一瞬目が合うと、どこか衝撃を受けたような顔をした。それから、嬉しいような、信じられないような、何より不安でたまらない様子でこちらを見た。

 どれほど、大丈夫だと言ってやりたかったかわからない。


 しかし、ほどなくしてロレーヌは私ですら気を引き締めなければ相手の出来ないような方々と怒鳴り合いを始めたのだ。

 あれには驚いた。

 終いには殿下とまで言い合いをしたので、こちらの身が細る思いだった。


 どこに、あれほどの気力が眠っていたのだろうと思うほどだ。いつもあまり自分の欲しいものは言わず、声を荒げることなどない。

 だが、それはある光景と重なって見えた。

 あの、私の友人を弄んだ女を、そっと窘めた時だ。


 私はその時、変わらないロレーヌの心をはっきりと見た気がした。


 全てが済み、ロレーヌは解放されたが、中々その場から動かない。私がいることは知っているはずなのに、こちらを見ようともしない。いつもなら、穴が開くほど見つめてくる金色の目がこちらを向かないのだ。

 

 焦れる思いで私は彼女の元へ向かい、その小さな体を抱きしめた。


 ロレーヌはすぐには私を見なかったが、少しずつ話すうち、ようやくこちらを向いてくれた。彼女は小さく震え、疲れた目をしていた。


 その目に映る色を見て、私は理解した。

 彼女は何かを恐れていることを。その何か、はわからなかったが、安心させたくて話を続けた。私が声を聴きたかったのもある。そうするうち、ロレーヌの気持ちも落ち着いて来たようだった。


 そのせいか、帰りの馬車では、ようやくいつもの笑顔を見せてくれた。少しばかりからかってしまったが、それが良かったようだ。

 思いがけず、無防備な姿を見られたからだ。

 

 普段は遠慮しているのか、まだ完全に気を許してはいないのか、自分からはあまり触れてくることはなく、それどころかこちらが寄っていくと逃げ腰になるのだが、その時ばかりは私にもたれかかり、そのまま落ちるように眠ってしまった。


 ロレーヌの心から安心した寝顔を見て、私もまた安堵していた。


 そして、ようやく手にした大切な女性ひとを見た。


 失ってしまったのではないか、心が変わったのではないかとずっと不安だったのに、こうして近くにいればすぐにそれは霧散する。

 馬鹿馬鹿しくさえ思えるほどに。


 しかし、今回のことで私は思い知らされた気がしていた。


 大切な存在は、手にするだけではだめなのだと言うことを。何もしないままでは、いつか失ってしまうのだと。

 私はロレーヌの寝息を聞きながら、何が出来るのだろうと考えた。


 そうするうちに公爵邸へ到着した。しかし、ロレーヌはまだ深い眠りに落ちたままだ。特に考えることもなく、自然に抱きかかえて部屋へ連れていくことにした。


 ロレーヌを見た姉は、ようやく険しかった表情を緩めてから、すぐに何か考えるような顔をした。

 それから、私に言ったのだ……。


 しばらくの間、ロレーヌをここから出さないようにする、と。良い考えだと思った。ロレーヌはやや衰弱している。じっくりと休んでもらい、その間に対策を練ればいい。私は姉の提案にあっさりと乗った。


 そのことを後悔する羽目になるとは知らずに――。



  ◆


 

 御者に馬車を止めるように命じた私は、自ら扉を開けて外に降り立った。


 途端、身をすくませる冷気を感じて、反射的に襟元を掻き合わせる。空はどんよりと曇り、まるでこの気分を代弁しているようにすら感じられる。ひとつ、ため息をついて、ゆっくりと歩く。


 博物館に隣接する建物。その入り口を見て、私は立ち止まった。白で統一された壁や柱の美しい、落ち着いた装いの家。

 そこは王都にある友人の家だ。今回、私は彼に相談事があってやって来たのだ。本音を言えば彼の妻にも同席していて欲しかった。彼女の忌憚ない意見は非常に参考になるのだ。


 だが、今回友人は所用で単身王都にやってきただけ。すぐにも領地へ帰りたいだろう彼だったが、たまたま会った私の様子に、話をしようと言ってくれたのである。こちらに断る理由はなかった。


 そんな訳で、こうしてここにやって来た訳だ。


 だというのに、なんとなくすぐに入るのがためらわれ、しばしそこで建物を眺めてしまう。あえて馬車を離れた場所で止めたのもそのためだ。

 だが、こうしていてもらちが明かない。

 私は意を決し、ノッカーに手を伸ばした。


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