華麗に変身する予定らしいです
マダム・サブリーナの店。
そう看板に書いてあった通り、仕立屋の主は恰幅の良い女主人だった。彼女の周辺ではお針子がちょこまかと働いており、わたしたち以外にも何人かお客がいた。
「あらまあ、カスタルディのお嬢様! よくいらっしゃいました、今日はどのようなものをお求めに?」
「お久しぶりね、マダム。今日はわたしではなくて、彼女の服を仕立てて貰いに来たのよ。彼女、まわりに助言してくれる方がいなかったらしいの。
でも、ジェレミアの隣に立つなら、このままではだめだと思ってね」
マダムの濃い褐色の瞳がわたしを捕らえた。ロックオンされた気がする。眼鏡の奥から品定めされるように見られ、わたしは落ち着かなくなった。
「あら、ではようやくジェレミア卿も身を固めるご決断を下された訳ですね。おめでとうございます、これでカスタルディ家もわたしの店も安泰ですわ。
さてさて、いらっしゃいな、寸法を測りましょうね、こちらへどうぞ」
「あ、はい! よろしくお願いします」
わたしは慌てて答えると、店の奥へと向かった。
それからはドレスを脱いで、採寸。終わった後は用意してくれた椅子にジェレミアと並んで掛け、前で布地を手にしたパオラとマダムが何やら激論を戦わせているのを聞くばかりだった。もはや、何を言っているのかわからない。わからないことすらわからない。
それでも、手持ちの服やその色、どんなデザインでどんな飾りが施されているかについての質問に答えると、ひどく残念そうな声が複数から聞こえた。
待て、今のため息は三人分だけじゃなかったぞ。
店のお客さんたち、人の話を勝手に聞くのは仕方ないけど態度に出すのはやめて欲しい。
しかもあからさまに同情の声も混じっていた。悲しくなるから放っておいてはくれまいか。自分のセンスのなさくらい良く知ってるよ。
何しろ、こんな地味顔と寸胴が一生懸命装いに工夫をこらして頑張っちゃった時点でなんだか痛々しい気がしたので、そちら方面の情報にはあまり触れてこなかった。
仕立屋や小間使いには、なるべく派手ではないものとを厳命していたので、結果として貞淑ではあるが地味で見栄えのしないものばかりになってしまったのである。
それでも、夜会用のドレスだけは母が口を出したので一応華やかだが、極端な露出をわたしが嫌った結果、地味成分が増加してしまった。
「もう、なぜ誰も注意しなかったのかしら。確かに、バルクール家のある場所は辺鄙な場所だし、周囲には豊かな自然くらいしかないけど、それにしたって、何で茶色と灰色ばっかりなのよ! 獣に襲われないための保護色のつもりかと言いたくなるわ、何て事!」
もう言ってる……パオラは相変わらずの毒舌で頭を抱える仕草をした。
「そうですよ、オールドミスならいざ知らず、若い娘がそんな色ばかりだなんて、しかも話を聞いたぶんだとデザインは流行遅れどころか前世紀の遺物みたいなものばかり。
もうこうなったら一式作ってしまいましょう! ジェレミア卿、よろしいでしょうか?」
鼻息荒く決意をみなぎらせたマダムに、ジェレミアは真剣な表情でうなずいた。
「ああ、是非頼むよ。この機会に、彼女を目覚めさせてあげて欲しい。装うことの楽しさを知らないようだからね。代金はいくらかかっても構わない」
「ちょ、ちょっと待って下さい! いくらかかってもって、流石にそれは困ります。大体、下着まではいらないじゃないですか。結婚する訳でもないのだし、それに乗馬服も普段のドレスもこのままで」
「だめよ! こんな……こんな格好をさせておく訳にはいかないわ! そうでしょ、だって将来の義妹なのよ、と言うことは将来の侯爵夫人と言うことよ。レディ・カスタルディがそんなもっさい格好しているだなんて絶対に許されないわ! ちゃんと地位に相応しい格好をするべきよ!」
ええええぇ~……。
どうやらパオラの脳内ではわたしとジェレミアはもう結婚しているようだった。
それはいくらなんでも行き過ぎではないだろうか。
大体、わたしとジェレミアとは何度か顔を合わせて挨拶を交わしてきただけの知り合いだったのだ。それがついこの間、恋人役になって欲しいと頼まれ、急接近。それだけでも大変だと思っていたのに、今度は婚約話にまで発展。そして現在ではどうやら結婚確定扱い。
いくらなんでも飛躍し過ぎている。最早ついていけない。どんな思考回路をなさっているのか。
これにはジェレミアも困っているだろう、わたしはあくまでも「恋人の役」なのだから、と思って助けを乞うように横を見ると、何やら甘い笑顔とぶつかった。あれ、わたしの予想だと困ったような笑顔が返ってくるはずなのだが。
これではまるで、本当の恋人に向ける笑顔ではないか。
心臓が危うく停止しそうになるが、そこを何とか踏みとどまる。
「心配せずとも、このくらいの出費は何でもない。楽しみにしているといい。この館での集まり最後の日に、また舞踏会が予定されているから、そこでお披露目することになるだろう。周囲がアッと言うのが目に見えるようだ、楽しみだよ」
「はあ……でも」
やはり幾らかはわたしが出すべきではないだろうか、と言おうとした唇に、ジェレミアが人差し指を当ててから、片目をつぶって見せた。
「それ以上は聞かないよ。君は黙ってドレスが出来てくるのを待つんだ、わかったね」
何と言う反則技。わたしは頭が真っ白になり、無意識に顔を縦に振ってしまっていた。恐らく、一種の催眠効果もあったと思われる。
わたしは唇から離れて行った指を見ながら、演技が上手すぎると思った。
その場に倒れなかった自分を褒めてやりたい。まあ、ぼーっとはしていただろうが、それは多分、恋人にうっとりしている若い娘にしか見えなかっただろうからよしとする。
――だけど、あんまり長い状態恋人役をつづけないほうが良さそうだわ。
火照った頬を冷えた手でさましつつ、わたしは小さく嘆息した。そうだ、良くない。このまま行ったら、わたしは確実に彼に恋してしまう。それだけは避けたい。
だが、今さら後には引けない。
――しっかりしろ、アレは観賞対象なんだから。
わたしは自分に言い聞かせながら、今度はジェレミアも参加した激論大会の様子をながめた。なにはともあれ、新しいドレスを着られることは素直に嬉しい。
どんな風に出来あがるのだろう、と意識を別の方に振り向けた。