(82) 祝祭日は多忙
「私が望むのは、君が自分で自分の魅力を殺さないようにする術と、社交界で身を守る術を覚えてもらうことくらいだ」
泣きかけていたわたしは、ジェレミアのその発言に詰まった。それこそ、わたしが最も不得手とするものだからだ。
「ああ、そうだ、もう一つあった」
「も、もう一つ?」
「あまり、他の男に目を向けないでくれ。今回、私は自分の忍耐力について学ばされたが、結論からするとあまり持たないから」
笑顔で放たれた発言に、わたしはさらに詰まる。
何しろ長年の習慣がまだ抜けない。ジェレミアを眺めていれば十分幸せなので、他のイケメン成分を補給する必要はないのだが、目が勝手に動いてしまうのである。
「はい、何とかします」
すっかり涙も引っ込み、わたしはしおらしくそう答えた。だって、他に言いようがない。
すると、満足したのかジェレミアは「よし」と頷く。それで終わりかな、と思っていると、彼はさらに距離を縮めてきた。
わたしの脳みその理解が追いつく前に、肩を起こされ、膝の裏に腕が差し込まれ、ふわっとした浮遊感を覚える。
「……っ!」
思わず上げかけた悲鳴を懸命に呑み込み、わたしは自身の体が置かれた状況に大混乱した。
なぜなら、お姫様抱っこの状態だったからだ。しかもどこかへどんどん運ばれていく。方向は明らかに寝室だ。
「え、あの、まだ眠くないんですけど。それに食事も……」
「眠くなくても疲れているだろう。こんな寒々しい場所じゃなくて、もっと暖かい場所で休むべきだ」
「そうですけど!」
確かに彼の言う通りだ。
かなり気温も高くなってきてはいるが、まだかなり寒い。それでも、ベッドまで行くことすら億劫で、結局長椅子に横になった。
それに、休んだことで体力も気力もそこそこ回復している。
これなら晩餐に出られるかもと思っていたのに。
「眠くないなら、一緒に食事をしようか。考えてみれば、せっかく一緒にいたくてここに来たのに、余計なことばかりであまりいられなかった。少しは埋め合わせをしたい」
「でも、パオラも待っていると……」
「気にしなくていい、私が言っておく」
そこまで言い切られると最早何も言えない。
嫌なわけではないのだ。
けれど、これじゃあ何だか初夜の予行練習みたいで落ち着かない。それはもう、訳も分からず暴れたいくらいだ。
まあ、そんなことはしないが。
などと大混乱しているうちに、そっと寝台の真ん中に下ろされる。ふかふかの寝台に座り込むと、体が沈み込んだ。
「それじゃあ、ドーラを呼んでもう少し楽な格好にしてもらうように。私は話をしてくるから、大人しく待っているんだ」
いいね、と威圧するように付け加え、ジェレミアは身をひるがえして出ていく。その背中を見送り、わたしは前のめりに倒れた。
――絶対にからかわれてるっ!
色々迷惑かけたし、その仕返しだろうか。
わたしはふと、もしかしたらと思った。晩餐では、マルクと顔を合わせることになるかもしれない。それが嫌だったとか。
つい浮かんだ想像に、力ない笑いが漏れた。
そんな訳あるはずない。とは言え、こんな形でも一緒にいられるのは嬉しい。どれだけ見ても飽きることのない、愛しい顔。その姿。
好きなだけ近くで見ていられる。
言葉を交わせる。
わたしはひとり「ふふっ」と笑うと、言われた通りにドーラを呼ぶことにしたのだった。
◆
ハビエル祭当日。
貴族たちはそれぞれ春らしい装いに身を包み、まだ日も高い内に外出する。そうして、近所の家を訪ねまわり、春の訪れを祝う言葉を贈りあうのだ。
行き違いになってしまう場合もあるが、その場合はもう一度訪問することになる。
男性たちは大抵うんざり顔で、対照的に女性たちは鼻息も荒く意気揚々と出かけていく。と言うのも、ほとんどの貴族の女性はこの時期にドレスを新調し、お互いのレベルを図り合うのである。
これから訪れる社交の季節に向けての前哨戦のようなものだ。
バルクール領ではもっと穏やかに過ごしていたし、夜のご馳走や、ちょっとした集まりを楽しんでいただけなので、これには面食らってしまった。
日中はそれですべての時間がつぶれる。
食事はサンドイッチみたいな軽食を持って歩き、午後になってやっと帰宅すると、それだけで疲労困憊だった。
「は、ハード……」
わたしはパオラについて回った後、ようやく邸に戻って来るなり部屋のソファに倒れるように座った。
「大丈夫ですか?」
心配そうな顔で声を掛けてきたドーラに、わたしは苦笑いを浮かべて言った。
「少し休めば何とか……でもまだ終わりじゃないのよね」
わたしはちらり、とドーラの手元を見て憂鬱な気分で言った。彼女の腕には、すでに夜用のドレスがあり、心配そうな表情とは裏腹に首から下は着替えさせる気が満々である。
それも仕方がない。ドーラはようやく外を出歩くことが出来るようになるこの時を待ち構えていたのだから。
まあ、そのおかげか訪問した家の令嬢たちに変な顔をされることもなく、むしろ羨ましげな視線を向けてもらえたのだが。
「とりあえず、ちょっと休ませて欲しいの」
「わかりました。ではわたしはもう少しちゃんとアクセサリーを選んで参りますね」
ドーラはそわそわとそう告げて立ち去る。入れ替わりにお茶を持ってきてくれたデニスは、わたしの姿を見て眉根を寄せた。
「ロレーヌ様、お茶をお持ちしました」
「ありがとう。……?」
手渡されたカップを見たわたしは一瞬、何かが違うことに気づいて中身をまじまじと眺めた。なんだろう、色も匂いもいつものお茶とは違う気がする。
わたしはカップに口は付けず、もの説いたげにデニスの顔を見た。
「それは薬草茶ですよ。花を乾燥させたものだそうです」
「道理で、良い香り」
「どうもお疲れのようでしたので、変えてみました。もしお口に合わなければいつものものに戻しますが……」
気づかわしげな声に、わたしはとりあえず口をつける。甘くて果物のような味だ。少し草っぽさもあるけれど、かえって効きそうである。何も言わずにそのまま半分ほど干すと、わたしは言った。




