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観賞対象から告白されました。  作者: 蜃
続編 「冬の王都で危険な出会い?」
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(78) アイツの帰還



 その人物――パオロはわたしの姿を見るなり、ぱっと笑顔になってこちらにやってきた。

 警戒したデニスが、わたしの前に立って問う。


「なぜお前がここにいる?」


「なぜって、挨拶に来たんだよ。ちょっとした用事も頼まれてね」


 パオロは明るい笑顔でそう言った。

 わたしは困惑しながらパオロを観察する。服は清潔そうだし、飢えている様子もない。じつに健康そうで、とても軍に捕まっていたようには見えない。


 とりあえず、わたしは気になることを聞いてみることにした。


「大丈夫だったの?」


「何が?」


 きょとんとした顔で問い返され、わたしはパオロの全身をじろじろと眺めながらもう一度言った。


「だって、捕まってたんじゃないの?」


「そうだよ。でも釈放された……俺はいらないってさ」


 あっけらかんと告げられる。それだと何が起こったのかさっぱりわからない。わたしはさらに質問をつづけるべく口を開こうとした。

 が、パオロの方が早かった。


「あ~、そうだな、ちゃんと説明する。だから入ってもいいかな」


 邸を指さして言うパオロに、わたしは一瞬言葉に詰まる。だって、わたしはあくまでここの客なのだ。人を招いてはいけない訳ではないが、許可が必要だろうし、何より相手がパオロである。

 

 場合によっては、即刻叩き出されかねない。

 ついでに、ルチアにばったり会われたりしたら大変だ。どうせなら外で話したいが、外出するとジェレミアが心配する。

 さてどうしたものか、と返事を保留していると、何かを察したパオロが「わかった」と言って歩き出した。


「えっ、どこ行くの?」


「俺が先に許可を取ってくればいいんだ」


「いや、だけど」


「平気だよ。秘密兵器もあるからさ」


 そう言ってウインクを寄越す。様になっているなあ、と思いつつも、なぜという思いが消えないため、わたしは不審な目で彼を見た。

 しかし、パオロはそんなわたしにお構いなく、さっさと邸に入っていってしまう。止める間もなかった。


 わたしは慌てて後を追う。

 すると、驚愕に満ちた声が聞こえた。あの声は多分執事だろう。玄関ホールにひとがいるのに気づいて来たのかもしれない。


「なぜここにいるんだ!」


「用事があって来ました。奥様にお目通り願いたいのですが?」


「そんな訳に行くか。お前は二度と入れるなと命じられて……」


 執事はパオロの見せた紙を見て言葉を止めた。それから、不審そうな目でパオロと紙を交互に見る。


「そんなバカな、奥様が何て言うか。旦那様は一体何をお考えなのだ……いやそれより、どうしてお前がこんなものを」


「諸事情ありまして、拝謁する機会に恵まれまして」


 執事の顔がどことなく恨めしげなものになるが、そこは一流の使用人。ため息ひとつついた後、いかにも渋々という体ではあるが、パオロに言った。


「仕方ないな。奥様に取り次ごう……それまでは、応接間で待っていてくれ」


「わかりました」


 パオロが返事をすると、執事はまだ首を傾げつつも邸へと消えていく。それからすぐに振り向き、もの凄く明るい笑顔で言った。


「それじゃあ、行こう」


 わたしは否とも言えず、ただ頷くとデニスと一緒にパオロの後について邸へと戻った。



   ◆



 応接間につくと、パオロは慣れた様子で暖炉をいじり、それからようやく椅子に掛けると言った。


「ええと、何から話そうかな」


「何でもいいよ。何もわからないから」


 そう言うと、パオロは「そうだよなあ」とぼやくように言って、少し考え込んでからわたしを見ると突然頭を下げた。

 いきなりのことでびっくりし、思わず彼を凝視する。


「まずは、ありがとう。お前のおかげで助かったよ。俺だけじゃなくて、みんな思ってる。会えたら代わりに言ってくれって頼まれた」


 それで、パオロが何を言っているのかすぐにわかった。何しろ、この間エミーリオが来て説明してくれたばかりだ。

 それでも、こうして改めて言われると、何だか面映ゆくて、どう返事したらいいか迷う。

 少し迷った末、ふとあの手記のことを思い出した。


「ねえ、どうしてわたしの書いてたあれを、殿下に渡したの? それに、なんであなたがあれを持ってたの?」


 もしも会えたら聞こうと思っていたのだ。エミーリオは、パオロがあれを渡してきたと言っていた。と言うことは、パオロはあの最中にどうにかしてあれを回収し、所持していたということになる。


「ああ、だってあのまま置いておいたら捨てられるかもしれないと思ったから。もったいないだろ、あんなに頑張って書いてたのに。それに、中身が気になってたんだ」


「と言うことは読んだのね?」


 問うと、彼はあっさり頷いた。別に恥ずかしい内容じゃないので構わないと言えば構わないのだが、なんとはなしに気恥ずかしい。


「読んでみて、思ったんだ。あいつらも知るべきだってね。それで、一番頼みやすそうなあいつに渡した。ほら、あの軽薄そうな中佐だよ。面識があるし、ロレーヌに執着してるようだったから、渡しても雑には扱わないだろうと思ってさ」


 そう言われ、わたしは捕らわれているときのことを思い出してしまった。ふたり揃って、胃の痛くなるようなことを言ってくれたので、忘れたくても忘れられない。

 わたしは嘆息し「まあ、そうでしょうね」と頷いた。


「まさか、それがこんな結果になるとは思わなかったけど、ありがとう。俺たち、お前に助けられてばかりだな」


「ううん、わたしは役に立てて嬉しい」


 言いながら、改めてみんなの役に立てたのだということを実感し、わたしは自然と笑んでしまう。

 すると、パオロは微妙な顔になった。


 もしかしたら、助けられてばかりなのが悔しいのだろうか。聞いてみたいが聞きにくい。そう思っていると、何の前触れもななく扉が開いて、冷気と共に、不快感を全身からみなぎらせたパオラが部屋へと入って来た。


 わたしとパオロは反射的に彼女の方へと視線を向ける。

 こちらをじろり、と見たパオラは珍しく動揺しているようで、わたしは思わず目を瞬いてしまった。



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