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観賞対象から告白されました。  作者: 蜃
続編 「冬の王都で危険な出会い?」
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(74) 戻って来た手記



「それで、カルデラーラ中佐、いつになったらご要件をお話ししていただけるのかしら?」


 パオラが呆れきった声で問うた。

 すると、エミーリオは肩をすくめておどけた様子で答えた。


「失礼。ロレーヌ嬢と会えて嬉しくて舞い上がってしまいました」


「そう。ではそろそろ落ち着いたかしら。まだ落ち着かないようなら、日を改めていただきたいのだけれど……わたしもロレーヌもこれから用事があるの。今すぐ要件を話していただけないのなら、そろそろお引き取り下さる?」


 どこまでも優雅さを失わない声と、美しさを損なわない完璧な笑顔でパオラはそう言った。

 なんだろう、寒気がする。

 部屋は暖められているけど、それでも寒い。


 わたしは若干引きつりつつエミーリオを見た。すると、それまでパーフェクトだって彼の笑みにほころびが生じている。


 まあ、それは仕方ないだろう。

 あからさまではないものの、用がないならとっとと出ていけと言われたのだ。


 エミーリオは小さく咳払いし、「それは申し訳ない」と前置きしてから、足元に置かれていた何かが入った袋を取り上げた。


 そこから出されたのは、なんとなく見覚えのある紙束だった。


 エミーリオは立ち上がり、わたしの近くまで来てそれを渡してから再び席に戻る。わたしは手元の紙束に目を落とし、その表紙に書かれて文字を見て思わず声を上げた。


「これ、どうして……?」


 それは、わたしがカッシーニらに捕らわれていた時、何かの役に立てばと思って書き記していた仲間たちの情報だった。いや、情報と言うより、それぞれがかつて経験した人生の略歴というべきかもしれない。実際、書かれているのはそういうことばかりだ。


「ロレーヌ嬢が書かれたものでしょう。もう内容は確認しましたから、俺の主が持ち主に返しておくように、と」


「主って……」


 手元の紙束から顔を上げてエミーリオを見ると、彼は平然と頷いて言った。


「ええ、アドリアン殿下です」


 その名前を聞いて、わたしは「うっ」と呻いた。

 第二王子のことはなるべく考えないようにしていたのに、やはりそういう訳にもいかないらしい。


 わたしは再び紙束を見る。表紙にはわたしの名前がサインしてあり、最後に見たときとそう変化はない。ただし、何者かに読まれたらしき痕跡は残っている。


 実のところ、これを持ち出せなかったことは心残りだった。

 みんなとのつながりを確認できる唯一のものだったからだ。だから全て終わった後で、探せないかと思ったのだが、しばらくの間、わたしは公爵邸から出ないことにしている。

 なので、この邸の従僕に頼んだりもしたのだが、あの場所は軍が所有することになったので、勝手に何か探したりできなくなっていたと告げられてしまった。


 そこでもう諦めていたのだが、まさか、こんな形で返ってこようとは。しかもよりによって、王子殿下が読んでいたとは。


「……そうですか」


 その上、わたしは知らなかったとはいえ殿下に対してけんか腰で言葉を発したのである。不敬罪で捕まらなくて良かったと思いつつ、理由がわからないので今もって怖い。

 もう二度と王宮には行けない気がする。

 とはいえ、後悔はしていない。


「それは熱心に読んでおられました。殿下はロレーヌ嬢に大変興味を持ったみたいです。まあ、俺としてはありがたいですけど。こうして会いに来る口実が出来る訳ですしね」


 エミーリオがそれは嬉しそうに言うと、パオラが苦いものを口に詰められたような顔をした。

 なるほど、いかにパオラであっても、殿下の命令で動いているエミーリオを追い返すことなどできようはずもない。


 わたしはそれを見ながら、ますます訳がわからなくなった。

 正直、興味を持たれるようなことをしたつもりはない。それとも単純に、記憶持ちだからだろうか。

 それなら理解できるけど。


「えーと、とりあえず、お役に立てたなら良かったです」


 エミーリオの口説き文句はスルーし、わたしは言った。

 すると、エミーリオは肩を落とす。


「流さないでくれませんか。……いや、何でもないです」


 パオラに睨まれ、エミーリオは再び咳払いする。わたしはそんな彼を生ぬるい目で見つめた。

 やがて空気に耐えられなくなったのか、またしても荷物から何かを取り出してわたしに渡した。


「これは?」


「殿下からの感謝状です。それから、彼らは元気にしていると言っておくよう言われました」


 わたしは封筒から顔を上げてエミーリオを見た。彼は頷いて、話を続ける。


「恐らく気にしているだろうからと。

 他には、首謀者のカッシーニとその腹心たちは罪を償わなければならないけど、そうでない者については軽い裁きで済ませられるよう尽力していることと、それと、心配なら王宮の兵舎を訪ねるように、だそうです」


 わたしは、渡された手紙に目を落とした。

 やたらと質の良い紙に、王家を示す封蝋。間違いなく、王家の人間からの手紙だ。


 ――信じられない。


 しかし、それは厳然として存在している。薄っぺらい紙だけれど、確かに存在しているのだ。わたしがじっ、とそれを見ていると、エミーリオはさらにつづける。


「そこで、殿下と直属の部下たちで話を聞いて、彼らが持つ知識や技術について調査してます。ロレーヌ嬢が置いて行ってくれたあの手記のおかげで、彼らの人となりを知ることが出来たので、有用そうな人物から話を聞くことが出来た、と殿下は仰ってましたね」


「そ、そうですか。でも、良くわかりましたね、こんなものがあるなんて、すぐには気づかないでしょうし」


「確かに。ですから、それは俺たちが見つけたんじゃなくて、赤毛の青年、ロレーヌ嬢といつも一緒にいた彼が俺に渡してくれたんです。確か、『これは殿下に食って掛かった令嬢の書いたものだから、返してやってくれ』って言ってね」


 思わず目を見開いてエミーリオを見る。それは間違いなくパオロだ。でも、どうしてそんなことをしたのだろう。


「それで中を確認したところ、これは殿下にもお見せしたほうが良いと思ったんですよ。同僚にも相談しましたけど、同じ意見でした。その結果、今ごろ返すことになってしまったんですが、それがあったおかげで、色々なことが早く進んだのも事実です。きっと、彼はわかってて俺にそれを見せたんじゃないかな」


 エミーリオの話を聞きながら、わたしは手元の紙束をそっと撫でた。よくわからないが、これがみんなの役に立ったらしい。

 それが嬉しくて、わたしは言った。


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