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血の繋がりは意外な所にも現れる

 まさか率直に「顔」と言う訳にもいかないだろう。

 そんなことを言ったら軽蔑されるだけでなく、ジェレミアの頼みごとも台無しだ。わたしは何とか頭を回転させて、彼のいいところをあげつらってみた。


「そうですね、真っ直ぐなところでしょうか。

 決して心にもないことは言いませんから、安心なんです。

 それに、親切ですわ。自分では気づけない欠点も指摘して下さるだけでなく、どうすれば克服出来るのか真剣に考えて下さって……あれほどの美男子なのに、それを鼻に掛けている様子があまりないところも素敵だと思います」


 遠くから観察して得た情報と、つい先日の失礼な言葉の列挙から何とかひねり出した結論を述べると、パオラの顔が輝いた。


「まあ、素晴らしいわ。他の令嬢方が気づけなかったあの子の良さが本当にわかっていらっしゃる。 

 あの子はほら、甘い顔立ちで将来も約束されているでしょう。それがあまりにも魅力的すぎて、皆そちらに目がくらみ、誰もあの子の本質に気づけないの。

 本当は優しくて、嘘のつけない繊細な子なのよ。何て嬉しいのでしょう、貴女が義妹になると思うとこんなに嬉しいことはないわ」


 白い手袋に包まれた繊手が伸びてきてわたしの小さい手を包んだ。

 向けられた菫色の眼差しからあふれる親愛の情に胸が痛む。違う、違うよと言いたいが、それを言ったらおしまいなので、わたしは笑みを張りつけたままうなずく。


「わたしも貴女のように美しい姉を持てると思うと誇らしいです」

「あら、褒めても大したものは出なくてよ」


 パオラは嬉しそうに笑う。


「けど、まずは貴女に似合うドレスをお見立てしなくてはね。

 このまま社交の季節を迎えたら、きっと野暮ったいだの地味だのもさいだの垢抜けないだの見苦しいだの安っぽいだのみすぼらしいだのと陰で言われて、どうせ田舎男爵令嬢なんてあの程度だと鼻で笑われてしまうわ。

 素材は良いのに、これでは花が開く前に蕾のまま腐り落ちてしまうじゃないの。せっかく綺麗な髪と肌をしているのに、何てこと」


 やや考え込むようにわたしをじっくりと眺めるパオラ。

 わたしに何が似合うのか、真剣に吟味してくれているらしい。

 それは嬉しい、嬉しいのだが――。

 

 その一方でわたしは痛感していた。


 確実に姉弟だこいつら。


 と言うか、今のセリフはジェレミアよりひどかったと思うが気のせいだろうか。ジェレミアは、地味だ影が薄いだは言ったが、野暮ったいだのもさいだのまでは言わなかった。

 て言うか、けっこうたくさん悪口が飛び出してたよね。

 よくそんなに語彙があるなと、違う意味でわたしは感心してしまった。


「わたしの夫もね、公爵位にありながら今いち着飾ることが得意じゃなくて、ひどかったのよ。でね、口説いてきた時に散々言ってやったの、もう少し装いに気を使えって、そうしたら即求婚されて、貴女のような女性を待っていたのですって。

 言葉を飾らない貴女は素敵だと言われて、最初は嫌だったけれど、やっぱり言われ続ければ……あら、話がそれてしまったわ。

 と言う訳だから、とにかく今日はわたしたちに任せておいてね」


「はい、ぜひお願いします」


 答えつつ、ふとわたしは公爵様はきっと被虐趣味が御有りの方なんだなと思った。間違ってはいないと思う。けなされて喜ぶ人間なんて、他にいるか。いてたまるか。

 わたしはもはや張りつけた笑みの浮かんでいる顔こそ真顔なのだと言い聞かせながら、早く街につけと思った。ジェレミアに早く会いたい。まだ彼に地味だ何だと言われている方がマシだ。


 未だにのろけ混じりの毒舌を披露しつづけるパオラの前で、わたしはただ念じ続けた。



  ◆



 ああ、空気がおいしい。


 街につくと、わたしたちは仕立屋の前で馬車を降りた。他にも裕福な階級の人々が様々な場所に馬車を乗りつけては買い物をしている。

 その近くを、小間使いや従僕が忙しく走り回りっていた。


 美形ふたりを近くで観賞しまくれると思っていたのが遠い昔に感じるほど、わたしの精神は削り取られていた。それはもう、至極丁寧にやすりでごりごり削られた気分だ。

 観賞する余裕すら奪い取るとは、恐るべし姉。

 悪意がなくても誰かを悪く言うのはやめましょうね、とその辺の子どもを捕まえて諭し、迷惑がられながらも現実逃避したいほどだった。


 願わくばカスタルディ家の人々全員が毒舌でありませんように。

 晴れた空の向こうにいるだろう神様に向けて祈った。無意味なのは理解している。しかし、無意味だろうと無駄だろうと徒労に終わろうと、何かにすがりたい時と言うのはあるものだ。

 

「レディ・ロレーヌ? もしかして酔ったのか、いささか顔色が悪いようだが」

「いいえええ~、大丈夫です~。ちょっと、いえ、自分という存在がなぜこの世に生まれてしまったのだろうと自問自答し過ぎただけですから」

「……ああ……理由はわかった。すまない、帰りはわたしと同じ馬車に乗ると良い」


 何かを察してくれたのか、非常に気の毒な顔でジェレミアは言った。

 わかってたんなら最初からそうせんかい、と内心劇画ふうになりつつ突っ込む。だが、彼を責めても仕方のないことだ。

 男性と馬車でふたりきりというのは未婚の女性にとってはかなり良くない行為なのである。

 いくら知り合いで、これから婚約する予定であってもだ。


「あらあら、何をふたりで話しているの? ほら、マダムも待っているわ、ロレーヌ、こっちへ来て、綺麗な布地よ、きゃあっ! この生地も綺麗、こっちなんてきっと貴女に良く似合うわ!」


 店に入るなり様々な布地を目にしてはしゃぎ出したパオラを疲れてよどんだ目で見ると、わたしはふらふらと歩きだした。

 すると、すぐにジェレミアが手を取ってくれた。今回ばかりは心から感謝する。


「ありがとうございます」

「いや、悪いことをしてしまった。だが、姉の目は確かだから連れて来たんだ。きっと出来あがったドレスは気に入って貰えると思うよ」

「ええ、きっとそうだろうと思います」


 珍しく優しいジェレミアに、わたしはほほ笑み返した。

 今は観賞する気力がないので、ガン見はせず、普通に目を見て精いっぱい感謝の意を伝える。すると、ジェレミアは一瞬真顔になり、すぐに顔を反らしてしまった。

 あんまり伝わらなかったのかもしれない。残念だ、と思いながら、わたしは彼に引かれるまま、店の中へと足を踏み入れた。



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