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観賞対象から告白されました。  作者: 蜃
続編 「冬の王都で危険な出会い?」
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(67) 起床、のちに衝撃



「私、私はまだ貴女についていてもよろしいのでしょうか? ジェレミア様も失望していましたし、解雇されても仕方がないと……」


「いやいや、そんな気はないから!」


 わたしは勢いよく首を左右に振って全力で否定する。

 と言うか、そこまで考えていたのかこの従僕は。それなら今までの行動も理解できる。

 しかし、わたしはそんな態度をとった覚えはないし、今の今まで寝こけていたわけだから、彼女に誤解を与えるようなことはしていないはずだ。


 だとしたら、一体誰が。


「ですが、アストルガ公爵夫人、パオラ様には役立たず、と言われましたし、替えはいくらでもいるのだとこのお邸の家令に説教されましたし……お邸の者たちは私を見るなり逃げますし、これはもう関わり合いになりたくないということだと……」


「……そ、そうだったの」


 その光景を想像した私はデニスの気持ちが良くわかった。

 もちろん、彼女を避けてしまった使用人たちの気持ちもだ。それほどに、今の彼女の見た目は大変なことになっている。


 わたしは微妙な気持ちになりながらも、すっかり気落ちしているデニスが気の毒になった。


 今回のことはわたしの方に責任があるのである。

 多少デニスにも責任があるとしたら、わたしを力ずくで引き留めなかったこと、ただそれ一点だけだ。

 責められて精神的にボロ雑巾になるとしたら、わたしの方であるはずなのだから、やめさせる訳などない。


 と、正直に慰めてもいいのだが、それをすればデニスがどう反応するか手に取るようにわかる。恐らく、悪いのは自分だと言い張って聞かないはずだ。さらに、やはりこのまま見張りを続けるなどと言い出しかねない。

 なので、あえて慰めは口にしないことに決めて口を開く。


「とにかく、わたしはデニーに辞めてもらうつもりはないの。だからちゃんと休んで。そんな顔色の悪いひとを連れて歩くなんて出来ないんだから、ね?」


「ロレーヌ様……!」


 デニスはわたしのちょっとひきつった笑みには気づかず、目に涙を溜めて唇を引き結んだ。泣くのをこらえているのだろうけど、どうにも睨まれているようにしか感じない。


「私は幸せです……このデニス・ランデッガー、やはり貴女様について行きます。一生お仕え致します」


「う、うん、だからほら、休んで」


「はい! 全身全霊、持てるかぎりの力を尽くして休養します。すぐに戻りますので、しばらくはお邸から出ないで下さい!」


 失礼します、と叫ぶように言うと、デニスは部屋からきびきびと出ていく。わたしはその背に向かって「ちゃんと休んでね~」とあんまり期待していない声を掛けつつ手を振り、ため息をついた。


 すると、扉の方から笑い声が聞こえてきた。

 そちらに目を向けるといつのまに来ていたのか、ジェレミアがさも面白そうに肩を震わせている。


 わたしは何がそんなにおかしいのかわからずに首を傾げた。教えて欲しいと思ったものの、彼はまだ笑っていて中々口を開かないので、とりあえず、寝起き一発目の観賞をしてみることにした。


 今日もいつもと変わらない、それでも少しやつれた感のある立ち姿を見ていると、申し訳ないような、今すぐ謝りたいような気分になる。とはいえ、やっぱりどこを見ても格好いい。

 顔だけじゃなくて、姿もいい。


 もしかしたら、もう二度と見られないかもしれないとすら思ったその姿をこうして見ていられる。

 そのことを噛みしめつつ見ていると、ようやく笑いの発作がおさまったジェレミアがこちらへ来た。それを見たドーラは、わたしに向かってにっこりと意味深な笑みを向けて言う。


「では、わたしは失礼しますね」


 何だそのニヤニヤは、と突っ込みたかったが、ドーラが出ていく方が早かった。わたしは舌打ちしたくなったけれど、やめた。

 すでにジェレミアが近くに来ていたからだ。


「おはよう、気分はどうだ?」


「いいです。あの……それより……」


 昨日は状況が状況だっただけに、大して意識していなかったが、久しぶりに至近距離で見た美麗顔に、心臓がどきどきし始めてしまった。さらに、昨日という言葉でドーラの言っていたことを思い出し、思わず訊ねかけてしまった。


 しかし、それを聞くことは出来ない。

 聞いたら最後、このお邸を涼しい顔で歩けなくなるような気がしたからだ。

 だって、向けられる使用人たちの視線が痛すぎる。とても耐えられそうもないではないか。しかし、ジェレミアは「何だ?」という視線をこちらに向けてきた。この状態で何も訊かないのは不審過ぎる。

 

 わたしはとっさに違うことを口にした。


「えーと、今、何で笑っていたんですか?」


「ああ」


 ジェレミアはそのことか、とつぶやくとまた少し笑った。本当におかしかったらしい。

 わたしは自爆せずに済んでほっとしつつ、答えを待つ。


「良く懐いたな、と思ってね」


「懐いた?」


 今のところ動物と一緒に暮らしてはいないが、と思って聞き返すと、ジェレミアはさらりと言った。


「ランデッガーだ。さっき、まるで忠実な猟犬みたいな行動を取っていただろう?」


「もしかして、見てたんですか?」


 そう聞けば、ジェレミアはあっさりと頷く。わたしは長いため息を吐き出してから、確かに似ていなくもないと思った。


「一部始終見ていた。だが、私が口を挟む必要もなさそうだし、面白いからそのまま見てしまったよ」


 思い出したのか、また微かに笑う。

 そんな些細な仕草ひとつで心臓が跳ね上がる。わたしはそんな自分に呆れつつ、口を尖らせた。


「だって、仕方ないじゃないですか。ああまで言わないと体を休めてくれそうにないんですから」


 ため息をつくと、ジェレミアはまた楽しそうに笑んだ。


「ランデッガーは思いつめるところがあるんだ。ああなったら私がどうにかするつもりだった。今までもあれで失敗しているんだ。だから正直、君がああ言ってくれて嬉しかったよ」


 わたしはジェレミアが不意に言ったことに目を丸くした。



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