(64) 事後のあれこれ
「それは違います。悪いのはわたしなんです。わたしがあんな行動をとらなきゃ、ロレーヌお姉様はこんな目に合うことなんてなかったの」
「ルチア……?」
驚いて声のした方に顔を向けると、どこかバツの悪そうなルチアと目が合う。だが、すぐに反らされてしまった。
「どういうことだ?」
事情を知らないジェレミアが問うと、ルチアは目は反らしたまま答えた。
「ロレーヌお姉様は、わたしを心配して迎えに来てくれただけなんです。わたしが、あのパオロという従僕に会いたくて、話をしたくて、公爵邸を勝手に飛び出してしまって。でも、それは罠だったんです……」
「罠だって? 一体何があったんだ」
「ええと」
わたしは唸ったが、とりあえず話してみることにした。
「事の発端は、わたしがうっかりしていたからなんです。ルチアが辛い思いをするのは嫌だったので、何とかして穏便に済ませられないかと考えたんですけど……」
それから、ルチアが公爵邸から消え、ミセス・モレナが騒いだ辺りから、現在に至るまでの経緯をざっとかいつまんで話した。ルチアはそれをいたたまれない様子で聞いていたが、大体話し終えると待ち構えていたかのごとく、勢いよく言った。
「本当にごめんなさい!」
「……いや、君は悪くない。悪いのは、君の気持ちを利用しようとした方だ」
ジェレミアが言うと、ルチアは見る間に涙ぐみ、うつむいてしまった。寒さのせいか、頬も鼻も赤くて、余計痛々しく見える。
わたしは何と声を掛けたらいいか迷った。
きっと、今まで気を張って耐えていたのだろう。それが、全て終わったことで切れかけているのだ。現に、足が震えて今にも倒れてしまいそうで、はらはらしながら見ていると、案の定、ルチアはぐらりとふらついた。
デニスが気づいて手を伸ばすが間に合わない。
「おっと」
驚きの声を上げ、唐突に現れた人物がとっさにルチアを支える。わたしはその顔を見て、思わず名を呼んだ。
「カルデラーラ中佐」
「やあ。お互い無事で良かったですね。彼女も、まあ、色々と無事じゃないところもあるようですけど」
ルチアの肩を抱いて支えながら、カルデラーラ中佐、ことエミーリオは苦笑した。
「そう、ですね」
わたしはエミーリオに支えられ、何とかもう一度立ったルチアを見ながらそうつぶやくように言った。
すると、誰が自分を支えているのかに気づいたルチアが、ぎょっと後ろを見た。見る間に、頬に朱がのぼっていく。わたしはそれを見て、あれ、と思った。
「あなたも無事だったのね。良かったわ……あの、もう大丈夫だから、離して」
「とてもそうは見えないな。君の言うことは信じられない。捕まっている時だって、強がりばかり言っていたしね」
「……っ、いいから離して。こんなところを見られて、おかしな印象を与えたくないの」
「ひとりじゃ立てない癖に、やっぱり意地っ張りだね」
軽やかな笑い声をあげ、離せと叫んで腕を振り回したルチアは、めまいがしたのか、またしてもふらつき、おかしそうな顔をしたエミーリオに再度寄りかかる羽目になって呻いた。
その光景を見たわたしはといえば、これは一体どういうことだと顔を引きつらせた。
そういえば、このふたりは同じ空間に捕えられていたのだ。少し声を張れば、話も出来たはずだ。つまり、わたしが知らない間に何か言葉を交わしていたということになる。
「だったら意地っ張りでもいいわ。あなたなんかと仲良くしてたらお姉様に顔向けできないじゃない、離してよ」
「お断りだね」
疲れ切っているせいで思うように体の動かないルチアは、悔しそうに唸ったが、どうにもならないのがわかったのか、むくれたまま黙り込んだ。
そこへ、ジェレミアが怪訝そうに訊ねてきた。
「なぜここにいるんだ?」
「えーと、わたしもわからないの」
彼は確か、ちょっと失敗して捕まっただけだと言っていた。それに、わたしにはエミーリオのことを気にかけている余裕は無かったし、なんとなく聞いても教えてくれそうになかったので、気にもしていなかったのである。
すると、耳ざとくわたしたちのひそひそ会話を聞いていたらしいエミーリオが言った。
「実は、ある高貴なお方の命令でしてね。事態が解決するまでは名前を出せなかったんですが、ほら、さっきロレーヌ嬢がやりあってたあの人ですよ」
「え、あの……えーと」
「アドリアン殿下だ」
ちょっと呆れたジェレミアの声が補足してくれる。
わたしは「うっ」と呻いたものの、エミーリオは特に気にした様子もなく話を進める。
「そう。今は俺、あのお方の便利屋みたいなもので、記憶持ちについての事件を追わされていたんですよ。おかげで昇進出来ましたけど、不慣れなので失敗してしまいました」
無事でヨカッター、と笑うエミーリオ。
わたしは彼の言葉を聞いて、疑問が浮かんだ。
「どうして、殿下が記憶持ちの事件を追うの? だってそういうのは警察の仕事なんじゃ……」
「個人的に、と言っていたけど、俺は違うと思っていますよ。あの方は凄く視野が広い。頭の固い議会員の皆さんと違って、この国以外も見据えて動いているんです。今回のことも、恐らくその一環だと思っていますよ……多分ね」
そう言って肩をすくめると、エミーリオはジェレミアにどこか挑発的な笑みを向けた。ジェレミアはと言えば、何を言うでもなく、静かにエミーリオの視線を受け止めた後、言った。
「そのことについては疑問の余地はないな。だが良いことを聞いた、殿下とは一度話をしてみたいものだ」
「機会があるといいですね」
互いにそう言うと、笑顔を浮かべる。
けれど、目が笑っていない。わたしはジェレミアの腕の中で小さくなるばかりだ。
今にも火花が散りそうなふたりの間に割って入る度胸などない。誰が何とかしてくれ、とことんチキンな人間にはどうにも出来ない事態だよ、と内心思っていると、のんびりした声が掛かった。




