(63) 救いの言葉
捕らわれているとき、わたしは良く悪夢を見た。
その夢に出てくるジェレミアは、怒っていたり、呆れていたり、よそよそしかったりした。
そんなことにはならないはずだと言い聞かせても、不安は拭えず、いつも冷たい塊となって胸に溜まっていった。
でも今、それが消えた。
綺麗さっぱり、融けて流れて行った。
「ようやくこっちを見たな。ロレーヌ」
すると、ジェレミアは困ったように片眉を跳ね上げる。
その目は、怒っていたけれど、どこまでも優しい。冷たいものはまるでなくて、安堵ばかりが浮かんでいる。。
わたしは申し訳ないやら、嬉しいやら、恥ずかしいやらで、思わず横に顔を向けようとした。――のだが。
「それにしても、私の可愛い婚約者は知らない間に一体どれだけのひとを虜にしたんだ。本当に、驚いたよ」
耳に飛び込んできたセリフがそれを許さなかった。虜? それは一体何のことだとばかりに、わたしはそのままジェレミアの目を見つめて首を少し傾げる。
そんなことをした覚えなど全然これっぽっちも、楊枝の先ほどもない。どうして、と聞く前にジェレミアは言った。
「君が殿下に食って掛かったとき、これはまずいと思った。君まで仲間扱いされてしまうのではと思って焦ったよ。だが、まさか君を助けるために彼らが出てくるとは思わなかった」
「ええ、わたしも驚きました」
ほんの少し前の出来事を思い返しながら、頷く。
「でも、私にはわかる気がするな。きっと彼らは君に救われたんだろう。君は知らず知らず、彼らが抱えていた何かを解決していたんだ、きっと」
「でも、わたしはただみんなとお話をしただけで……」
そう、わたしは話しかしていないのだ。みんなの話を聞いて、自分の話も少しして、それだけだ。
なのに、彼らを救ったなど信じられない。
むしろ、結果追い詰めて捕らわれの身にさせただけなんじゃないかとすら思う。
「それが良かったんだろう。誰しも、自分を知って欲しいし、見て欲しいものだ。彼らは追い詰められていた、苦しかったはずだ。何より、聞いて欲しかったんじゃないかな、話を」
ジェレミアの言葉に、わたしはもう一度おじさんやみんなの顔を思い浮かべた。
それから、つぶやくように言った。
「……だったら、いいんですけど」
「ああ、きっとそうだ。私はそう信じる。何より、私が一番知っているから。君が、そういうひとだと。そのおかげで、誰も傷を負わずに事態が収まったんだ……君が、彼らを、彼らの心を救ったからだ。それは誇りに思っていいことだよ」
目を細め、ジェレミアはわたしを見つめて背中をさすってくれた。彼の言葉が、わたしのなかにゆっくりと染み渡って、少しだけ傷を癒してくれたように思えた。
少なくとも、ジェレミアはわたしを受け入れてくれる。許してくれているという事実が、嬉しかった。
ほんの少しは、みんなの役に立てたのだと思えた。
わたしはようやく、自分から手を伸ばしてジェレミアを抱き返した。それまでは、触れていいか不安だったのだ。そうしても、彼は嫌がるどころか身じろぎひとつしない。
思わず目頭が熱くなり、今度こそ顔を横に向ける。
と、気まずそうなルチアと目が合った。
すっかり忘れていたが、ここには他にもひとがいたのだ。
恥ずかしさで、またしても顔を背ければ、建物の中から出てくるひとの姿が目に入る。
数人の警察官と、彼らに補助されながら歩くデニスとエミーリオだった。他にも、捕えられていたらしきひとが出てくる。
デニスを除いて、ほとんどが少し衰弱しているだけで無傷だ。
良かった、と内心胸を撫で下ろしていると、デニスがこちらへ連れられてくる。離れていた時にはわからなかったが、彼女は凄まじく深刻な表情をしており、わたしたちのところまで来ると、目に涙を浮かべた。
「デニー、だ、大丈夫?」
思わず声を掛けるが、彼女は首を左右に振る。訝しげな思いで見ていると、デニスは唐突に言った。
「も、申し訳ありませんでしたっ!」
その場にいた人々がびくっ、と身をすくませるほどの音量で彼女は謝罪した。そのまま、土下座を通り越してうつ伏せに倒れてしまいそうな勢いだった。
「私がついていながら、ロレーヌ様をこのような目に合せてしまいました。全ては私が至らなかったせいです。どのような処分でも受け入れる覚悟は出来ております!」
「……、……いや、それより、なぜそんなに満身創痍なんだ?」
ジェレミアは叩きつけるようなデニスの謝罪に対し、逆に質問した。その気持ちはわからなくもない。わたしだって、あの光景を目の当たりにしなければ、なんで彼女だけこんなにボロボロなのかがわからない。
その問いに、デニスはひどく悔しそうに顔を歪めて答えた。
「このような者どもの用意した檻など、私には物の数でもないと思い、叩き壊してロレーヌ様の救出に向かおうと思ったのですが、想像以上にモノが良く、破壊出来ませんでした。恐らく、その際に少々ケガをしたのでしょう」
「少々……?」
流石のジェレミアですら、どことなく不気味なものを見る目つきになっている。わたしはどうしたものかと思いつつ、とりあえず成り行きを見守ることにした。
「大したことではありません。そんなことより、ロレーヌ様に恐ろしい思いをさせたことの方が辛いです……本当に、申し訳ありませんでした」
「ああ、確かに……お前は私の言いつけを破り、ロレーヌを外出させてしまったな」
深く頭を垂れたデニスの体が、ジェレミアの静かな声に震えた。それでも言葉を発せず、じっと待っている姿に、わたしは我慢できずに口を開く。
「ま、待って! 違うの、デニーのせいじゃないの。わたしが悪いのよ。デニーは最後まで反対してた。でも、どうしても行きたいと頼んだのよ」
「ロレーヌ、それでも、彼女は私の言いつけを破るべきではなかった」
落ち着いた声で諭されるように言われ、わたしはどう反論しようか考える。あの時は色々な状況が重なっていた。それをどう伝えようか迷っていいあぐねていると、助け舟はすぐ近くから来た。




