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眼福姉弟


 翌日はあいにくの晴れで、言い訳も何も出来ないままに外出することになった。

 一応ドロテアも誘ってみることにしたのだが、彼女は困ったように、やや気だるげに、しかしため息をついて窓の外を憂い顔で見ては、また切なそうな表情をしては手もとの詩集をめくっている。しかし、読んでも頭に入ってこないのか、また外を見てを繰り返してばかりだ。

 いっこうに返事が返ってこないので、わたしは促して見た。


「ねえ、どうするの?」

「ごめんなさい、今日は外出する気分じゃないの」

「そ、そう。じゃあわたしだけで行ってくるけど、本当に大丈夫?」


 あまりにも悩んでますという顔をしているドロテアに、わたしは問うた。

 彼女はわたしの声にようやくこちらを向くと、何か言いたげに唇を開きかけてすぐ閉じてから、まつげを震わせた。何だか本当に心配になってくる。


「もしかして、昨日わたしが渡した手紙が原因なんじゃ……」

「そっ、そんなことないわ。ほら、早く行かないと、ジェレミア様が待っているのでしょう?」

「うん。じゃあ行ってくるけど、良ければ後で話を聞かせて。そんな状態じゃあ、おばさんも心配だろうし、ね?」

「わかったわ」


 ドロテアはようやくうなずいてくれた。約束を取り付けたことで少し安心する。とにかく、今日はわたしをいくらファッショナブルに決めても無駄であることをジェレミアに痛感させなければならない。

 この戦いを終えた後で、ドロテアの悩みを聞こう。

 力になれることもあるかもしれないし、一人で溜めこませるよりは余程いいはずだ。


 決めれば後は行動あるのみだ。


 意気揚々と部屋を出て、玄関ホールへ向かったわたしは、外出用の服装をしてステッキを手にしたジェレミアと、その姉であるパオラを目にして崩れ落ちかけた。

 なんという眼福姉弟――!

 ジェレミアと良く似た面差しながら、女性の魅力にあふれた美人がそこにいた。艶めいた黒の巻き毛に、猫を思わせる笑み。やや紫がかった青の瞳は角度や日射しの加減ですみれ色になる。

 彼女は青い外出用ドレスに身を包み、こちらに手を振っていた。


 ちなみにパオラは既婚。

 そのお相手は公爵閣下だ。

 王族に連なる人物で、パオラの美貌にあっさり陥落してその場で求婚したという。愛妻家らしく、公爵夫妻の噂話はほほえましい話ばかりだ。たまにやっかみも混じるけれど、大抵の場合本人たちを見知っている人々によって打ち消されるのが常だった。


 そんなパオラにもファンクラブ、つまり応援する会が存在し、彼女を褒めたたえる公爵の詩(公爵が自費出版した詩集に載せられている詩のこと。恋をしたことがない人間には解読不可能と言われている。現在三冊目を制作中だそうだ)の朗読会が開かれたり、会員たちが書いた台本を使い、公爵の告白場面を劇にして無料で公演したりしている。

 演劇大好きなわたしもちゃっかり見に行ったのだが、なかなかどうして、心躍る仕上がりになっていた。だが、まさかこうしてうわさの実物と会えるとは。


 人生何が起こるかわからない。


 ふたりの側には箱型の馬車があり、従僕ふたりがせっせと準備している。馬車はふたり乗りのものが二台用意されていた。当然、パオラと同じ馬車だろう。

 未婚の女性は人目のない場所で、みだりに男性とふたりきりになってはいけないのである。


 わたしが歩いて行って挨拶すると、パオラは顔をほころばせた。


「初めまして、ではないと思うけれど、こうしてちゃんと話をしたことはなかったわね。レディ・ロレーヌ。どうぞ、パオラと呼んでちょうだい。

 今日は弟がわたしの助言がどうしても欲しいというからついてきたのだけど、服の見立て自体は弟も得意なのよ。わたしはただのお目付け役と言う訳。けれど、邪魔にはならないから気にしないで」

「いえ、そんな。是非意見を伺いたいです。カスタルディ家のお二人の着こなしの素晴らしさはどこにいても伝わってくる程ですから」


 わたしはそう答えながらも、並んだふたりをがっつり眺めた。

 網膜に焼き付ける勢いでだ。なんという絵になるふたりだろう。そう思いながらうっとりしていると、ジェレミアがどこか甘い笑顔で言った。


「ではそろそろ行こうか。本当ならば王都の仕立屋に依頼したいが、そうもいかない。それは今後の楽しみとしてとっておくとして、今日は貴女の魅力を引き立てるドレスを作らせることとしよう。

 レディ・ロレーヌのドレスはどれもこれもデザインが古すぎる上、色が合っていないと常々思っていたんだ。時間が余れば、帽子屋や宝石店にも顔を出すつもりだ」

「えっ、そこまでして頂く訳には……」


 服だけでも相当な出費になるというのに、帽子や宝石まで贈るつもりなのかと思い、わたしはぎょっとした。特に宝石の値段はとんでもないもので、わたしとて、自分の物など持っていない。全て母や親族から譲られた物ばかりだ。


「あら、気にすることないわよ。男性が贈るというものは黙って受け取っておけばいいの。それに、将来義妹になるのなら、その宝石はカスタルディ家にとどまることになるのだもの、ね?」

「ええ、まだ正式に婚約している訳ではありませんが」


 ジェレミアは明るく笑いながら言った。

 

 どうやらパオラにはわたしが「偽の恋人」だと言っていないようだ。なぜだろう。家族なのだから、バラしても困ることはないじゃないか、いや、むしろ言わない方がおかしい。

 そう思っていると、彼はおもむろにわたしに手を差し出した。

 馬車へ引き上げてくれるらしい。


 疑惑に満ちたまなざしで観賞しつつ彼を見ると、いたずらっぽい笑みが返ってきた。

 いくらわたしでも、疑惑が心を満たした状況ではときめけない。変な顔をしたまま馬車に乗り込むと、パオラが乗り込んできた。そして戸が締められる。

 やがて、ゆったりとした速度で馬車が動き始め、一路近くの街へと向かい始める。


 向かいに座ったパオラは、どこか楽しそうにわたしを眺めていた。そんなに見ても何の得にもならないだろうが、弟が好意を示した娘に興味があるのだろう。しばらくは沈黙が流れ、ガタゴトと馬車と馬がたてる音だけが響く。

 それでも、やはり口を閉ざしていられなかったようで、パオラは問うてきた。


「ねえ、もし差し支えなければ、教えて下さる?」

「え? 何をですか」

「弟のどこに惹かれたの?」


 突然突きつけられた質問に、わたしは目もとを引きつらせた。



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