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観賞対象から告白されました。  作者: 蜃
続編 「冬の王都で危険な出会い?」
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(61) どうして



 心から楽しそうな笑みだった。

 それはどこか無邪気な子どもの笑顔に似ている。けれど、実際は違う訳で、わたしは全く生きた心地がしなかった。

 それでも、視線を外すことはしなかった。

 ここまで来たら、逃げる意味がないと思ったし、逃げたくはなかったのだ。


 似て非なる、金色の瞳同士が真っ向からぶつかると、王子の笑みが深くなる。

 彼は、ちゃんとわたしと視線が合っていることを確認してから、静かに言った。


「それなら、証拠を見せてくれないか。

 無理に参加させられた者や、生活苦のために手を貸した者、本気で国を憂えてくれている者が本当にいるのなら、ここに出て来ておとなしく捕まるんだ。

 その代わり、私が責任を持って処遇を決める。絶対に悪いようにはしない……神に誓って」


 突然の提案に、わたしはすぐに返事ができなかった。

 そんなうまい話をすぐには信じられない気持ちもあったし、何より、彼らが王子の提案に乗ってくれるとは思えなかったのだ。


 もし、信じて出て来たとしても、王子が言ったことを守る保障なんかどこにもない。確証がないのに、みんなが出てくるわけはないとわたしは思った。


「どうした? それとも君の言う者たちはもう逃げ出したか、奥で縮こまっているのかな?」


 笑顔のまま挑発的なことを言う王子を、わたしは反射的に睨みつけた。彼は、きっとわかっていてそんなことを言ったのだ。

 高圧的な初老の男性より、遥かに性質が悪い。

 所詮、犯罪者は犯罪者なのだと突き付けられたようだった。


「ロレーヌお姉様……」


 ルチアの案ずるような声が聞こえてきた。

 それが耳に入っても、わたしは何も言えなかった。せめて、目だけは反らしてやるものかと思う。


 まるで観賞されるためにあるような男性を、観賞するためではなく、ただ意地になって睨む。


 わたしは、この時になってカッシーニたちの気持ちが心底わかった。こうするしかなかった理由も。


「ロレーヌ嬢、なんで……」


 すると、カッシーニがどこか困惑したような声を掛けてくる。わたしはそちらは見ないまま、小さい声で言った。


「わたしだって、記憶持ち……ですから」


「……そっか、ありがとな」


 苦笑交じりの感謝の言葉。

 わたしは王子から目を反らさずに、小さく「いえ」と言った。

 それきり、その場には緊張感をはらんだ沈黙だけが流れていく。その場のひとたちの吐く息が、さながら靄のように見えた。

 わたしは何も言えず、王子の側もなぜか一言も発しない。


 と、小さな足音が響いた。


 全員がそちらを見る。音がしたのは、わたしの背後からだった。つまり、現れたのは記憶持ちの仲間の誰かということになる。

 どうして、と思いながら確かめるように視線をそちらへと向けると、わたしは驚いた。


「お、おじさん?」


 そこにいたのは、良く話をしていたあのおじさんだった。彼は相変わらず柔和な笑みを浮かべて、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。


「ほう」


 王子が感心したような声をあげ、値踏みするようにおじさんを見る。わたしは内心どうして、と繰り返した。今来れば、どうなるか知らなかったのだろうか。


「おじさん、今来たら捕まっちゃう……」


「ああ、わかっているよ。聞こえていたからね」


「だったらどうして」


 逃げれば良かったのに。そう思いながら聞けば、いつもの穏やかな目を向けられる。


「君を嘘つきにしたくなかったんだ」


「えっ」


「誰かが出て来なければ、君は嘘つきになってしまう。それに、こんな機会はもう二度と来ないかもしれない」


 おじさんは、わたしに向けていたものとは違う、何かを秘めた眼差しで王子を見た。

 それを向けられても、王子は全然表情を変えない。

 けれど、見下すようなこともなかった。

 わたしはおじさんがどうしてそんな顔をするのか知りたくて、つい疑問を口にした。


「こんな機会って、どういう……?」


「平民が、王族と話せる機会なんて、まずないだろうからね。彼がちゃんと言葉通りに話を聞いてくれるなら、私は捕えられても構わないと思ったんだよ」


「じ、じゃあもし聞いてくれなかったら、口だけだったらどうするんですか。さっき言ったことが嘘じゃない保証なんてない」


 事態を早めに治めるための口実なのだとしたら、わたしはまんまとその罠に引っ掛かったことになる。


「それなら、嘘つき呼ばわりされた方がましです」


 みんなをを捕まえるためのだしにされるなんて、嫌でたまらない。自分が馬鹿なことをここまで呪いたくなったのは生まれて初めてだ。悔しくて、涙が出てくる。

 すると、おじさんは困ったように笑った。


「私にはそれが嫌なんだ」


「どうしてですか?」


 わたしにはわからなかった。おじさんが、そこまでわたしをかばう理由がない。おじさんとはここで初めて知り合って、何回か話をしたり、食事をしたりしただけだ。

 そんな、ただの知り合いのような関係でしかない。


 だから、訊ねたのだ。


 なんで、そんなことにこだわるのだろうと。


 すると、おじさんはどこか寂しそうな顔になった。それから、静かに言った。


「話を、聞いてくれたからかな」


「え?」


「この年になって、家族もいない。向こうでの経験が邪魔したし、養うだけの稼ぎもないから、ずっとひとりだ。

 だから、ちゃんと話を聞いてもらったのは本当に久しぶりで、凄く嬉しかったんだよ」


 どこか、遠い場所を見るような目でおじさんは言った。

 わたしは、ここではない世界のことを、そこでの経験を思い出しているのだとわかった。


「愚痴も言ったし、泣き言や、面倒なことも言った。それでも、君は理解しようと努力してくれた。わたしは救われた気がしたよ……理由があるとしたら、それかな」


「そんな、大したことじゃ」


 そもそも、動機が不純なのだ。

 わたしはここから逃げたくて、何か使える情報はないかと聞いて回っていたのだから。

 まあ、途中からはただの雑談になっていたけれど、それだって誰かの話を聞くのが楽しかったし、そうしている間は現実逃避できたからなのだ。

 そんなことを言ってもらう資格なんかないのに。


「それでも、前世の話まで含めて馬鹿にもせず、煙たがりもせずに聞いてくれただろう。私には十分だよ」


「でも」


 なお認められないわたしは呻くように言う。

 そんなわたしの耳に、大きなため息が突然聞こえてきた。


 

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