(60) そうさせたのは誰?
事態を理解した警官たちの動きが鈍る。
すると、警官たちの後ろから地位の高そうな初老の男性が進み出てきた。どことなく、厳しい印象の男性だ。
彼は張っていないのに良く通る声で言った。
「君たちのリーダーと話させろ。その間、もし人質に何かあれば皆殺しにする。我々にはそれだけの用意がある」
その声に、警官たちの侵入を阻もうと苦戦していた仲間たちが目を見合わせた。不安そうな様子で、どうするか決めあぐねているようだ。
そんな彼らの後ろから、カッシーニがゆっくりと進み出て来る。
ぼろを着ているのに、まるで官職についてでもいるような雰囲気すら感じる。わたしだけでなく、その場の人間の目が全てそこに向けられた。
「リーダーは俺だ」
「ほう、君か……」
初老の男性は冷たく目を細め、品定めでもするようにカッシーニを眺める。しばらくの間、身なりや人相などを確認するように見てから、男性は口を開く。
「悪いことは言わん。今すぐ抵抗をやめて人質を解放しろ」
「嫌だ、と言ったら?」
「先ほども言ったように、多少の犠牲はやむを得ないと判断する」
それはつまり、殺してでも事態の解決をはかるということだ。わたしは、男性の声に侮蔑の感情が混ざっているように思えた。
わたしはカッシーニを見る。すると、彼の手が、小さく震えたように見えた。
「はっ、お偉いさんはやはり違うね。俺たちが何を問おうとしたのか、今の国の状態がどうなっているのか、理解してないのか?」
「お前たちになど何がわかる。お前たちは犯罪者だ。犯罪者が国の未来について何を言ったところで、誰が聞く?」
「それが真実でもか?」
カッシーニが固い声で問うと、初老の男性は首を左右に振った。
「真実だろうと虚言だろうと、お前たちの言葉を本気で聞くやつがいると思うか? 世間を騒がせ、新聞に載っていい気になっていたようだが、遊びはここまでだよ」
「遊び? 遊びなんかじゃないさ。俺たちは自分たちとこの国の未来のために行動を起こしたんだ。むしろ感謝して欲しいくらいだね、そうでなければ、いつかこの国は他国に侵略されておしまいだ。俺を見下してるあんたも、あそこにいる王子様も、殺されて大切なものを奪われるかもしれない。そうなってから後悔しても遅いぞ」
「働きアリが随分な口を聞く」
嘲り交じりの男性の言葉に、その場にいた仲間たちの様子が変わった。みんな怒りを表情ににじませ、男性を睨み付けている。
「お前たちに、本当にそこまでの価値があるのかね? 外国で活躍しているという記憶持ちは、恐らくとても優秀なのだろうが、犯罪を犯している時点でたかが知れている」
男性が放った言葉のあと、わたしに突き付けられていたナイフが揺れた。それが怒りによる震えであることはすぐにわかった。
つかまれた腕が痛い。
悔しそうな、苦しそうな息遣いが聞こえてくる。
わたしは、もしかしたら刺されるかもしれない、という状況であるはずなのに、彼の気持ちが良くわかった。
わかってしまった。
だから、止めることができなかった。
「そうさせたのは、誰ですか?」
思ったより、声ははっきりとその場に響いた。
そのことにちょっと驚き、怯えもしたが、わたしはやめたくなかった。胸に溜まった思いを、吐き出してしまいたかったのだ。
その場の視線が痛いほどわたしに注がれている。
パーティのときの比ではない。
もっと強く突き刺さるようだった。
「誰ですかって聞いてるんです!」
「は、わ、私かね?」
「あなた以外に誰がいるんですか。代表はあなたでしょ!」
初老の男性は、恐らく警察組織の中ではそこそこ偉い地位にいるのだろう彼は、とんでもない方向から飛んできた怒声に戸惑っているようだった。
まあ確かに、まさか人質に「助けて」以外の言葉をぶつけられるとは思わなかったのだろうが、そんなことは構わない。
「ここにいる人たちみんな、好きでこんなことしてる訳ないじゃないですか。ただ、自分の力を正しく評価して欲しいだけです。それを、あなたたちが階級がどうのとかそんなことで切り捨てたから、こんな手を取るしかなかっただけです」
「君は人質で、被害者じゃないのかね? こいつらの仲間か?」
男性の鋭い目がわたしを捉える。
断罪するような眼差しに、怯みかけたわたしは、驚いて目を丸くしているカッシーニや、仲間たちを見て言った。
「仲間? 違います、わたしだって彼らのやったことが間違っていると思います。でも、ここには無理やり連れてこられたひともいる。ただ、苦しい生活から抜け出したかっただけのひとや、本気でこの国を心配して、人生を捨てても参加したひともいます。
でもみんな、こういう手段しか取れなかった、みんな、階級が低かったから、話すら聞いてもらえなかったからです」
それほど大きな声を出した訳ではない。けれど、その場が静まり返っていたこともあり、わたしの声はしっかりと響いた。
「それがどうしたのだ、お前たちは犯罪を犯したんだぞ」
「それがどうしたって言うの、こっちは命がかかってんのよ!」
そのまま真っ向から返す。
流石の男性も声を失ったらしく、すぐには返事が返ってこない。すると、後ろから押し殺した笑い声が響いた。
わたしを含めた視線がそちらに集まる。
笑っているのは王子だった。彼は愉快そうに手を口に当ててひとしきり笑うと、こちらへ歩き出す。
他の誰も動けなかった。
ジェレミアも、王子の突然の行動に驚いている様子だ。
わたしはわたしで、なんで王子がこっちへ来るんだ、と思ったものの、固定されたみたいにそこから動けない。
響く足音と連動するように、心臓がうるさく鳴る。
何を言うつもりなのだろう。想像すると怖くなり、頭が真っ白になってしまう。
今になってやめておけば良かったかもと思ったが、もうどうしようもない。
少しして、お止めください、とか、危険です、とか、といった制止の声が飛ぶが、王子は意に介さずずんずんと進み、初老の男性の近くまで来ると立ち止まる。
それから、真っ直ぐにわたしを見て、笑んだ。




