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観賞対象から告白されました。  作者: 蜃
続編 「冬の王都で危険な出会い?」
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(58) 異変、そして…



「そりゃあ、きつかっただろう。私にも経験があるからわかるよ。こう、心をえぐるような、的確にこっちの希望を叩き潰すようなことを言うからね、あのひとは」


 はっはっは、と笑ったおじさんだったが、その笑いもどこか力がない。どうやらおじさんにも似た経験があるらしい。


「気にする必要はないよ、と言いたいところだが、無理だろうね」


 言って、ため息をついたおじさんを、わたしは見つめた。どことなく遠い目をしているので、その時のことを思い出しているに違いない。おじさんのその表情を見て、わたしはふと思った。

 もしかしたら、わたしのように追い込まれて協力しているだけのひともいるのかもしれない、と。


「それでもとりあえずは、休んでいた方がいい。退屈しのぎなら何かゲームでもどうかな? 確か何かあったと思うが……」


「……お気遣いありがとうございます。でも、わたしは平気ですし、こうしていたいんです……」


 事実、動いていた方が気持ちは楽なのである。なので、わたしはなんとしてでも歩き回るつもりだった。けれど、おじさんは笑顔を消し、真面目な顔になるとわたしの言葉をさえぎった。


「いや、だめだ、そういう時こそ休まないといけないよ。君が倒れたら、みんなが心配する。大人しく休みなさい」


「……みんな?」 


 わたしは思わず聞き返していた。

 みんなとは誰の事だろうと一瞬疑問に思ってしまったからだ。離れている家族のことや、おじさんにも教えてあるジェレミアのことだろうか。

 しかし、返って来たのは意外な言葉だった。


「そう、ここにいるみんなだ。全員、という訳じゃないが、君の騎士役のパオロだけじゃない。私や、君とこれまで話をした人間たちだよ。みんな、多かれ少なかれ、君を巻き込んだことを後悔して、心配もしているんだよ」


「え、でも、だって、わたしは……」


「貴族に生まれた人間だから?」


 言おうとしていたことを先に言われてしまい、わたしは頷くしかなかった。おじさんは困ったような笑みを浮かべながら、続けた。


「確かに、最初はそういう感情もあったと思う。私だって、少しは思ったさ。けれど、君は私たちを見下さなかったし、たくさん話を聞いてくれた。何の偏見もなく……そういうことのできる人間はそういないよ。君の婚約者は人を見る目があったのだろうね」


「そんなこと」


 わたしは、本当にただ話をしただけなのだ。

 そこまで言われると何だか恥ずかしい。顔をあげていられなくなったわたしに、追い打ちをかけるように、今度はパオロが頷く。


「ああ、俺もそう思うよ」


「ほら、ね。多数決だ。

 もちろん、中にはそのことを未だに気にしているやつもいるし、そもそも、君の利用価値にしか興味のないやつもいるが、そうではない人間もいる。

 だから、そのみんなのためにも休みなさい……何より、君の家族や婚約者のためにもね」


「……っ」


 そう言われては何も言い返せない。

 わたしは、素直に「はい」と返事をした。おじさんはそれに満足したように何度も頷いた。


「よし、と。それじゃあ、後で何か持っていこう」


「そんな」


「いいから、いいから。じゃあまた」


 おじさんは再び笑顔になると、手を振ってどこかへ歩いて行ってしまった。残されたわたしは、うかがうようにパオロの方へ視線を向ける。すると、柔らかく細められた目と目が合った。

 つい、その顔に見入ってしまう。


「じゃあ、戻ろうか。もし気を紛らせるものがいるなら、途中で何かみつくろえばいいからさ」


「……うん」


 おじさんにああ言った手前、戻らない訳にはいかない。わたしはパオロから目を反らして、頷いたのだった。



  ◆



 部屋に戻ったわたしは、パオロの提案に乗り、少し遊ぶことにした。寝るにはまだ日が高すぎるし、何よりそれほど眠くはない。

 昨日の夜はたいして眠れなかったのにも関わらず、目が冴えてしまっているのだ。


 そのため、戻る途中でカードを貸してもらい、寝台の上にそれを広げて遊んでいた。

 賭けはしていない。

 パオロが冗談なのか、負けた方は勝った方の言うことをきくのはどうかと言い出したのだが、やめておいた方がいい気がしたのだ。


 なぜなら、わたしは勝負事にはかなり弱い。

 自分ばかり言うことを聞くことになるとしたら癪ではないか。


 そこできっぱりと断ったところ、微妙に残念そうな顔をされたが、そこは無視した。

 一体何を言うつもりだったのか考えなくもなかったが、妙な空気になったら嫌なので何も言わないことにした。


 しばらくそうやって遊び、昼が近づいたころのことだった。


 遠くで、耳になじみのない音がした。下に向けていた顔をあげ、窓に目を向ける。

 対面にいたパオロも同じ動きをした。わたしは視線を少し動かして彼の顔を見た。すると、ものすごく強ばっているのがわかる。

 どうしての、とは何となく聞きにくくて、わたしは別の質問を口にした。


「何の音だろう」


「あれは、銃声だ」


 その固い声に、わたしは呆然と窓を見た。

 そんなことをしても意味はない、同じ城の中とはいえ、ここからでは何が起こっているかなんてわからないからだ。


「ちょっと様子を見てくる。俺以外のやつが来ても、ここを開けるなよ」


「え、うん」


 本当はひとりで残されるのは嫌だったが、一緒に連れて行ってとも言えず、わたしは頷くしかなかった。

 パオロはもう一度ここを開けないようにと念押しして出ていく。わたしはカードを片付け、不安げな気持ちで戸を見つめた。


 まさに、鉛を飲み込んだという感じがした。


 しばらくは身じろぎもせずに座っていたが、段々耐えきれなくなって立ち上がったり、座ったりを繰り返す。


「やっぱり、一緒に行けば良かったかな」


 呟いて、ふたたび立ち上がったとき、突然戸が勢いよく開いた。

 ぎょっと目を見開いたわたしの前に、カッシーニとの晩餐で見た男たちが立っていた。彼らは焦った様子で部屋に入ってくると、言った。


「来い。こうなったらお前を人質にするしかない」


「えっ、どういう……痛っ!」


 右の二の腕を強い力でつかまれ、わたしは思わず叫んだ。しかし、男はわたしの質問に答えることもなく、そのまま引きずるようにわたしを引っ張って歩き出してしまった。



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