(56) ままならない現実
「わからないか……まあいい、俺だってすぐに気づけた訳じゃない。突然聞かれても困るだけだな。
それなら、質問を変える。そうだな、記憶持ちの人間たちがどういうふうに命を落としたか、思い返してみるんだ」
そう言われ、ちょっとへこんでいたわたしは何とか気を取り直して思い返してみた。今まで、ここで会って話をしてもらえたひとたちの顔を思い浮かべる。
快く話してくれたひともいるし、毎日話しかけるうちにようやく教えてくれたひともいる。未だに話すらさせてくれないひともいた。それほど多くいる訳ではない、ここに集まった記憶持ちたち。
カッシーニの言う、前世でどう命を落としたかだけ思い出してみると、ふと気になる部分があった。
「そういえば、みんな同じ顔になって、それから、前世では何にも出来なかったって……」
「あんたは? そういう終わりじゃなかったか?」
「わたしは……病気で」
つぶやいて、もしかしたらと思う。うかがうようにカッシーニを見れば、返事を待っているかのように無言だ。わたしは、ごくりとのどを鳴らしてから言ってみた。
「みんな、非業の死というか、突然終わってます」
「その通り。俺も事故死だ……つまり、記憶を持っている人間は全員、ちゃんと人生を全うしていないのさ。
それを知ったとき、俺は確信した。俺たちが記憶を持ってここにいることには意味があるんだとね」
「どういうことですか?」
「俺たちは、ここでやり直すために生まれたんだ。前世で叶わなかったことをやり遂げるために。そのために、知識も記憶も持っているんだよ。
けど、このままじゃ同じ繰り返しになる。この国に生を受けたというだけで、叶わないまま『また』終わるのか?
俺は、そんなことは許せない。あんたもそうは思わないか?」
語るカッシーニの目に、狂気じみた光が浮かんだ。わたしは思わず唇を引き結んで、返事はせずにその目を睨み返した。
けれど、そんなことにはおかまいなく、彼は言葉をつづける。
「俺だけじゃない。ここに集まっているのはそんな俺の考えに賛同してくれたやつらばかりだ。中には、俺より遥かに優れた知識と技術、才能すらありながら活躍出来ないでいる奴もいる。
もったいないと思うんだ、なぜこの国にはここまで自由がないんだ……どうして生き方すら選べない?
俺には、階級制度が邪魔をしているとしか思えなかった」
それは、確かにそうだろうとわたしも思った。
彼らの悔しい思いに、ここしばらくの間ずっと触れてきたのだ。わからない訳がなかった。
「この国の奴らは知らないんだ。階級なんかで人間の優劣は分けられないんだってことを。だったら、教えてやればいい」
「それで、あんなことをしたと……?」
「そうだ。奴らもこれでわかっただろう。俺たちが少し本気を出すだけで、この程度の混乱はすぐに引き起こせる。たった数人で、この国の上の奴らの無能さを露呈できる訳だ」
カッシーニは、くつくつとくぐもった笑い声を立てた。支配者たちが慌てふためく様が楽しかったのだろう。
わたしにも、新聞を通してこの国を統治しているひとびとの混乱ぶりは伝わって来た。
「ようやく、俺たちの持つ力を認めざるをえなくなったという訳さ。あれは実に痛快だった」
嬉しそうに話すカッシーニ。
わたしは、テーブルについている彼の同志たちの顔を見た。カッシーニと同じような顔をしているひともいるし、あまり同意していないらしいひともいる。
パオロもそのひとりのようだった。
それを目にして、わたしにはわかった。この集団は、一枚岩ではないらしい。だとしたら、それを利用出来ないだろうか。そう思うが、やっぱり何も浮かばない。
それより、楽しそうなカッシーニに対して、苛立ちを感じた。
「それは良かったですね……でも、そんなことで力を認めさせても、意味ないんじゃないですか?」
「どういう意味だ?」
カッシーニは未だにニヤニヤしながら問い返してきた。
せいぜい、子ネズミに牙を剥かれた程度にしか思っていないのが良くわかる。事実だけれども、それでも言うだけ言いたかった。
「あなたたちが、この国のひとたちがまだ知らない知識や技術を持っていることは伝わったと思いますけど、ついでに恐怖や不信感も伝わったと思いますよ?
そんな得体の知れないものを、大勢のひとたちが簡単に認めて受け入れてくれる訳ないじゃないですか」
むしろ、彼らの行為は他の記憶持ちの人々を追い込んだかもしれないのだ。だというのに、笑うなんてと憤っていると、カッシーニはパチンと指を鳴らして、わたしを指さした。
「その通り。そこであんたの出番って訳だ」
「は?」
つい怪訝な顔で問い返したわたしに、カッシーニは言った。
「貴族出身の若くてそこそこ美しい娘。しかも非業の死をとげてこの世界へ生まれた。これだけで印象はかなり変わる。そのうえ、前世で同じ国に生まれた男と知り合って恋に落ち、身分の壁が邪魔してこうして逃げ出した、という話も加えればどうだ?
俺たちはそれを保護し、かつ彼女のために行動を起こした、と」
つらつらと語られる、事実と嘘が入り混じった悲劇のお話を聞いて、わたしは一瞬誰のことかと思ってしまう。
しかし、間違いなく、それはわたしだ。
「よしんば捕まったとしても、この話を聞けば多くの人間はどう思うだろうな? 少なくとも、悪いイメージは薄まるだろう?」
「……そのために、わたしを連れて来たの?」
「ああ。まあ、本音を言えば事実だったらもっと良かったが、こればかりはしょうがないからな」
カッシーニはちらり、とパオロを見て肩をすくめた。パオロはその場の人間の視線から逃れるように、あさっての方向を向いているが、恐らく顔をしかめているだろうことはなんなとくわかった。
「そんな嘘、誰が信じるの?」
「さあ、俺にはわからないが、それが嘘だとわかるのはあんたに近しい人間だけだな」
きっぱり言われ、わたしは声を出せなくなってしまった。
カッシーニの言う状況が、容易に想像できてしまったから。
わたしは睨む気力も失せ、ため息をついた。




