(55) 記憶持ちとは
「そう、比べること自体バカバカしい。まさに君の言う通りだ。つまりそれくらい、君たちと俺たちとの間には凄まじい差があるということだ」
わたしはそこで、ちょっとだけカッシーニの言いたいことがわかった気がした。とはいえ、公爵家と我がバルクール家を一緒にくくられるのは困る。
こっちとあっちではかなりの差があるのだ。
しかし、カッシーニはちょっと困惑気味のわたしをよそに、話をつづけた。
「例え、俺たちの方が優れていても、生まれがそうであるというだけで優遇される奴らがいる。俺たちの方が、余程国や国民の役に立っているというのにな。……この現状についてどう思う?」
「……、ええと、良い状態ではないと思います」
答えつつパンを一個手に取って、むしって食べる。それには構わず、彼は何度も頷いた。
「そうだ。だが、この国の奴らは動かない……他の国では違うことが起こっているというのにだ」
「他の国?」
問うと、カッシーニは「そう、他の国だ」と繰り返した。
その目に、暗い怒りを見たような気がして、わたしは息を飲み、思わず食べる手を止めた。
一体、この国と他の国では何が違うと言うのだろう。
「他の国では、我々のような記憶持ちを集め、役に立ちそうな者は身分に関係なく保護し、国のために働かせている。そして、実際に功績を上げた者には地位と財産を与え、他の国へ行かないようにしているんだ。
最近、東の国々が力をつけてきているという話があるが、そこではまさにそういうことが起きている」
まるで、そちらの国に生まれていれば、とでも言いたそうだったが、わたしはただ驚いていた。
わたしが知らない間に、世界は動いているのだ。
とはいえ、たいした知識も能力もないわたしなので、あんまり当事者という感覚はない。
なので、ただ純粋に思ったことを口にした。
「それなら、どうしてその国へ行かないんですか? 別に行っちゃだめな国でもないし、制限もしていないはず」
すると、カッシーニは馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「費用は? 俺たちにはお貴族様と違って旅行出来るような金はない。隣の国に行くくらいならいいが、東の国は遠いんだ、それこそ、全財産なげうっても無理なくらいにな。
それに俺はそれほど体が強くない。長旅には耐えられない」
わたしは言われてそれは無理だと思った。
何しろ、この世界はまだ交通の便が良くない。鉄道がようやく実現しそうかも、くらいな状態なのだ。
行こうと思えば行けなくもないと思うのだが、主な移動手段が徒歩と馬車なので、時間がかかるし、もし海を渡るとなると金が尽きた時点で密航でもしないと無理だろう。
「それで、こんなことを始めたんですね」
「ああ」
頷いたカッシーニを見ると、確かにどことなく具合が悪そうだ。体が強くない、というのは多分うそではないのだろう。
だとしたら、彼がこんな手段に出るしかなかったことは痛いほどわかる。
それでも、思うのだ。
「本当に、こんな風にしか伝えられなかったんですか。何か、他にもっといいやり方があったかもしれないのに」
「ああ……そうだな。だが、それでは遅い。色々な意味でな」
色々な意味とはどういうことなんだろう、と思ったが、カッシーニはそれ以上説明はしてくれず、別の話をはじめた。
「ロレーヌ嬢、これはここにいる全員に聞いた質問で、ぜひ答えて欲しいんだが、……記憶持ち、つまり俺たちが前世の記憶を持ったままこの世界に生まれたのは、一体何のためだと思う?」
「何のため……?」
「ああ、そうだな、例えば、俺たちが以前いた世界ではこんなふうに記憶を所持した人間などほとんどいなかったとは思わないか?」
それは確かにそうだ。
記憶がある、ということを自ら明かすひともいるが、まず滅多にお目にかからない。大体、自己申告なので本当かどうか疑わしい。
前世が見えるという話もあるが、こっちも微妙だ。
なので、わたしは素直に「そうですね」と答えた。
「であるなら、この状況は普通じゃないと思わないか。少なくとも、俺はそう思う……何か、意味があってここにいるんだ。あんたはどう思う?」
そう言われてしまうと、今までそんなことほとんど考えてもみなかったわたしとしては、ついそうですね、と答えてしまいそうになるが、一応考えてみる。
けれど、何にも浮かばない。もちろん、なぜ記憶を持っているのだろうと、全く考えなかった訳ではない。
ちょっとなら考えたことはある。
しかし、どうしても何も思い浮かばなかったのだ。
例えるなら、どうして自分は生まれたのか、とか、何のために生きているのかという疑問に限りなく近い訳で、いくら考えても答えが出なくてやめたのである。
「……あの、わかりません」
わたしは素直に答えた。
人間、へたに取り繕ってもしょうがない。カッシーニには何か答えがあるのだろうし、とにかくそれを聞くことにしてみる。
すると、彼は「そうか」と苦笑してから口を開いた。
「目的が何かはわからないが、あんたはここにいる奴らに話を聞いて回っているそうだな。だったら、共通点があったことに気づかなかったか?」
カッシーニに問われ、わたしは首を傾げた。
確かに彼の言うように、ここにいる記憶持ちのひとたちに話を聞いて回っているし、それを書き留めてもいる。けれど、人生はそれぞれで全く違う訳で、同じものなどひとつもない。
「共通点、ですか……」
言葉に詰まったわたしを、カッシーニはただ見る。
気づけば、部屋全体が静まっていた。ここにいる全員が、わたしは彼の話に耳を傾けているのだ。
ふと気になり、パオロの方を見てみる。
彼にももちろん話を聞いた。
前世で描いていた夢や、死んだときのこと、今の生活と、不満。それらと他のひとたちの間に共通しているものとは何だろうと考えてみるが、やっぱりわからない。
黙り込んだわたしの耳に、カッシーニの嘆息が突き刺さった。
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