(54) カッシーニとの晩餐
「呼び出しって何ですか?」
「カッシーニさんが呼んでるってことさ。今夜、この城の食堂で会いたいそうだ」
わたしは男の発言に目を瞬いた。
今か、今かと待ち望んでいたのだけれど、中々来ないので今日もだめなのだろうと思っていたのだ。
正直、呼ばれるまで長かった。
いくらカッシーニと話をしたい、と言っても、忙しいの一点張りで取り合ってくれなかったのだ。
これでようやく、わたしに何をさせたいのかちゃんとはっきりする。来たばかりの頃は早く知りたくてたまらなかったのに、今はなんだか聞くのが怖い。
それでも、聞きたいことに変わりはなかった。
「わかりました」
「案内はパオロがする。まあ、晩餐といっても貴族どもの夜会とは違って、ただ食事して話をするだけだから、気楽にして欲しいそうだ。それじゃあ、俺はパオロとお嬢様が仲良くしてたって伝えておくよ、じゃ」
パオロは「お疲れさまです」と固い声で答えて、ひげの男性の背を見送った。しばらくして、完全にそこからいなくなると、パオロは細く長く息を吐き出した。
「どうしたの?」
「ああ、いや、大したことじゃないんだ」
とてもそうは見えない。
何か、秘密でも握られているような顔をしていた。わたしは聞くに聞けず、一瞬で疲れたようなパオロの顔を見て、言った。
「そう、それならいいんだけど」
「ああ、じゃあ行こうか。どこに行く?」
少し無理をしているようだが、わたしが流したことで安堵したのか、いつもの様子で問うてきた。わたしは、心配になりながらも追い詰めたくなくて、いつもの調子で厨房と答えた。
パオロは、わかったと頷くと、厨房へと向かう。その後ろにつつぎながら、わたしは小さく嘆息したのだった。
◆
呼び出されて行った食堂には何度か入ったことがある。
中世の城を思わせるちょっと広めの空間に、長いテーブルと椅子が並べられただけの簡素な場所だ。
けれど、今そこにはそれなりのごちそうが並んでおり、わたしは思わず釘づけになってしまった。
もちろん、今まで目にしてきたごちそうと比べることはできないけれど、肉のかたまりがあるし、焼き菓子みたいなものもある。
ここへ来てからの食事は量が少なくて、本当にお腹がいっぱいになったことはない。
鼻孔をくすぐるいい匂いに、またしてもわたしのお腹がくぅ、と音を立てた。
すると、背後から楽しそうな笑い声が上がった。
ほとんど反射的に振り向けば、少し身なりを整えたカッシーニが立って、口元に手を当てて笑いをこらえていた。
なんでこんなときまでこんな風なんだわたしは、と自分の胃を恨めしく思う。それなりに気合を入れて来たのに、これじゃあ台無しだ。一気に気が抜けてしまった。
それまで場に張りつめていた空気すらゆるんでいるような気がする。食事の用意をしていたひとたちも、おかしそうな顔をしているのが何とも言えない。
「いや、正直なのはいいことだと思うよ」
「いえ、あの……すみません」
「謝ることはない。パオロ、彼女を席に連れて行ってくれ、早く始めようか」
「はい」
頷いたパオロに連れられ、ここだよと示された席に座る。真ん前に肉がどーんと置かれ、わたしはさりげなく目を反らした。
またお腹が鳴ってはたまらない。
幸い、その願いはかなえられ、食事がはじめられるまで鳴ることはなかった。
「それじゃあ、食べながら話そうか」
カッシーニは言って、食前の祈りを捧げる。それは、この世界でのものではなかった。詳しくはわからないが。
わたしはそれにならい、この国で普通に行われている祈りを捧げてから、食事を始めた。
広いテーブルなのに、食事をしているのはカッシーニと彼の部下らしき人物ふたりとわたしとパオロだけだ。
それまでいた食事を用意してくれたらしきひとたちの姿はない。きっと別の場所で食べるのだろうと思いつつ、わたしはゆでた芋をぱくついた。
並んだ食事内容は、バルクール家で日常食べてきたものとはかなり違う。見た目は似ていても、食感や味が劣るのだ。
とはいえ、お腹が空いているのでどれもおいしい。
豆のスープは良く煮込まれていてとろとろだったし、端肉を固めて成型してソースをかけたものは香辛料が効いている。塊の肉は薄く味がついていて、噛めば噛むほどおいしい。
しばらく黙々と食事をしてから、わたしははっと我に返った。
話をするために来たのに、これじゃあ食事がメインだ。しかし、他の面々も黙々と食べているのでなんか邪魔しづらい。
もう少し食べてから、とわたしはフライドポテトに手を伸ばした。ここでは取り分けてくれる使用人はいないので、自分で勝手に取る。次はパンかな、と思っていると、カッシーニが不意に言った。
「さすがは貴族、綺麗に食べるな」
「……え、いえ、そんなの普通……」
と答えつつ他を見れば、骨とかパンのかけらが散っている。
わたしはそれを見てから、
「そうしつけられましたから」
と答え直した。
「もしかして、それって前世で?」
問われて、わたしは黙った。そういえば、最初から食べ方についてはあまり言われなかったことを思い出したのだ。兄は良く怒られていたけれど、わたしはそんなことはない。
なんとなく答えただけなのに、良く分かったなと思い、頷く。
「はい」
「そうか」
何でそんなことを聞かれたのかわからず、わたしは首を傾げる。
カッシーニはパンに手を伸ばしかけていたわたしを見ると、次いでテーブルの上の料理に目を向ける。あらかた食べられてしまった皿と残ったそれらを見ながら、彼はぽつりと言った。
「まず、どう思ったか聞きたいんだが、今日並べられた料理は君にとってどうだった?」
「はあ、とっても美味しかったですけど」
質問の意図が読めず、わたしは素直に言った。すると、カッシーニは片眉をはね上げ、疑うような眼差しを向けてくる。
「本当に? 少し前まで公爵邸でとっていた食事とは比べものにならないと思うが」
「公爵家と比べてどうするんですか。あそこの料理は高級レストラン並ですよ?」
そう言うと、カッシーニはにやりと笑った。
※お知らせ。この作品の書籍化第二巻が2015年1月10日発売されます。詳しくはアリアンローズ様のサイトをご覧ください。




