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話が違い過ぎませんか?

 話し終えた後、ジェレミアが言ったのは予想外の言葉だった。


「なるほど、それもいいか」

「……は?」


 なぜ今の話でそういう結論が出るのだろう。驚いて彼の顔を茫然と眺めていると、人の悪そうな笑みを浮かべた。そんな悪役顔も様になっている。うっかりときめき掛けて、いや待て、今は流石に観賞している場合じゃないと意識を引きもどす。


「別に婚約くらいはしても良いだろう。その方が真実味が出て、より虫よけになるし、私も公然と君を守ってやれる。結婚とは違い、後で解消しても良いんだから、そこまで真剣になる必要はないだろう」

「でも……約束はこの館に滞在中だけということでは?」


 もしそんなことを公表してしまったら、これから始まる社交の季節の間中も演じなければならないことになる。流石にそれは負担だった。 

 何より、ドロテアやジェレミアのファンが黙っていないはずだ。まあ、ドロテアには事実を告げれば良いだけだからいいが――。


「そんなに私といるのが嫌か?」


 振ってきた声はまたしても予想を裏切るものだった。しかも、どうしてそんなに辛そうなのか。切なそうに見ないで欲しい。何だかさらにドキドキしてきた。

 わたしは彼の顔に恋していると言っても良いため、かなり困る。

 と言うか、ジェレミアの真意が見えない。そもそも、彼がどういう人物なのか良く知らない。どの表情が演技で、どの表情が本気なのかは判断しかねる部分がある。


「いえ、そういう訳では……ただ、婚約なんてしてしまえば、ジェレミア様にもし良い出会いが訪れた際に、邪魔になってしまいますし、わたしも一応結婚相手を探している身なので、次の季節を棒に振りたくありませんし」


 お互いにデメリットしかありませんよ、と言外に告げてみる。


「そうか、ではこうしよう。もし君が行き遅れになるようなら、私が責任をとる。だからもう少し、社交の季節の間も協力して欲しい。これではだめかな?

 実は、君といる時間が結構楽しくてね……もう少し深く知り合いたいと思っているんだ。

 君のように率直に話す女性は珍しいから」

「ああ、確かにそうかもしれませんね」


 基本的に、貴族の間では言いたいことを婉曲に告げるのがマナーだった。率直に話すのははしたないこととされている。だが、いかんせんそんな独特な言い回しが出来ないので、前世の記憶が残っているからと言い訳して、わたしは普通に話すことにしていた。


 そうつぶやいてから、もっと重要なセリフをスルーしたことに気がつく。


「いや、ちょっと待って下さい。責任取るってどういう意味ですか」

「責任をとるといったらひとつしかないだろう。結婚するんだ」

「誰とですか。相手を見つけてくださるとでも?」

「何でそんなことをしなくてはならない。結婚するのは私とだ」


 あっけらかんと吐かれた驚愕の言葉に、わたしは彼を理解不能な生き物として見つめた。

 ごく普通に聞けば、彼の言うことはとても正しい。貴族として、いや、男として真っ当極まりない。

 自分の責任で婚期を遅らせてしまったのだから、責任を取って結婚する。

 うん、正しい。貴族男性の鏡だ。素晴らしい。盛大に拍手を送りたい。


 だが、素直にうなずけないのはなぜだろう。


 こんなわたしでも、貴族の端くれであることに違いはない訳で、ジェレミアと身分の差はない。上流階級でさえあれば白い目で見られることはまずなかった。

 まあ、そもそも庶民と貴族の結婚は本来認められていないので、無理に押しとおした場合、まず上流階級から弾きだされてしまうことになる。


 それにだ、バルクール男爵家には微々たるものだがちゃんと持参金が用意出来る程度の収入はある。

 貧乏貴族が裕福な貴族の財産を狙って何かしたのでは、と言われる恐れはない。

 大体、カスタルディ侯爵家は裕福だ。異国に会社まであるという。だからこそ夫人がこんな風に貴族連中を招いて遊んでいても何とかなるのである。


 と言う訳で障害は無きに等しい。


「えーと、冗談ですよね?」

「いや、本気だが」


 問われた理由が本当にわからないといった風情で、ジェレミアは答えた。

 

 わたしは、顔をひきつらせながら、自分が彼の隣でほほ笑む光景を思い描いてみた。

 あれ、すごく違和感がないだろうか? ――わたしにはある。おおいにある。

 タチアナ位の美女ならつり合いがとれるが、わたしでは大貴族とその召使いにしか見えない。と言って、自分の顔が嫌いな訳ではない。単純なバランス、つまり釣り合いの問題だった。

 うだうだ考えて中々答えないわたしに、ジェレミアはさらに言い募った。


「その条件では足りないと言うのなら、何か贈ろうか? 確か約束を果たしてくれたら何かを贈る約束もしていたことだし、好きな物を言うと良い」

「いえ、十分です。ただ……」

「ただ?」


 ここは正直に言うしかない。腹をくくったわたしは言った。


「わたしなどでは見劣りするのではないか、とそれが心配で」

「見劣り?」

「ええ、だって、わたしの容姿は凡庸ですから。でも、ジェレミア様はとても美男子ですし」


 うつむきがちに言うと、自然と語尾が小さくなってしまう。

 何だか自虐的だな、と思いつつ一旦口を閉ざすと、大きなため息が聞こえた。


「馬鹿馬鹿しい。見劣りがするだって? 

 君は単に自分に自信がないだけだ。

 わかった、ならば天気が良ければ明日にでも買い物に行こう。丁度ここを訪れている私の姉も連れて行くから、相談すると良い。何、君はただ装い方を知らないだけだ。

 この蜜色の髪も目も、とても綺麗だよ。

 私がそう言うんだから、間違いない。と言う訳で、恋人役のこと、お願いしたよ。

 では、そろそろ着替えに戻る。また後で話をしよう」


 彼はわたしの髪をひと房すくいあげて、唇を落とした。

 あまりの衝撃にわたしは返事も返せずに凍りつく。昨日のアレだけでも衝撃的だったのに、今のセリフと甘い笑顔は何なんだ。

 しかも髪へキス……だと?

 いつここまでされるほど親密になったのか皆目見当がつかないのだが。


 などと渦巻く疑問の波にもまれている間に、ジェレミアは立ち去ってしまっていた。


 鼻息荒く部屋を出てきたはずなのに、それからすぐに部屋に舞い戻ると、わたしは刺繍を始めた。現実逃避ぎみにぶすぶすと布に針を突き刺す。

 集中力――っ!

 何としてでもこの布を華麗なブツに変身させるっ!

 そう言い聞かせて時間をつぶした結果、アウレリオに渡された手紙のことを思い出したのは結局夜になってからだった。

 慌ててドロテアに渡したものの「放蕩者」と言い添えるのを忘れてしまい、翌日後悔する羽目に陥ってしまった。



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