(52) 困惑の告白
「本当に俺の魅力に気づいてるのなら、どうして俺を見てくれないんです?」
唐突に訊ねてきたエミーリオに、わたしとパオロは顔を見合わせる。パオロは残念そうに首を横に振り、わたしはため息をつく。
お互いに全く同じ感想を抱いたらしい。
さて、どう答えたものかと考えていると、呆れた声が言った。
「そんなの当たり前でしょう。ロレーヌお姉様はジェレミア様を愛しているのよ?」
わたしは声の主、ルチアに視線を向けた。彼女はわたしではなく、エミーリオに残念そうな目を向けている。
「そんなことは何の障害にもなりませんよ。俺が一目見て言葉を交わせば、女性は既婚未婚関係なく向こうから声を掛けて来るものです」
「……男の敵だな」
パオロがぼそりと呟く。
「女の敵でもあるでしょ」
わたしはそう付け加えた。
「じゃあ人類の敵じゃないか……」
「……魔王の生まれ変わりかもしれないね」
「いや、言い過ぎだな、取り消すよ」
「そこのふたり、聞こえてますよ」
エミーリオがちょっと傷ついたような表情で言うので、わたしとパオロは黙った。
ちょっと言い過ぎただろうか。とりあえず謝っておこう。
「ごめんなさい」
そう言うと、エミーリオは少し不満そうな顔をしたものの、気にしないで下さい、と答えてから嘆息した。なんだかちょっと慰めたくなるが、余計なことは言わない方がいい気がしたのでやめた。
しかし、本当に女性ホイホイだなあ。
わたしは心から思うと、ふと、ルチアは大丈夫だろうかと心配になった。何しろ、エミーリオとずっと同じ空間にいるのだ。仕切りがあるから大丈夫だろうと思っていたが、彼は声も艶っぽいのだ。
そこでうかがうようにルチアを見れば、呆れたような顔のまま肩をすくめて見せる。いつもの彼女と特に違いは見られない。
わたしにはどことなく申し訳なさそうな顔を見せつつも、パオロの方は見ないようにしている。エミーリオは視界に入れているようだが、けっこう距離があるから、見えにくいのが良いのかもしれない。
とりあえずほっとして、ルチアの方へと足を向ける。
「やっぱり、俺のことは眼中にないんですね」
「え?」
ため息交じりの声に振り向くと、エミーリオとまともに目が合う。兄の淡い、優しげな色のものと異なり、どこか嵐の空を思わせる灰色混じりの目に浮かんでいるのは、苦しそうな色だった。
それまでおどけていた彼は一体どこへ行ったのだろう、と驚くような変貌ぶりだったが、ひどく真剣な顔に、わたしは息を飲んだ。
なんだかすごく悪いことをしているような気がする。わたしは黙り込み、胸に手を当てた。
「皮肉なものだ……遊んでいるうちは簡単に手に出来たのに、真剣になると手に出来ないなんてね」
「カルデラーラ中佐?」
「どうか、エミーリオと呼んでくれませんか?」
わたしはそのセリフにぎくり、とした。少し前まで、ジェレミアにそう言い続けられてきたことを思い出してしまう。
エミーリオはそんなわたしの表情に気づいたのか、心の中を見透かすように微かでどこか冷酷な笑みを浮かべた。
「こうなった以上、貴女がレディ・カスタルディになることはないでしょう。ですが、俺なら気にしない。今までと変わらない程度の暮らしも出来るし、名誉も守られる。
俺を選んでください、あの時とは違う……今は本気でそう思っています。……心から」
ここまで、なるべく考えないようにしてきたことを突き付けられ、足から力が抜けそうになった。
今もきっと心配してくれているだろう、ジェレミア。その彼に、手のひらを返されることを想像しただけで気が遠くなる。
エミーリオの顔に浮かぶ色から、わざと言っていることは明らかだった。それに、提示された内容がわたしにとってとても助かるものであることも確かだ。
わかっていて、言っているのだ。
それほどまでに、真剣だということだ。
――けれど。
「わたしは……」
エミーリオの言葉にわたしが答えようとしたとき、後ろから肩を強く引かれて、一歩下がらされる。そのまま、背中を包まれるように腕を肩にまわされ、わたしはぎょっとした。
顔を上げれば、怒った様子のパオロがエミーリオを睨み付けているのがわかる。
「おい、お前いい加減にしろ。こいつは俺が守ると決めたんだ、手出ししたら許さない」
「殺すつもりですか。あなたはここに集まっている記憶持ちたちのリーダーではないのに、勝手なことをしていいんですか?」
「お前は人質じゃないからな、カッシーニさんも許してくれるさ」
パオロらしからぬ冷たい声に、わたしは声が出なかった。やめてと言いたいのに、ふたりとも迫力があり過ぎる。
そんなパオロの言葉を受けても動じず、エミーリオは酷薄な笑みのまま言葉を続ける。
「ふぅん、じゃあもう一つ聞きますが、あなたには貴族である彼女にそれ相応の暮らしを約束出来るんですか? 名誉を守ってあげられるんですか? 俺には出来ますが、どうです?」
「それは……」
口ごもるパオロ。
わたしはなんという意地の悪い質問だろうと思った。労働者階級の彼に、そんなことは不可能だというのに。
パオロが答えられないことをわかっていて、質問しているのだ。やっぱりエミーリオはエミーリオだな、とわたしは思った。
と言うか、そもそも何なんだこの状況。
ある意味夢のようなシチュエーションではあるが、嬉しくもなんともないんですけど。
だって、わたしのことは完全に置き去りだし。
というか、わたしだけ状況に適合してないように思えるのが何とも言えない。似合わないどころか、おかしいでしょ、これ。そこまで価値のある人間じゃないよわたし。お願いだからこれ以上幸運を使い果たさないで下さい。
「……うわぁ、小説みたい」
ルチアの素朴な感想が色々痛い。けれど、そのおかげで硬直が解けた。ようやく声を出せるようになったわたしは、睨みあうふたりに向けて、言った。