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観賞対象から告白されました。  作者: 蜃
続編 「冬の王都で危険な出会い?」
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(50) 違うという寂しさ



 書庫での話には、恐らくわたしのこれからに関わることも含まれているのではないかと思ったのだ。

 カッシーニが、わたしにどういうことを望むのかはわからないけれど、知っておけるなら知っておきたい。


「……わかった」


 パオロは答えて、真っ直ぐにわたしの目を見てきた。


「でもまず聞きたい。あれを聞いて、こう感じなかったか――この世界の人間と、俺たちとは違う存在なんじゃないかって」


「え?」


「そりゃ、見た目も何もかも俺たちと同じだ。だけど、この世界は成り立ちからして俺たちの元いた世界と違う。その中で、俺たちは同じものを共有できる仲間だ。だけど、ここの奴らとは出来ない」


「それって当たり前じゃない。そんなこと言ってたら、何にもわかり合えないままだよ」


 言いたいことはなんとなくわかるけれど、どうしてそれが問題なのだろう。わたしは少なくとも、家族や、ジェレミアに対してそんなことは感じない。

 と言うか、パオロの言いたいことがわからなくなってきた。

 てっきり、これからのことについての話だと思っていたけれど、なんだか違うようだ。


「そうだ。でも、記憶は捨てられないし、感覚も変えられなかった。正直、理解されないってのは寂しかったよ……そういうことなかったか?」


「それは……」


「あるんだろ?」


 語気強く問われ、わたしは頷く。

 恐らく、記憶持ちとしてこの世界に生まれたひと全てが、一度は感じたことがあるだろう。


 自分しか、それを知らない。

 自分しか、それを理解できない。

 自分しか――わからない。


 それが寂しくないと言えばうそになる。


「だよな。だからやっぱり、お前は俺たちの仲間なんだよ。こっち側の人間なんだ。いくら努力しても、お互い思いあっていても、埋められないものはあるんだ。

 俺は、それを知って欲しかった」


 静かに、けれど強く言われてわたしはうなだれた。

 パオロの言う通りなのは明らかだったからだ。それでも、わたしはいくつもの顔を脳裏に思い浮かべる。

 より強く浮かんだのは、やはりジェレミアの顔だ。


「それから、俺かあの彼か、選んで欲しいと思った」


 わたしは思わず顔を上げた。

 パオロはどこまでも真剣な顔をしている。それを目にして、わたしは彼がまだ何も諦めていないことを悟った。


 それどころか、自信すら感じられる。


 わたしは、心臓をぎゅっと掴まれたような感覚に、思わず唇を引き結んだ。今まで、考えないようにしていたことを突き付けられた。そんな思いがしていた。


「返事は急がない。でも、こうなった以上、あの彼とは破談になるだろうし、お前を誰かに渡したくもないから……」


 呆然としているわたしに、パオロは手を伸ばす。頬に指先が触れ、それが顎に伝う。

 なにをしたいのかが明確にその感触から伝わってくる。わたしは吸い込まれるようにパオロの目を見た。

 ジェレミアのものと違う、やや明るい青い目に浮かぶのは――。


「……っ!」


 わたしは反射的に唇に伸びてきた手を振り払った。

 パオロは少し傷ついたような顔をしたが、余裕のある様子で肩を落として言った。


「悪い、いきなりは良くないよな」


 そういう問題じゃない、と思うが声にならない。わたしは恨めしげに彼を見て、小さい声でぽつりと言った。


「わたしの気持ちは変わらないよ」


「……、……戻ろう」


 パオロはそれに対して何も答えず、再び歩き出す。わたしも、彼について歩き出した。部屋につくまでは終始無言で、立ち去るときすら何も声は掛けられなかった。


 わたしはベッドに腰掛けて、ため息をついた。

 考えなきゃならないことがたくさんあるのに、まとまらない。頑張っているデニスや、耐えているルチアのことを思えば、弱音は吐きたくないけれど、耐えきれずに呟いた。


「帰りたい」


 しかし、現実はそれを許してはくれない。

 何がどうしてこんなことになったのか。

 イケメン観賞が趣味なことくらいしか特筆すべき部分のない、地味でちょっと馬鹿で臆病なだけのわたしが、何が悲しくてこんな大事件に巻き込まれなきゃならないのか。


「やっぱり運を使い果たしてたんだろうな。でも、だからといってわたしを巻き込まなくたっていいじゃない」


 なんとなく、腹立たしくなってきた。

 このままただ利用されて終わるなんて、いくらわたしでも悔しい。なんでもいい。できることを探そう。


「そうよ、でも、それにはもっと知らないと」


 わたしは何も知らなさすぎる。今日はそれを痛感した。

 他の記憶持ちたちは、どういう思いで暮らしているのか。何が不満でこんなことに加担しているのか。そこから、何か得られるものがあるかもしれない。


「よし、パオロには止められてるけど、そんなの構わないわよ」


 染みのついた壁を睨み、わたしは決めた。

 一矢でも報いてやる。蚊に刺された程度で構わない。というか、針が刺さったくらいでもいい。


「明日は今日行かなかったところに行こう」


 少しずつでいいのだ。

 無理はしないし、したってどうにもなるまい。

 とにかく、後はしっかり食べて寝ることだ。わたしはそれからしばらくしてパオロが持ってきた食事を全て平らげ、驚いた彼をよそにさっさと眠りについたのだった。



  ◆



 今日も今日とて、背後霊みたいにパオロを引きつれ、わたしはルチアとエミーリオが捉えられている部屋の見張りをしている女性と話をしていた。


 ちなみに、昨日は食料を管理している中年男性と話した。ほとんど見た目がホームレスな彼だが、生まれ変わる前はボディガードをしていたんだと嬉しそうに言った。


 その前は、闊達とした雰囲気の青年で、前世では医者だったと教えてくれた。その上で、この世界の医療は悲惨すぎると嘆いた。


「それで、あなたはどうして亡くなったの?」


 わたしが問うと、若い女性は苦笑しつつ質問に答えてくれた。



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