(49) 世界の過去
「けれど、それだと記憶を持たない人の中に転生者がいた場合は当てはまらないですよね。どうして記憶持ち以外はこの世界の人間だってわかるんです?」
そこで初めてパオロが口を挟んだ。
他のことについてはもう知っていたらしく、今までずっと黙っていたのだが、確かに、言われてみればそうである。
「それは私にもわからないが、これを書いた人間はそうだと書いている。著者は根拠となる何かを知っていたのだろうな。それについても調べてみたいと思っているんだ。
もし、これが事実だとしたら、私たちの存在がどういうものなのか、世界中に知らしめることが出来るからね」
「それが『成果』ですか?」
「ああ。まあ、それだけではないがね。とにかく、ここにある資料で得られたのは、過去に記憶持ちが存在したという証明くらいかな。ただ、これでようやく、私の長年の疑問がひとつ解けたのは素晴らしいことだ。少なくとも私はそう思っている」
「……疑問?」
それは何なのだろう、と思って聞き返すと学者先生は言った。
「そう、君も知っていると思うが、この世界には人間離れした人々が時々いるんだ。良い仕事はほとんど彼らに持っていかれるし、だからといって、真似も出来ないし、ずっと不思議だったんだ。だが、ようやくわかった。彼らはこの話に出てくる種族の末裔なんだということがね」
学者先生はある本を取り出した。
古い言葉過ぎて何が書いてあるんだかさっぱりわからない。しかし彼には読めるようで「ほら、ここ!」と示してくれた。申し訳ないが、何が何やらわからなさ過ぎる。
なので、わたしは曖昧に笑って流した。
「彼らは国や故郷を捨てきれずに、人に混じって暮すようになったと書かれている。これは後世の誰かが調べて書いたものだと思うけど、当時はやっぱりまだ恐怖の対象だったみたいだよ」
「そ、そうなんですか」
「そうなんだよ!」
ほくほく顔でうっとりと文面を眺める彼のことが理解できず、わたしは少し違うことを考えた。
というのも、ある人物の顔が浮かんだからである。
「……じゃあ、もしかしたら」
「お前についてるあの従僕なんだけど」
つぶやきと同時にパオロが言った。お互い同じことを考えてしまったらしい。思わず顔を見合わせて、わたしはどうぞと手振りで示した。
「あー、えーと……じゃあ。お前についてるあの従僕って、とんでもなく頑丈だし、目もいいし、もしかしたらと思ったんだけど」
「わたしも思った。というか、ここに来るまでは凄いひとだとしか思ってなかったんだけど……」
なりふり構わずわたしを助けようとした時の彼女は、とにかくひたすら凄いの一言に尽きた。あの時の気分は飢えた猛獣の檻の前にいたというのが近いと思う。デニスには悪い、と思いつつも、とにかくあの時はコワかった。
まあ、普通なら打撲だけでは済まないようなことを平然としていたのだから、当然と言えば当然かもしれないが。
「何だい、こそこそ話して。従僕って誰のこと?」
学者先生が気づいて混ざって来た。わたしは面倒に思いつつも、デニスのことについて伝えた。すると、彼は「なるほど」と大きく頷いて、きっとそうだろうと言った。
そして、またしても何かを取りに行こうとする。彼はすぐさま何かを持ってくると、またしてもそれをわたしに見せてくれる。
今度は簡単な絵みたいな石板だったけれど、それでも何が表現されているんだか不明だ。
唯一わかるのは、よくファンタジー系のお話で見るような、二足歩行する動物みたいな絵が描かれているなということくらいだ。頭部が動物のような絵もある。
つまり、こういう姿かたちをした人々が、大昔、実際にこの世界にくらしていたのだ。まさにファンタジー。
そして、デニスはどうやらその末裔らしい。どれの末裔だかは全くわからないが。
「ほらほら、ここに岩を破壊するひとが描かれているだろ? これが何を表現しているかわかるかい?」
「はあ、……いえ」
輝く瞳で語られても、粗末な絵にしか見えない。
「こういうことの出来る人間が実際にいたってことだよ。怖いよね、でも私たちの前にこの世界に来ていた記憶持ちたちは自分たちの知識と技術でこういう化け物に近い奴らから地上の覇権を奪ったんだよ、凄いと思わないかい!
まさに、我々の凄さが証明されているという訳だ」
つまりは間接的な自慢か。
わたしは生ぬるい気持ちで、熱く語る学者先生を眺め、ご高説が終わるまでテキトーに相槌を打つことにしか。が、これが中々終わらない。どうも、彼はかなりの不満をため込んでいるらしい。
見かねたのか、パオロがため息交じりに言った。
「先生、今日はそのくらいにして下さい。ロレーヌはまだ色々と慣れていないんですから」
「ん、ああ、そうか。疲れているのか……仕方ない、ご令嬢だしね、じゃあ話のつづきはまた今度にしよう」
わたしは思わずパオロを感謝の目で見た。途端、彼は微妙な顔をした。次いで目を反らしてしまう。
何か悪いことをしただろうか、と思うが何も思い当たらない。わたしは首を傾げつつも、学者先生に礼を述べて、書庫を後にした。
かび臭いのはそれほど嫌いではないが、なんとなくほっとしたような気がする。
思っていたより、過去について知るのは疲れるようだ。
それでも、使えない頭をフル回転させた甲斐はあったと思う。これまで、あまり良く分からなかったここに集まった記憶もちのひとたちがどうしてこんなことをしているのか、ということについて、わたしなりに答えを出せたからだ。
「パオロ、ありがとう。疲れたけど、色々なことがわかったわ」
「そうか。なら良かった」
あっさりとした返事。わたしは、ふと聞いてみた。
「パオロは、どうしてわたしにあれを知って欲しいと思ったの?」
わたしの考えに間違いがなければ、閉じ込めておく方がいいはずなのだ。利用するにしても、何かあっては困るだろうし、仲間の中には貴族のわたしを良く思わないひとだっている。
だというのに、彼はわたしをあの場所へ連れて行った。
つまり、あの話を知ってほしい理由があったとしか思えない。
すると、パオロは立ち止まって、こちらを振り向く。その顔は、どことなく辛そうで、聞かなかった方が良かったのだろうかと考えたが、もうなかったことには出来ない。
「……知りたいんだ?」
問い返され、わたしは少しためらったものの、頷いた。




