(47) これからどうなるのかな
しかしそれは無視することにし、わたしはつづける。
「同じ国で、時代も同じ記憶持ちだから信じたかったのかもしれない。だからわたしのせいなの、本当にごめんなさい」
「いいえ、それでもお守りするのが私の使命です」
まだ言うデニスに、わたしは呆れながら、仕方なく最後の手段を使うことにした。そうしないと主なのに言うことを聞いてくれそうもない。
まあ、主と言っても仮みたいなもので、本来の主はジェレミアだとわたしは思っている。だって、こんなバカが主とか彼女に悪い。あの後一体何度自分に向かってこのバカと繰り返したことか。
そう、わたしは馬鹿だ。
彼女の主にはふさわしくない。それでも、仮の主でいる間は、主らしくいたいではないか。だから言った。
「それなら、自分を痛めつけるようなことはしないで。これは命令です。守れないなら、もうわたしの側にいなくていいわ」
「ロレーヌ様……」
デニスは驚いた顔でわたしをじっと見る。目が潤んでいるので、言いたいことは伝わったと思う。――多分だけど。
「わかったなら、休んで。機会が来たら、今度こそ守ってちょうだい。わたしはもう自分の判断では動かないわ、ちゃんとあなたの言うことを聞くから」
ね、と強調するように付け加えると、デニスの目にみるみる涙がたまる。この分だとおとなしくしていてくれそうだ。
わたしはほっとした。
正直、未だにこういう偉そうなセリフを吐くにはそれなりに勇気がいる。自分に向かって何様だと叫びたい衝動をこらえて言った甲斐があるというものだ。
「私は、ロレーヌ様に出会えて良かった」
「そ、そう」
「わかりました。いざという時に備えろ、ということですね。このデニス・ランデッガー、これから心身を整えることに集中致します。ご安心下さい……おい、そこの男」
デニスは涙をさっと拭うと、今度はぎろり、とパオロを睨み付けた。鋭すぎる眼光で睨まれたパオロは、目に見えて狼狽した。ちょっとかわいそうに思えるくらいぎょっとしている。
「な、なんだよっ!」
強がって放たれた声も、微妙にひっくり返っている。わたしは生ぬるい目でパオロを見た。
「お前、ロレーヌ様は自分が守るとかぬかしていたが、それは本当だろうな。もし、ロレーヌ様の身に何かあればその時は……」
「……っ、そんなことにはならねぇよ、俺にとっても、こいつは大切な人なんだ。お前に言われるまでもなく、守るさ」
何だかわたしまで怖くなるデニスの低い声に、パオロは必死になって返した。そこに含まれた単語に、図らずもどきり、としたけれど、聞かなかったことにする。
「そうか、それなら信じよう」
冷たく言われ、パオロはなんとなく悔しそうに呻いたものの、大きく嘆息をして言った。
「そうかよ、さて、それじゃあロレーヌ、そろそろ戻るか。飯にしないとな」
「え、もう?」
「ああ、あまり部屋から出ている時間が長いと、変な疑いがかかる。それは避けたいし、他にも連れて行きたい場所があるから」
「そう……」
わたしは名残惜しげにデニスを見た。それほど人見知りする方ではないと思うが、パオロ以外知らない顔ばかりの間にいるのはやっぱり怖かった。
「大丈夫ですよ、ロレーヌ様。必ず助けに来られますから」
不意に掛けられたデニスの言葉に、わたしは素直に頷けず、少しして「そうね」と遠慮ぎみに答えた。それから、パオロに連れられてそこを後にする。
歩きながら、デニスが言ったことを思う。あれは、ジェレミアのことを示唆していたのだろう。そう、普通に考えて、このことを知った彼が何もしないとは考えられない。
けれど、本当にここを見つけられるだろうか。
今までパオロたちが見つからなかったのは、よほど巧妙に隠れていたからではないだろうか。
それに、わたしが素直に頷けなかったのには、もうひとつ、こんなふうに捕らわれていたわたしを、彼がどう見るのか心配だった。
彼だけじゃない。
周囲の人間たちがどう見るのかが怖かった。
その雲行き次第で、わたしの未来は決まる。
考えたくない。
それでも考えてしまう。
そんなわたしの物思いを打ち破るように、パオロが言った。
「まあとりあえず、これでロレーヌも少しは俺のこと信じてくれる気になったよな」
「え?」
「ふたりとも、ちゃんと無事だったろ? 余計なのもひとりいたけど、言った通り、閉じ込める以上のことはしてない」
だから信じて欲しい、と言いたげなパオロを見て、わたしはそれ以前の問題だろうと思いはしたものの、一応頷いた。
なぜなら、彼はちょっと不安そうな顔をしていたからだ。
「良かった。何度も言うけど、本当はこんなことしたくなかった。お前とは、ちゃんと向き合いたかったから、だから、ごめんな」
そんな切ない顔をしないで欲しい。
パオロは自分の容姿がどれだけ恵まれているかわかっていないのだろうか。わたしなど生まれ変わっても出来ないというのに。
そう思ってから、わたしは気づいた。
やっぱり、パオロはわたしを裏切っていた訳じゃなかったのだ。ただ、事情があってその道を選択せざるを得なかっただけなのだ、と。そう思うと、気が抜けた。
わたしは肩をすくめ、少し笑って言った。
「謝られても困るよ」
「だよな」
パオロも同じように肩をすくめ、歩き出す。
しばらくは無言で歩いた。やがて元いた部屋へ着くと、パオロは出し抜けに言った。
「……さっき言ったことは絶対に守るから。それだけは信じて欲しい。それと、俺がいないときはここを出ないでくれ」
「え、うん」
「じゃあ、飯にするから」
彼はそういうと、部屋の戸に鍵を掛けて出て行った。わたしはとっさに返事をしたものの、さっき言ったこととはなんだろう、と思って首を傾げた。
少しして、もしかしたらわたしを守ると言ったことだろうか、と思い至り、壁に手をついてため息をつく。
「……ルチアの気持ちがわかった気がする」